第十話 メインキャラとの遭遇
「——ダグラスぅううう……生きておったかぁああ!」
「うわっ!」
イニティ村の村長であり、ダグラスの父である『ダーズ・イニティウム』が、村へ帰還したダグラスに飛びついてきた。まだ十二歳であり、身長が一六〇センチに満たないダグラスは、一八〇センチはありそうな巨漢のダーズに抱きつかれ、よろけてしまう。
(何か返答したい気持ちはあるんだが……俺はダーズ村長のことを、どう呼べば良いんだ? 親父? 父さん? あるいはパパ?)
ダグラスがダーズに話しかけるシーンなど、ゲームに登場しなかった為、何と声を掛けるべきなのか分からず、困惑してしまう。
「(とりあえず、ダグラスの言いそうなセリフを……)て、天才である俺様が、そう簡単に死ぬわけ無いだろ? 心配し過ぎだぜ?」
「——うむ、それもそうじゃったなッ! 儂の息子は天才じゃからなッ!」
ダグラスの言葉に、ダーズは目に浮かべた涙を拭いながら、笑顔を浮かべた。
(……尊大な態度を取ってみたが、上手くダグラスを演じられたみたいだな)
何の違和感も抱いて無さそうなダーズに安心し、もう一歩踏み込んでみる。
「まぁな。何せ、『親父』の息子だからな!」
「うむ! それもそうじゃな! 何せ、儂の息子じゃからなッ!」
(……やっぱりな。ダグラスの性格上、父親の呼び方は『親父』だと思ったぜ)
腕組みしながら、納得だと言わんばかりに数回頷くダーズを見て、『親父』という呼び方が正しかったことを悟る。そんな会話を繰り広げていると……。
「——感動の再会に水を差すような真似をして申し訳ないが、ダグラス君も疲れているだろうし、早く休ませてあげては?」
村の入り口でダグラスと話し込むダーズへ、トーマスが苦笑しながら提案した。
「そうじゃな。……ダグラスよ、先に帰ってゆっくり休め。儂は少しトーマス殿と話してから帰るのでな」
村の中を指差すダーズの言葉に頷き、ゲームで村のクエストを受ける際に何度か訪れたことのある、村長の家へと歩き始めた——。
(確か……村の中心地にある紫色の屋根をした大きい家、だったよな……)
村長の家を目指しながら、五分ほど歩き続け、そろそろ村の中心地に到着するといったその時……。
「——生きていたのね、ダグラス」
背後から凛とした美しい声が掛けられ、歩みを止める。
(……この声って、まさか……)
期待と緊張に唾を呑み込みながら、ゆっくり振り返ると、青藍の髪を持つ美しい少女——ミカエラの姿があった。
「……」
「何も言わないのね? ……貴方の事だから、口汚く罵ってくるかと思っていたのに」
実際に見るミカエラへ、ダグラスは感極まって言葉も出ない。そんなダグラスに対し、ミカエラは曇った表情で声を掛けてきた。
(止めてくれ、何でそんな暗い表情をするんだよ……)
「——本当にごめんなさい」
ミカエラは一つに結われた青藍の長髪が、地面に触れてしまいそうな程深く、頭を下げた。ミカエラは頭を垂れたまま、絞り出すように後悔の滲ませた声を発する。
「……私はあの時、貴方を見捨てて逃げ出したわ。剣士の風上にも置けない——いえ、人間として恥ずべき行為だった。謝って済む話じゃないのは分かっているけど、それでも謝らせて」
(なるほど……ダグラスがウォーター・マンティスに襲われた時のことを後悔してるのか)
ダグラスは頭を下げ続けるミカエラに、無言で歩み寄っていく。ミカエラは自身へ近づくダグラスに気づいた様子で、顔を上げると同時に口を開いた。
「……良いわ。それで貴方の気が済むなら、甘んじて受け入れるわよ」
ダグラスから暴力による復讐を受けるとでも考えているのか、ミカエラは身体を強張らせている。手を伸ばせば届く距離までミカエラに近づいたダグラスは、両手を彼女に伸ばし——
「ッ………………は?」
——ミカエラを全力で抱きしめた。
(ミカエラ、最高ッ! マジで良い奴過ぎるッ! 超推せるッ!)
