第6話 『外見変化: ゴブリン』
《外見変化》スキルの実験に成功してからざっと三か月が経った。
何度試しても「目を開けてごらん、ユリシア」以外の詠唱には反応しない。
まあ、別にそれでもいい。
唱える度に、アルフがあの夜の出来事の詳細を聞いてくる点以外では。
本当にしつこく、何度も訪ねてくる。
そこまで知りたいものなのだろうか。
一般的に、親は娘の恋愛事情を聞きたくないのが当たり前だと思ってた。
この世界の価値観は少しズレてるのだろうか?
そういうことにも早く慣れておかねば。
◇◇◇
希少スキルの実験自体は終わった。
だが、中沢煌に変化できたからなんだ。
何の役に立つというのだ。
ということで、今は魔物相手にスキルを使う想定をした訓練を行ってる。
変化する対象に成り切るため、その対象の情報を得なければならない。
それが《外見変化》の発動条件の一つでもある。
アルフの書斎には医療書や研究のための書物が大量に置かれてる。
とはいえ、魔物に関する書物はそういくつもない。
せいぜい、人間と似た身体的特徴を持つゴブリンの本くらいだ。
よって、またゴブリンで実験だ。
と言っても、既に何回かゴブリンに外見変化をしたことがある。
ネタバレをするつもりはないが、それがまあ上手くいくのだ。
◇◇◇
ゴブリンの身体的情報が記された資料にはこう書かれてる。
子供のような弱々しい体格。
集団で群れる。
魔法は通常、使えない。
そして、知性を持つ
(ただし、人間以下の知性)
俳優が演技をする上で最も重要なこと。
それはキャラクターの気持ちを汲み取り、解釈して成り切ることだと言った。
この場合も同じだ。
限られた資料をしっかりと読み取る。
そして自己解釈する。
人間以下の知性であっても、ゴブリンたちは考える力を有してる。
そして、魔法は使えない。
つまり、生きていく上で大事な生存力を兼ね備えていない。
だから群れるのだろう。
群れて、仲間を増やすことで強い敵にも対抗する術を身につける。
簡単に言えば……そうだな。
ビビりと同じだ。
俺は、この臆病で、生命力に乏しいキャラクターを知ってる。
以前、どこかで演じたことがあった。
そうだ。
あの高瀬麗奈と共演した恋愛映画『星が降る夜に君と』で俺が演じた主人公の直人だ。
難病を診断されて、生きる気力を無くした非力で人と話すことをやめたビビり。
それとゴブリンの特徴がなぜか上手い具合に当てはまっていた気がした。
地下の研究部屋でアルフを目の前にした。
そしてゴブリンの身体的特徴、というよりは直人を演じた時のことを探るようにして思い出した。
そして、あの詠唱を唱えた。
「目を開けてごらん、ユリシア!!」
またも、身体が光を浴びた。
良い感触だ。
鏡の元へと駆け寄る。
醜いドブ色の肌。
鋭い耳。
無駄に高くて長い鼻。
背はルクセリオよりも少し低くなった程度だ。
そう、俺はゴブリンになった。
◇◇◇
ただ、見た目だけがゴブリンになっているだけでは正直のところ、意味がない。
野生のゴブリンをも騙せるほどになるべきだ。
なので、最近はベテンドラの街付近にあるどこにでもありそうな森でゴブリン狩りをしてる。
目的は一つだ。
ゴブリンにバレないようにゴブリンを演じること。
つまり、キャラ作りを強化させることだ。
俺は剣と魔法を使えない。
それこそ戦闘に関しては全くの無知だ。
だから、念のためにアルフの妻のイシア=ワイナレットに森の奥まで着いてきてもらった。
あの巨乳の女だ。
なぜ着いてくるのがアルフではなく彼女なのか。
アルフは戦闘に関して、全くの無能だからだ。
それに対して、イシアはベテンドラの大病院に看護師として勤務する前。
どこかの冒険者ギルドの戦士をしていたのだと。
ただ、全く想像ができない。
肉つきは良いようだが。
なんというか、彼女よりも俺の方が強いように見える。
ワンチャン、俺が彼女を助けちゃう展開もあるかもしれない。
