第5話 『目を閉じてごらん、ユリシア』
翌朝のことだ。
地下の研究室でアルフにこのことを伝えた。
転生の事実を隠す形で、俺は《外見変化》スキルで中沢煌になったとは言わなかった。
その代わりに、ただの知り合いに成り変わったと嘘をついた。
どうやって発動させたんだ?
発動時、なんと言った?
というか、私の娘と一体何をしていたんだ?
アルフの問いかけは止まらなかった。
それに、俺は明確な答えを持っていなかった。
心の中で混乱が広がり、とにかく言葉が出てこない。
◇◇◇
発動条件はいまだに謎のままだ。
ただ、一つだけ確かなことがある。
俺は一瞬だが、中沢煌の姿に変わったという事実だ。
さらなる実験を重ねていけば良いだけのことだ。
そうだ。
問題ないはずだ。
「何かスキル発動の心当たりはあるか?」
アルフからのその問い。
なんとなくだが、答えを持っている。
元俳優として、その答えを持っている。
俳優として、何度も外見を変えてきた。
作中の登場人物を演じる方法については誰よりも詳しい。
重要なのは、キャラクター作りの工程だ。
俳優がただ台本を読み上げるだけでは、演技にはならない。
原作を深く理解することが求められる。
キャラクターの感情を読み取ることも。
それに自分なりの解釈を加える。
あとは衣装やメイクを整え、初めて〔演技〕として成立する。
そして、俺は中沢煌を知っている。
そのキャラクターのことを熟知している。
何を隠そう。
本人そのものなのだから。
つまり、《外見変化》スキルの要領は演技と変わらないはずだ。
すれば、発動条件はもしかすると〔キャラクター作り〕にあるのかもしれない。
そうアルフに伝えた。
すると彼の目が輝いた。
「確かに! その可能性がある! 情報を持っていないと成りきれないのかもしれない!」
こうして、ようやく、《外見変化》スキルをモノにした。
そう思われた。
だが、何度試みても、俺は中沢煌の姿に戻ることはできなかった。
「やはり、何か特別なきっかけがあったのではないでしょうか?」
アルフの言葉に俺は頷く。
「ルクセリオ君、あの時の言葉を一語一句思い出してもらえますか?」
「どうしてですか、お父さま?」
「もしスキルが発動した理由が、あの時の会話に隠されているのなら、そこに何か手がかりがあるかもしれないと思ったんだ。」
「なるほど! 実験してみましょう」
心の中でその瞬間を振り返った。
まずは、あの時の状況を思い出そう。
部屋に入ってきた彼女。
確か、俺は彼女の目を見つめながら――
『やっぱり好きかもしれない』
と言ったが、何も起こらない。
期待していた反応はどこにも見当たらない。
アルフは片眉を上げている。
俺の言葉に疑問の眼差しを向ける。
次に、俺が言ったのは――
『目覚めた時は、全てを失ったように感じてたけど、ユリシアがそばにいてくれたおかげで、本当に良かったと思う』
まただ。
何も起こらない。
ただただ、気まずい。
アルフの顔はますます険しくなっていく。
だが、彼は何も言わないので俺もとりあえず触れないことにした。
えーっと、その後はどうだったろうか。
そうだ。
ユリシアの両手を取った。
そしてこう言った。
『目を閉じてごらん、ユリシア』と。
だが、しかし……。
それを口にすることにはリスクが伴う。
言い訳をする前にアルフに問い詰められる未来が嫌でも見えてくる。
もしこれが《外見変化》スキルの詠唱の場合。
実験成功に喜ぶアルフは詠唱の言葉を気にしないはずだ。
問題はそうでない場合。
「『目を閉じてごらん、ユリシア』って言って、君たちは一体何をしていたんだ?」
と問われる可能性があまりに高い。
間違いなく問い詰められるだろう。
――それでも、俺は男だ。
怖じ気づくのは情けない。
全力でぶちまける覚悟を決めよう。
堂々とすれば大丈夫だ。
そして、俺は大声で唱えた。
『目を閉じてごらん、ユリシア!』
中沢煌の姿を心に鮮明に描く。
鏡に向かって、そう力強く言い放った。
瞬間のこと。
俺の全身は光を帯びる。
アルフは眩しさに目を覆った。
変化の感触を感じた。
鏡に映った自分の姿を目視した。
実験は成功したのだ。
俺は中沢煌の姿に戻った。
《外見変化: 中沢煌……習得しました》
「アルフ、成功だ! やった!」
「やったーじゃねえよっ!」
興奮を抑えきれずに叫んだ。
が、アルフは怒っていた。
俺の頭を力いっぱい殴ってきた。
大きなたんこぶができた。
だが、それで気が済んだらしい。
心からの謝罪をすると、あっさりと許してくれた。
中沢煌の姿に戻った。
アルフを見下ろすことができるほどに、背が高くなっていた。
この身体はやはり心地が良い。
「成功ですね、ルクセリオ君」
とアルフが微笑みながら言った。
「はい、お父さま」
と俺は気持ちよく応じた。
その後、俺らは脱力感に襲われた。
セラミックで加工された研究室の床に倒れるように横たわった。
疲労感はあった。
だが、顔には自然と笑みがこぼれていた。