異世界役者〜剣と魔法の世界を演技で無双する〜

第２章 居候編

第７話 『ただの動く石』

　ゴブリンの外見変化をものにした。

　次の魔物を変化の対象にすることにした。

　今度は「オーク」だ。

　アルフの書籍にオークの情報を得られるものは特に無かった。

　ただ以前、俺は勇者を演じた異世界転生モノの実写版映画で、このオークと対峙した時がある。

　その時に得た情報を使うことにする。

　筋肉隆々。

　牙を持つ豚面の人型魔物。

　成人男性以上の体格。

　俊敏性よりも、パワーが取り柄。

　ゴブリンに比べると力がある。

　さらに、オークは群れることがない。

　そして知能レベルは皆無だ。

　オークを演じるに当たって、特に時間をかける必要はなかった。

　何故なら、彼らは知能を有してないからだ。

　ただ頭の中を空っぽにする。

　それだけでいいということだ。

　坐禅の修行をしているお坊さんをイメージすればいい。

　邪心もあってはならない。

　つまり、奴らは動く石に過ぎない。

　怖がる必要もないのだ。

　「……目を閉じてごらん、ユリシア……」

　最近では、アルフも何も言わなくなった詠唱を唱えた。

　オークだ。

　鏡にちょうど映りきらないほどの大きな巨体。

　背が高くなったのが、すぐさまわかった。

　それにしても顔が大きくてスタイルが悪く見える。

　そして、顔はゴブリンよりも醜い。

　ゴブリンも酷い面だがな。

「ルーク、奴らは本能で生きる魔物だから、弱いからと言って油断は禁物よ」

「はい、わかってます」

　いつもの森にイシアと向かっていた時にそう言われた。

　俺は既にオークになっていたので、低音を響かせた声で返事した。

　知能を有していないことは分かってる。

　全く大きなお世話だ。

　大きいのは乳だけにしてくれ。

　それに、俺は既にオークを倒す術を考え出している。

　成功する自信もあった。

　だから、オークに警戒心はない。

　イシアは魔物がいる森に入ると必ず、剣を構えてくる。

　オーク相手にそこまでの警戒が必要なのだろうか。

「いたわ、ルーク」

「はい」

「気をつけなさい」

　俺は全長二メートル以上あるオークを森の茂みに隠れながら、確認した。

　石。

　俺は動く石。

　「よし」と小さく、低い声を出した。

　そのままオークの近くに寄っていく。

　豚の鳴き真似をして、相手の反応を伺った。

　そして、宿から持ってきてた林檎を一つ。

　手に持って振り返ったオークに渡した。

　そう。

　ゴブリンの時と同じ。

　仲間と思わせて、近づく作戦だ。

　結局はこれに尽きるのだ。

「ガァガァ！」

「……！」

　急に鳴いてきた。

　仲間だと思ってくれたみたいだ。

　返しておこう。

「ガァガァガァガァ！」

「ガァガァ！　ガァガァ！」

　これは良いぞ。

　共鳴してる。

　声を出すたびに唾を吐いてくるのはやめてほしいが。

　またチョークスリーパーで、倒せるはずだ。

「りんごォ！　あっちィ！！」

「ウォォォォォ！！」

　林檎をあっちで探したと指で示した。

　喜んでいるのか、大きく遠吠えをした。

　そして、背後を取るために少しばかり指を指した方角へ共に歩いた。

　一発目で作戦成功だ。

　アルフに言ったら、「天才ですね」と言ってくれるだろうな。

　ユーリアは、「お兄さまは天才です！」と俺のことを崇拝してくれるはずだ。

　余計な考え事をしていた。

　してしまったと言うべきだろうか。

　《背後……注意》

「ルークッ！！！　後ろォ！！！」

　《ガイド》の声に遅れるように茂みからイシアの声が聞こえた。

　焦っている様子だった。

　背後を確認しようとした。

　しかしながら、それよりも先に、強力な力が俺の上半身にぶつかった。

　ドゴッ！！

　平手打ちをされた。

　オークのあの大きな手で。

　どのくらい遠くに吹っ飛ばされた？

　おかしいな。

　あの時、俺はオークの背後を完全に取っていた。

　まさか別のオークか？

　群れていたというのか。

「痛っ」

　動くと、全身に痛みを感じる。

　状況確認のため、左右を見渡した。

　次に自分の身体を確認した。

　オークの姿じゃない……。

　ルクセリオの姿に戻っていた。

　俺は失態を犯した。

　林檎を使った作戦が若干ではあるが、成功してた。

　だから調子に乗った。

　そしてオークを演じることを忘れてしまった。

　動く石になることを忘れていた。

　その結果。

　ルクセリオの姿に戻ってしまっていた。

　ドスっ、ドスっ。

　ただ、どうやら、まだ油断はできないらしい。

　背後から襲ってきたオークが倒れた俺のもとに寄ってきた。

　それも一体じゃない。

　一、ニ、三、四……。

　数字が増えるたびに絶望感が増す。

　オークの数は絶望感に比例した。

「ウオォォォ！！」

　オークたちの遠吠えが無駄に揃ってた気がした。

　群れて近寄ってきたオークの背後からも続々とオークの集団が集まってくる。

　しまいには俺を囲ってきた。

　オークは群れないのではなかったのか？

　ただの動く石じゃなかったのか？

　持ってた情報とは異なっていた。

　ただ、この時点で気持ちに焦りはなかった。

　どちらかと言うと、半ば諦めていた。

　人生の中で死を直面することはこれで二度目だ。

　だから、なんとなくわかる。

　俺は、また死んで――

　シュパッ！！

　……え？

　誰だ……。

　オークが次々と薙ぎ倒されていく。

　華麗に首を落とされながら。

　速すぎて見えない。

　それから約二十秒のことだ。

　三十体近くいたオークの群れは、一体も残らず、首に綺麗な切断痕だけを残して倒れていた。

　戦士は立ち止まった。

　身体中がまだ痛い。

　だが、俺を救った主に感謝を述べようとした。

　洗練された動きを繰り広げた主に。

　だが、その感謝の言葉よりも先に、驚嘆の言葉が口から漏れた。

「…………イシア？」