それはそれで悪くない。
◇◇◇
「やあ、ゴブリンども。元気にしているかい?」
「なんだぼ? オマエ、ゴブリンだぼか?」
「ぼ?」
奴らは語尾に「ぼ」をつける。
初耳だった。
なんだか愛らしい。
何度かの試みで俺はゴブリン語をマスターした。
正直、簡単なことだった。
背後には常に警戒心を露わにしたイシア。
剣を構えて待機している。
しかし、その必要はない。
「気をつけて行きなさい」
「分かってまーす」
俺は四匹の小さな
俺は四匹の小さなゴブリンの群れを見つけた。
イシアは気をつけるように、と言うがその必要はない。
なんせ、俺は《外見変化》スキルを持っているから。
「目を閉じてごらん、ユリシア」
俺は息を切らせながら、走った。
そして、ゴブリンたちに助けを求めた。
「助けてぼぉぉぉ!!」
「大丈夫ぼ? 息切れしてどうしたぼ?」
「はぁはぁ、さっき南の方角から人間がオラを追いかけてきたんだぼ」
「おー、そら大変だったぼな。まあオラの背後にいれば大丈夫だぼ。なんせ俺はゴブリン界の生きる伝説、ゴブ太郎だからぼ、わーっはっはっは」
「憧れるぼ、ゴブ太郎先輩!」
情けない声を出してしまった。
が、そのおかげか、なんとか信頼してくれたみたいだ。
にしても、こいつらは弱いくせにすぐに調子に乗る。
弱いのに群れる奴らは、調子に乗りやすいというのが鉄則だ。
ただ、弱い奴らが群がっても結局は何にも変わらない。
弱小の集まり。
知性のない集団。
そんなことも彼らは気づけないのだ。
今日で「俺はゴブリン界を生きる伝説」って名セリフを聞くのも、もう三回目だ。
仲間だと完全に思い込まれた俺は、ゴブ太郎と三匹の仲間を先頭に歩かせる。
南の方角に向かって歩いた。
「うぐっ……」
バタっ。
「うっ……」
バタっ。
ゴブリンの倒し方は至ってシンプルだ。
背後を向けさせた瞬間に、チョークスリーパーをかけるだけ。
今回も楽勝だと僅かな余裕を感じた。
その時、ゴブ太郎は急に振り返った。
(まずい。仲間の数が減っていることがバレてしまう)
「あれ、他の仲間はどこ行ったぼ?」
「え? 最初からオラたち三匹だけだぼー!」
「…………? そ、そうだったな! しっかりと、オラの背後にいれば大丈夫だぼ! 人間たちを追い返すぼー!」
危なかった。
だが、流石の知能レベル。
同情するほどのものだ。
その後も、残りのゴブリンたちも必殺、【調子乗らせて首絞め】の格好の餌食となった。
無事に俺はゴブリン攻略をした。
《外見変化: ゴブリン……習得しました》
◇◇◇
「よくやったわね、ルクセリオ君」
「ありがとうございます!」
イシアが褒めてくれた。
だから警戒は必要ないと言ったのに……。
「でもあのような技は初めて見たわ。どうやって敵の姿を真似しているのかしら?」
「色々と複雑でして……」
あまり、詳しいことは言えない。
アルフとの約束だからだ。
「そ、そう。ルクセリオ君もなんだか大変そうね」
「あ、あの……」
「ん? どうしたの?」
引っかかることがある。
名前のことで。
ルクセリオという名前自体は悪くない。
クソッケツとかいう名前より全然カッコいい。
ただ、少し長い気がするのだ。
「ルクセリオって名前、ちょっと長くないですか?」
「そうかしら?」
「はい、ルクセリオ君と呼ばれるのが少し違和感があって……」
「そうねー……じゃあ、ルークと呼んでいいかしら?」
「ルーク?」
ルクセリオという名の最初の二文字を取ってルーク。
短いが、カッコいいままだ。
「いいですね!」
「じゃあ、ルーク。今日はもう遅いですし、家に帰りましょうか」
「はい!」
そうして今日の訓練は無事、終わった。
ゴブリンの外見変化を完全習得できた。
アルフに言ったら、どう喜んでくれるだろうか?
だが、不思議だ。
アルフは実の親ではないのに。
俺は自慢の息子になりたいという気持ちが芽生えた。
それでも、悪くないと思うのはなぜだろう。