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第4話 『ゴブ田vsゴブ蔵』


 研究を始めてから、気づけば一週間が過ぎた。

 

 だが、成果は一向に見えない。

 いくら試みても、《外見変化》スキルは微動だにしないのだ。


 実験開始三日目を迎えた頃には、詠唱の言葉が謎であった。


「オシリマルダシ」や「ルクセリオノアホ」など、明らかに無関係な言葉をアルフに言わされる度に、俺は内心で彼に対する疑念を深めていった。


「実験のためなんだ」


 アルフはそう真顔で言い訳をするが、どうもその言葉が信じられない。


◇◇◇

 

 六日目になると、流石に方針を見直すことにした。

 

 スキルの対象となる生物の特徴を詠唱に織り交ぜれば、何かしらの効果が得られるのではないかと考えたのだ。

 なので、まずは特徴のないゴブリンを対象に、詠唱の試行錯誤を始めた。


「ゴブリンになーれっ!」

 

……もちろん、何も起こらない。


「チチンプイプイ、ゴブリン!!」

 

予想通り、これも失敗だ。


 その度に、心が折れそうになる。

 焦りも募っていく。

 このままでは俺の第二の人生が詠唱を唱えるだけで終わってしまいそうな気がしたからだ。

 

◇◇◇

 

 この一週間、アルフとの実験で成果は得られなかった。

 ただ、俺は密かに自分だけの方法で《外見変化》スキルの発動に挑戦していた。

 ワイナレット家の借りた一室。

 そこに全身が映る縦長の鏡を置いてみた。

 アルフとの実験は詠唱の繰り返しだ。

 だが、他に、希少スキルを発動させる方法があると俺の直感が言うのだ。


 《外見変化》スキルは、ただ言葉を唱えるだけでは発動しない。

 そう考え、ある突飛なアイデアを思いついた。

 もしゴブリンを演じれば、自然とその姿に変身できるのではないか、と。

 

 この考えは、アルフの詠唱実験とはまるで異なる発想だ。

 緻密な理論もなく、考えられた形跡も全くない。

 だが、この新たなアイデアに賭ける価値があると、俺は本気で思い始めていた。

 

(《天才》スキル、習得してもいいと思うんだが?)


「オラはゴブ田だべ〜。オラは強いんだべ〜」

「オラはゴブ蔵だっちゃん。オラも強いどー」


 *全ての声はルクセリオが担当している*

 

 鏡をセリフごとに見てみる。

 が、どうも見た目に変化が起きてるようには見えない。

 

「なんだべ! コラぁ!」

「おまえこそ、なんだっちゃん!

ゴブ子は渡さないどー!」

「きゃあー! アタチで喧嘩しないでっ、ゴブ田、ゴブ蔵!」


 張り切ってしまった。

 役に入りすぎて、鏡を見ることも忘れていた。

 

「ゴブ蔵! おまえには負けんだべなぁ! ゴブ子はオラのもんだべ!」

「オラこそ、ゴブ子のためだったらなんだってするど!」

「きゃっ! 二人とも、、」


 楽しくなってしまった。

 彼女に声を掛けられるまで。

 

「――何してるんですか……」


 渾身のゴブリン演技に没頭していて、ユリシアが部屋にいることに気がつけなかった。

 

「誰だっ! ゴブ蔵の他にもゴブ子を狙うライバルがっ!?……って、え?」


 彼女がいつから見てたのかは分からない。

 考えたくもない。


「あ……これは〜、実験のためなんだっ」


 慌ててそう言ったが、果たして言い訳になってるのか。

 途中から役に入りすぎた。

 実験のことを忘れて、楽しんでたなんて死んでも言えない。

 視線を左右に彷徨わせつつ、顔色を窺おうとした。


「そうですか……お邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」

「いやいや! ……それで、ユリシアはどうしたの?」


(優しい〜! 本当に女神です。触れないでいただき、ありがとうございます〜)

 

「ユーリアが眠れないと仰っていたので、声を抑えていただきたく、お伺いさせていただきました」

 

 ユリシアもユーリアも本当にごめん。

 こんな夜遅くに、「アタチで喧嘩しないでっ、ゴブ田、ゴブ蔵!」は起きちゃうよな。


「あー! ごめん、ごめん! ちょっと盛り上がっちゃってさ」

「そうみたいでしたね。ゴブ子は人気者そうで大変でしたね」

「え……?」


 俺をからかっているのか。

 彼女は少しだけ愛嬌のある笑みを浮かべた。

 おぼつかないが、彼女との間に心の橋が架かったような気がした。

 ユリシアは優しい。

 やはりしっかりと教育を受けてるからなのか?

 俺が意識を取り戻したときから俺のことを警戒しているようだった。

 だから、ツンツンしてたのだろう。

 

 今までの冷淡さから、警戒心がほんのわずかに和らいだ気がした。

 それでも、俺はそれを好意の兆しと捉えた。

 

《勘違いスキル…………習得しました》


(間接的に否定しないでくれるか!? 心なしか、「習得しました」までの沈黙が余計に長かった気がするんだが……)

 

「《ガイド》、マナーモード!…………」


 黙ってくれたか?

