第十一話 キャラに相応しい振る舞いを
無事に村長の家へと辿り着き、自室を見つけ出したダグラスは、ベッドの上で天井を見上げながら、今後の方針を考えていた。
(まさか、村に連れ戻されるなんて……。しかも、メインキャラに接触しないつもりが、いきなりミカエラと遭遇したし……)
本当にダグラスなのか、とミカエラに疑われてしまった先程の会話を思い出し、深い溜め息を吐く。
そもそも、ダグラスが生還しているだけでも、十分に異常な状況なのだ。その上、中身が別人だと気づかれたら、ストーリーにどんな影響が出るか、分かったものでは無い。
「——メインキャラとの接触は可能な限り避ける。もし遭遇しても、ダグラスらしい振る舞いを心掛ける」
この村で生活するにあたって、守らなければならないルールを、自身へ言い聞かせるように呟いた。
(まぁ、日中は森に居るつもりだし、大丈夫だろ!)
『天職』の熟練度を上げるため、森へ出かける予定のダグラスは、村で生活するメインキャラに接触する機会もないだろう、と不安を振り払う。
(戦士系統と魔法系統の『中級職』は取得出来たし、熟練度上げの進捗は悪くないんだ! この調子でサクッと『上級職』も取得するぞ!)
『天職』の熟練度上げに思いを馳せつつ、深い眠りへと堕ちていった。
翌日、朝食を食べ終わったダグラスは、外出の支度を終え、意気揚々と森へ出発した。
村は高さ三メートル程ある木製の柵で囲われている為、柵が唯一途切れる、村の入り口へと足を運んだのだが……。
「——え? 出られない?」
「うん。ダーズ村長からダグラス君を村から出さないようにお願いされているんだ」
村の入口に立っていた若い守衛から、衝撃的な言葉が掛けられ、顔を引き攣らせながら硬直する。
「な、何で?」
「またダグラス君が行方不明になるのを防ぐためだよ」
「そ、そんな……」
守衛の言葉に膝を折ったダグラスは、両手を床について項垂れた。子を想う親としては、当然の対応だと思うが、熟練度上げが出来ないのは死活問題だ。
「だ、大丈夫かい?」
「……」
森に行けない、つまり熟練度上げが出来ないという最悪な状況に、ダグラスは言葉も出ない。顔を俯かせたままゆっくり立ち上がると、墓を漂う鬼火の如く、ふらふらと自宅に向かって歩き始めた——。
覚束ない足取りで歩き続け、いつの間にか自宅の前まで辿り着いていたダグラスが、玄関の戸に手を伸ばした瞬間……。
「——ダ、ダグラス君……」
背後から女性の柔らかい声が届く。
(デジャブ……)
昨日、ミカエラに声を掛けられた時の記憶が蘇り、頭の中で警鐘が鳴り響く。嫌な予感に顔を歪ませたダグラスが背後を振り返ると、桃色の髪を持つ優し気な少女——ルーシアが立っていた。
(生ルーシアだあぁああッ! ……じゃなかった、落ち着け俺。ダグラスとして振る舞うんだッ)
ルーシアを視界に捉えた瞬間、ゲームのヒロインが目の前に存在するという現実へ狂喜乱舞しかける。そんな気持ちを鋼の精神力で押さえつけた後、極めて淡泊にルーシアへと声を掛けた。
「……何か用か?」
「え……? だって今日は、ダグラス君の家に通う日だよね……?」
「は?」
ルーシアが発した言葉の意味が分からず、困惑してしまう。ダグラスの困惑を感じ取ったのか、ルーシアが恐る恐るといった様子で、言葉を重ねた。
「最低でも週に五日は家に来いって、ダグラス君が言ったんだよ……?」
(え、そんな要求してたのかよ……。メインキャラと接触したくない俺にとって、最高レベルの嫌がらせなんだが?)
