第8話 『イヤらしくない隠し事』
森の奥深く。
木々の間に佇んでいた。
枝葉が絡み合い、降り注ぐはずの日差しをすべて遮っている。
その光景は、まるで別世界に迷い込んだかのように幻想的だった。
だが、対照的に香ってくるは、金属のように鋭く鼻を刺すキツい臭い。
そして、湿気を含んだ草木の香り。
俺はオークに囲まれていたところをイシアに助けられた。
どういうことだ。
意味が分からない。
あの巨乳な美女に助けられてしまった。
彼女は一丁上がり! みたいな表情を浮かべた。
俺はそのあまりの強さに少しばかりか顔を引き攣らせていた。
「その……あ、ありがとうございます」
感謝は伝えた。
驚愕に染まった顔で。
「あ……」
その表情を見た瞬間、彼女はたちまち慌て始めた。
彼女が何に動揺していたのか。
その理由はすぐに明らかになった。
オークの一撃で上半身に傷を負った。
さほど深刻な怪我ではなかったものの、イシアと共に家路につくことにした。
帰り道、彼女は静かにこう言葉を紡いだ。
「あの……この事はアルフに秘密にしておいてくれる?」
「え……なんでですか? 強くて、カッコよかったですよ!」
「それよ! ……男らしいと……思われたくないのよ」
なるほど。
そういう事か。
彼女の嫌気の刺す雰囲気。
そして多少な恥じらいが、「強い」と思われたくないコンプレックスを物語った。
だが、甘いな。
アルフはそんな事で人を差別するような人間じゃない。
知った口で言うが、確かにそうだと言い切れる。
「アルフはそんな事でイシアさんを嫌いにならないと思いますよ」
「そんなこと、分かってるわ」
なんだ?
じゃあ、自慢か?
私たち夫婦の愛のパワーは壮絶なのよ、って?
良い加減にしてほしいものだ。
「じゃあ、尚更、なんでアルフにこのことを隠したいんですか? カッコいい所を知ったら、もっと惚れると思うんですが」
純粋に気になったことを聞いた。
すると自慢話を聞かされた。
「アルフと婚約を結ぶ前、一度だけ聞いてみたのよ。私のどんなとこが好き? って」
「はぁー」
「そしたら、私の可愛らしいところが好きだって言ったのよ」
「なるほど」
(俺はなぜ、イチャイチャ話を聞かされているのだ)
「だから、私は彼のためにも、剣士を辞めて貴族のように上品さを持つことを意識し始めたの。だから、これまでの私の努力を壊さないでほしいだけよ」
「……? そうですか」
少しばかりか驚いたことがある。
《外見変化》スキルを研究してまだ間もないことだ。
俺は以前、アルフに似たことを言われた。
「どうか、私が希少スキルマニアだということを家族に秘密にしておいてくれないか?」
スキルオタクだと言わないでほしいという要求だった。
正直、隠す意味が分からない。
オタクは隠すからキモいのに。
もっと情熱的に推し活でもしてる奴らはキモいとは思わない。
だが、一応、理由を聞いてみた。
「え、なんでですか?」
「そ、それはだな……私がベテンドラ大病院の院長に就任した頃から、彼女は俺と過ごす時間をわざと減らしているんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、俺の研究の邪魔にならないようにだぞ? なんて素敵なことをしてくれるんだ、イシアは」
なんだ。
自慢か?
《自慢です》
そうだよな。
初めて意見があったな、《ガイド》。
「……だから、スキルマニアだとバレてしまったら……彼女と過ごす時間がさらにすり減ってしまうということだろ!」
「はぁー……」
夫婦円満を自慢されたように聞こえたあの話。
いまイシアの話を聞いて、少しばかりだが、視点が変わった。
二人とも、秘密を隠し通している。
だが、イヤらしい事は一切ない隠し事だ。
お互いの為の隠し事。
素敵だと思った。
俳優として、俺は数えきれないほどの女と関係を持ってきた。
だから、二十七歳になっても結婚はしなかった。
イメージが湧かなかったからだ。
しかしながら、この世界に来て。
アルフとイシアを見てきて。
少し価値観を変えられた気がした。
こんな夫婦なら、結婚もアリなんじゃないか……なんて。