 何も反応がないが。

 

「ん? どうしたんですか、ルクセリオさん?」

「ああ、気にしないで。こっちの話だから」

 

 不思議そうな顔で俺の顔を見た。

 なぜだろう。

 彼女の瞳にはどこか以前にはなかった柔らかさが宿っているように見えた。

 渾身のゴブリン演技が功を奏したわけか。

 内なる緊張が解けるのが目に見えた。


 俺のことは確実に意識してるはずだ。

 何を隠そう、俺の本質はあの中沢煌だからな。

 どうしても人の心を惹きつけてしまう運命にあるのだ。

 

《……違います》


 クッ!

 今、何者かが俺に、違いますと言った気がする。

 だが、気のせいだ。

 マナーモードに入ってる俺は何も聞こえてない。

 それに、俺は自信に満ち溢れた異世界転生者なのだから!


《性格: 内気→自信家……シフトチェンジしました》


 

 彼女の目をじっと見た。

 そして、決心を決めた。

 

「やっぱり、好きかもしれない」


 突如としてそう言い放った。

 少し謎めいた言葉だが。

 

「え、なんですか急に」

「目覚めた時は、全てを失ったように感じてたけど、ユリシアがそばにいてくれたおかげで、本当に良かったと思う」

「……それはよかったです」


 甘い言葉が彼女の心に届いていない。

 もどかしさが募った。

 そんな態度を取られたら、やることは一つ。

 それもとても簡単なことだ。

 少しずつ彼女に近づく。

 両手を少々、強引に掴んだ。

 暴れないようにするためだ。


「な、何するんですか!」


 驚きと戸惑いが入り混じった声。

 対して、俺は柔らかく応じる。


「目を閉じてごらん、ユリシア」


 その一言に、なぜか彼女は素直に従った。

 目を閉じたのだ。

 恐怖を前にして目を閉じたのか。

 手のひらに温かさを感じるから違うようにも思える。

 

 俺は彼女の腰に手を回す。

 両手を腰に当てた。

 ただ、躊躇なくその手は振り解かれた。


「ご、ごめん」

 

 何をしてる。

 落ち着け。

 別に急がなくてもいい。

 全く、お前らしくないぞ。

 キョドッて、謝るなんてらしくない。

 ……気持ちを落ち着かせろ。

 そして思い出せ。

 いつも通りにやればいいだけだ。

 さっきみたいに演技をやっているのとは訳が違う。

 これは俺の得意分野だ。

 俺は中沢煌なのだから。


「キャッ!」


 彼女をベッドに優しく押し倒した。

 彼女は艶やかで、品のある声を出した。

 その瞬間、彼女の目はわずかに開く。

 俺の顔を見つめると頬がほんのりと赤らんだ。

 なるほど。

 そういう反応か。

 やはり、無意識なエロが一番グッとくるな。


「キス……してもいいかな?」


 耳元に低く囁く。

 声が震えていた。

 だが、自信に満ちたような響きもあった。

 彼女と一瞬、目が合った。

 動揺しているようだ。


 なんとなくだが、予測できた。

 彼女は首を横に振る。

 俺を押し退けて、部屋を出る。

 全てが鮮明に見えてくる。

 ただ、彼女の思う通りにはならない。

 部屋を出ようとするその瞬間。

 俺は反省の表情を浮かべて、彼女の手首を軽く掴む。

 そして「ごめん」と、ただ一言だけつぶやく。

 

 その短い言葉の中には、強引な態度。

 そして実は大人しい一面という絶妙なギャップが込められている。

 それに、どれほどの女が落ちたか。

 レイレイも、そうやって俺に心を奪われた一人なのだ。


 

 しかし、ユリシアは違ったようだ。

 根本的に俺の予想は裏をかかれた。

 ベッドに押し倒された彼女。

「キスしてもいいかな」という問いに顔を赤める。

 恥ずかしそうに照れていた。

 そして、彼女は頷いたのだ。

 驚きを隠せなかった。

 まさかこんなにもスムーズに事が進むとは。

 

 いや、戸惑うことはない。

 彼女は覚悟したのだ。

 俺に抱かれることを覚悟したのだ。

 だから、男の俺が日和っていてどうする。


「えらい、えらい」


 その言葉をしっかりと口にした瞬間だ。

 確かな違和感を覚えた。

 今までは彼女に囁くだけだったからか、特に気にすることはなかった。

 俺の声だ。


 慌ててベッドの脇に置かれた練習用の鏡を見た。

 自分の姿が映し出されている。

 その姿を見て、現実と想像に大きなずれがあることを実感した。

 驚きよりも困惑が一気に押し寄せてきた。


 久しい姿だ。

 やはり、いつ見てもイケメンだ。

 ざっと二週間ぶりだろうか。


 

 ――俺は中沢煌の姿に戻っていた。

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