生前のダグラスへ恨みを抱きつつ、ルーシアに声を掛ける。
「もう来なくて良いから、さっさと帰れ」
「ご、ごめんなさい……。一昨日、ダグラス君を置いて逃げたのを怒ってる、よね……」
ルーシアは、ダグラスがウォーター・マンティスと対峙した際に逃げ出したことを怒っていると考えたようで、暗い表情を浮かべて俯いた。
(またその話か……)
昨日のミカエラと同様、自身の行いを罪悪感を感じている様子のルーシアへ溜め息を吐く。
「……気にしてねぇよ。そもそも、足手まといのお前があの場に残ったところで何も変わらねぇ。むしろ逃げてくれて、戦いやすかったくらいだ」
昨日の反省を活かし、気にしてない事をダグラスっぽく伝えられ、上手くダグラスを演じられているぞ、と内心で自画自賛した。
「でも……じゃあ、何でもう来ないで良いなんて……?」
「やる事があんだよ。俺様の貴重な時間を、お前なんかに割いてる余裕は無いんだ。——分かったら、ユリウスの所にでも行ってろッ!」
「——ま、待ってッ!」
そう吐き捨てた後、ルーシアが発する静止の言葉を無視して、自宅の中へと入って行った。
◇ ◇ ◇
自室へと戻ってきたダグラスは、ベッドの上に身体を放り出し、ルーシアとのやり取りを思い出していた。
「いやぁ~、我ながら完璧なダグラス対応だったなぁ~」
ゲームで見たダグラスをトレースし、尊大な態度で会話が出来たと顔を綻ばせる。
「それに、ルーシアが家に来るって約束も解消出来たしッ!」
メインキャラとの接触を避けたいのに、毎日のように家へ来られるなど、溜まったものでは無い。まぁ、もう来なくて良いと面と向かって伝えられた為、今後ルーシアと接触する機会は激減しただろう。
「ルーシアは嫌いな奴の家に来なくて良い。俺はストーリーに影響するメインキャラとの接触が減らせる。——まさにウィンウィンな対応だった」
腕を組みながら、自身の対応を褒め称えたダグラスは、もう一つの問題に目を向ける。
「問題は……森に行けない事だよな……」
人目につく場所で、【火魔法師】以外の力を使う訳にはいかない。そんな事をすれば、国家レベルの騒ぎになるし、ストーリーにも影響してくる筈だ。
「【創極の神造工房】だと、生産系統以外の熟練度は上がらないしな……」
やはり、どうにかして村から抜け出す必要がある。
「村を囲む柵が邪魔だよなぁ………………よし、斬ろう」
守衛の目を盗んで、村の入口から出入りする事も考えたが、毎日繰り返すのは現実的じゃない。それなら、子供一人が通れるくらいの穴を柵に空けてしまおう、と考えた。
「通る時以外は、土魔法で壁を作っておけば良いだろ」
そう呟くと、ベッドから勢いをつけて飛び降りて、自室を出る。居間でくつろいでいるダーズに、ちょっと出かけてくる、と告げた後、村を囲む柵沿いを歩いていくのだった——。
「——この辺で良いか」
低木によって、柵に穴を空けてもバレなさそうな場所を見つけたダグラスは、周囲に人が居ない事を確認した後、静かに呟く。
「『千変万化』形態:蛇腹剣」
右腕に装備された漆黒の腕輪が紫紺の光を放ち、蛇腹剣へと形を変えた。
「——フッ!」
ダグラスが蛇腹剣を振るうと、柵の下部が斬り抜かれ、八十センチ四方ほどの穴が出来上がった。
「……良し、行くか!」
穴を潜るのに邪魔な蛇腹剣を見つめて、元に戻るよう念じると、蛇腹剣は光の粒子となってダグラスの右腕に収束し、漆黒の腕輪を形成する。
地面にしゃがみ込んだダグラスは、四つん這いで穴を潜り抜け、村から脱出することに成功した。
「忘れない内に——『土壁』」
村の外へ脱出したダグラスは、『土魔法』で壁を生成し、自身の空けた柵の穴を塞いだ。
「これで良し、と。……いざ、熟練度上げへ!」
——そう告げると、目の前に広がる生い茂った森の中へ歩を進めるのだった。




