第38話 『決意は固まった』
「目を閉じてごらん、ユリシア」
言葉が静かに響く。
魔力がみなぎるのが伝わる。
胸板が厚くなり、皮膚が硬くなる。
内から外へと力が溢れ出す感覚。
獄岩の巨猿ガルムンへと姿を変えてみせた。
「ユリシア、ここからは俺一人で十分です」
「はい、お願いします」
ユリシアの返事には、固い信頼が感じられた。
周りの防御魔法が再度、剥がれていく。
決意は固まった。
ガルムンとしての力が、全身を包み込む。
もう、負ける気がしない。
兜の男も、俺の姿が変わると明らかに震え始めた。
その目には恐怖が色濃く映る。
やはりそうか。
俺の瞳に映る何か――それはきっとガルムンの影だったんだろう。
間違いない。
威圧感を出し、前に進む。
その一歩一歩が確かな力を秘める。
「お前がいくら強かろうと、俺はもう負けない」
今こそ、全てを賭けて戦う時だ。
ガルムンが、俺を守り、導いてくれる。
全力でぶつかろう。
そして、いま……ここで、決着をつけようじゃないか。
二本の腕を使って猛然と移動。
瞬時に距離を詰めた。
熱岩の拳が空気を切り裂く。
その一撃に全身の力を込め、奴に叩きつける。
「溶岩拳っ!」
燃え上がるマグマ。
拳から放たれ、兜の男の顔面に直撃した。
轟音と共に、兜の一部が焼けこげ、煙を上げる。
燃える熱が奴の顔面を炙る。
だが、たった一撃で済ませるわけない。
男が即座に後退しようとするのを見逃さず、その身を鷲掴む。
強く握りしめながら、さらに二発の強烈な打撃を打ち込む。
「あぁ……うぐっ……!」
だが、気づけば、兜の男はすぐさま反撃の姿勢に。
猛然と距離を取った。
彼の動きは急で、まるで影のように素早い。
手のひらで俺の腕を振り払う。
その身を翻し、俺の目の前に姿を現した。
一瞬の静寂の後、兜の男が刀を高く掲げ、力強く振り下ろす。
その動作と同時に、彼の刀から闇のような影が広がり、空気を引き裂く音と共に発動する。
「――影斬り――」
その一撃が俺の巨体に諸共ぶつかる。
だが、斬られなかった。
ガルムンの硬い皮膚には全くと言っていいほど効かない。
ほとんど無傷のままだ。
俺の体に響くのはわずかな振動だけ。
「このままいけば、勝てる」
俺は一歩踏み込んで、その巨大な拳を再び振り上げる。
どんなに強かろうと、どんなに巧妙であろうと、俺の一撃が奴を打ち砕く。
兜の男は再び距離を取ったと同時に驚きの言葉を放つ。
「もう……やめておけ……お前ではガルムンの制御は……できぬ」
アドバイスだった。
この状況で、忠告を受けるとは。
肝が据わっていることだけは認める。
だが、それだけではどうにもならない。
「いちいち、うるせえな。黙ってれば、殺してやるよ」
その言葉と共に、俺は地面を強烈に叩きつける。
「大地の支配者!」
その叫びとともに、地面が激しく震え出す。
周囲の壁もその影響で揺れ動く。
まるで地震。
地盤が震え、砂埃が舞い上がる。
普通であれば、立つこともままならない。
だが、この巨体と強靭な体幹。
全くブレがない。
対する兜の男は、今にも転けそうなほど地面を見つめ、動揺を隠せない。
まさに滑稽だ。
だがチャンスだ。
――いま。
ここで終わらせる。
その決意と共に、俺は声を張り上げる。
「獄炎爆砕っ!!」
両手から燃え盛る業火が現れる。
炎は猛然と燃え上がり、赤熱した輝きが周囲を照らす。
俺は素早く兜の男に近づき、強烈な火の力を彼に叩きつける。
ドゴゴゴォォォ!!!
炎が男を包み込まれる。
苦しみの呻きが響き渡る。
火の勢いはますます増し、兜の男はその場に倒れ込む。
決着が着いた。
そう気持ちが安心し切った瞬間――。
俺は意識を失った。
◇◇◇
……どのくらい気を失っているのだろうか。
分からない。
時間の感覚が曖昧だ。
それよりも、どうなった?
勝ったのか、それとも……。
そろそろ目を覚まさないとマズイ気がする。
周囲は一面の白。
視界全体が霞むように広がっている。
地平線がどこにあるのかすら分からない。
空は雲ひとつない。
どこかぼんやりとした光。
風も吹かない。
音もない。
空間全体が止まっているかのような感覚。
「ここは……どこだ?」
声を発した。
ただ反響もなく、誰にも届かない。
幻想的すぎるこの場所――まさか、死後の世界か?
いや、違うはずだ。
何かが違う。
「……っ、ルーク!」
ん?
誰だ?
何を言ってる?
「ルーク……!」
俺の名前だ。
徐々に大きくなる。
だが、この声は……誰だ?
「ルーク! 起きて!」
起きて、か……。
起きたいのは山々だが、どうすれば目を覚ませるんだ。
「ルクセリオ! 起きてください!!」
――はっ!!
その強烈な叫び。
やっと目が覚めた。
 