ミカエラはダグラスが救いたいと考えていたキャラの一人であり、その中でも最初に命を落とすキャラだ。
ゲームで救われなかったキャラが、目の前でまだ生きているという喜び。そして、たとえ嫌いな相手であっても、助けるのが当たり前だと考えるミカエラの高潔な在り方に魅了され、ダグラスは完全にタガが外れていた。
(何が逃げ出しただよ……ミカエラはユリウスとルーシアを助ける為に、剣士としての矜持を曲げてまであの場を立ち去ったんじゃないかッ! それなのに、言い訳一つせず、ダグラスみたいなクソ野郎に頭を下げるなんてッ!)
ダグラスのミカエラに対するキャラ愛が爆発している中、彼女がダグラスに抱きつかれて、大人しくしている筈も無く……。
「——離れなさいッ、このクズ男ッ!」
ミカエラは抱きつくダグラスへ膝蹴りを放った。
「——! 危なッ⁉︎」
【拳士】の『天職』による補正が効いたのか、ミカエラの放った膝蹴りを手で受け流し、距離を取るダグラス。
「どうして、今の蹴りを捌けるのよ……?」
(しまった……普通、【火魔法師】であるダグラスじゃ、至近距離から放たれた膝蹴りは捌けないよな……)
ダグラスが膝蹴りを受け流したことに、困惑した表情を浮かべるミカエラ。その表情を見て、自身の失態を察したダグラスは、何とか誤魔化そうと口を開く。
「ミカエラ……お前、めちゃくちゃ良い匂いするよな?」
「——殺すわよ?」
(……うん、超絶バッドコミュニケーション……いや、一周回ってダグラスっぽいか?)
咄嗟に出てきた言葉が、ミカエラに抱きついた時の感想になってしまい、彼女から絶対零度の視線を向けられた。剣の柄に手を掛けているミカエラを見て、これ以上神経を逆撫でしたら、本当に斬られるかも知れない、と冷や汗を垂らす。
「……人間として恥ずべき行為とか言ってたけど、むしろ逆だろ?」
「?」
ダグラスの告げた言葉に、訳が分からない、といった表情で首を傾げるミカエラ。
「私は貴方を見捨てて逃げたのよ?」
「違う、お前はユリウスとルーシアを助ける為に動いたんだ。お前が動かなきゃ、魔物に萎縮していた二人は死んでいただろ?」
「そ、それは……」
「高潔な在り方はお前の魅力だけど、自分に厳し過ぎるのは悪い癖だぞ? (——そんな所も大好きだけど!)」
「……」
ダグラスの諭すような言葉に、ミカエラは怪訝な表情を浮かべながら押し黙った。
「あの時のお前が取った行動は、決して卑下するモノじゃない。むしろ、二人の命を守った、誇るべき行——」
「——ストップ」
ミカエラは、もう我慢ならない、と言わんばかりに右の手のひらを突き出し、ダグラスの言葉を遮る。
「貴方……本当にダグラス?」
「え……?」
「ダグラスなら、あの二人を助けるより、まず自分を助けろと言う筈よ? それに貴方を見捨てた私の行動へ、『誇るべき』だなんて、口が裂けても言わないわ」
(……全く持って、その通りだわ)
自分の行動を卑下するミカエラに対し、つい励ましの言葉を掛けてしまったが、ダグラスがそんな言葉を口にする筈ない。
ミカエラの指摘に顔を引き攣らせながら、ダグラスの言いそうなセリフを必死に考える。
「……け、見当外れも甚だしいな! 天才魔法師である俺様が、お前みたいな雑魚に助けを求める筈ないだろッ! お前は足手まとい二人を連れ出し、俺様が戦いやすい状況を作り出した。——二人を助けたことにじゃねぇ、俺様に貢献したことを、『誇るべき』だと言ったんだッ!」
「……」
傲慢にして尊大なダグラスらしい言葉を発したものの、未だに訝し気な視線を送ってくるミカエラ。会話を続ける程ぼろが出ると考えたダグラスは、ミカエラに背を向けて歩き出す。
「お、俺様は丸一日森を探索して疲れてんだ。帰らせてもらうぜッ!」
「え……? あっ、ちょっと!」
後ろから聞こえるミカエラの戸惑ったような声を無視して、足早に村長の家へと向かうのだった——。