第36話 『剣の儀式』
祭りを楽しみすぎた。
気づけば外は夜になっていた。
星が空に瞬き始める頃、俺の左手にはモンスターソーセージが二本、フレイムミートが一本。
そして右手には竜の卵プリン、グリームフルーツ、フェアリーシュガーがそれぞれ握られている。
もちろん、全部食べるつもりだ。
『この後、スタッフが美味しくいただきました』
なんてテロップは、入れなくても問題はない。
「最後は『剣の儀式』だな」
「剣の儀式? なんですか、それ?」
「毎年、街の繁栄のために行われる神聖な祝福のようなものだ。年に一人、その剣の儀式を披露する若者の剣士が街から選ばれるんだ」
「そうなんですね。初めて知りました」
「なんなら、来年はルーク君が立候補でもしてみるかい?」
「俺、まともに剣も振れないのにできるんですかね」
アルフに説明を受け、少し興味が湧いた。
剣の儀式か。
一体どんなものなのだろうか。
街の中央広場が静かに変わっていく。
すべての屋台が撤去され、周囲には暗がりに浮かぶように灯火がともされ始めた。
その光が広場全体を神聖な雰囲気で包み込む。
そして、ついに主役が姿を現す。
「あれだ、今年の剣士だよ」
アルフが指差す先、一人の男が静かに立っていた。
奴は……兜を被っていた。
あの悪夢に出てきた、あの兜の男だ。
突然、全身が冷たくなった。
震えが止まらない。
「いやだ……いやだ……いやだ……」
拒絶の言葉が自然と口をついて出る。
助けを求めるようにアルフの方を振り返った。
――だが、そこにはアルフの姿がどこにもない。
それどころか、イシアも、ユーリアも、ユリシアも。
誰一人としていなかった。
「みんな……どこだ……?」
不安が胸の中で暴れ始める。
トン……トン……トン……
その足音は、ゆっくりと、だが確実に、俺に近づいてくる。
一瞬ごとに距離を詰める。
兜の男だ。
再び、目の前に現れた。
全身が硬直し、動けない。
逃げなければいけない。
だけど動かない。
「いやだぁっ……いやだぁあぁっ……!」
ああ、もうダメだ……。
スパッ――。
◇◇◇
「はぁ……はぁあ! はぁあぁ!!」
激しい息遣いの中、俺は目を開けた。
体中に冷たい汗が滲んでいる。
「……なんだったんだ、今のは」
視界が徐々に現実へと戻る。
俺は周囲を見渡す。
ユーリアも、アルフも、イシアも、誰もいない。
賑やかだったはずの祭りもない。
音も、色も、すべてが虚ろだ。
そうか。
ここは、ロックス迷宮、最終層。
あの暖かな祭りも、皆の笑顔も、ただの幻。
受け入れ難いが、これが現実だ。
ここが、俺の今いる場所だ。
だが……俺は確かに首を斬られて死んだはずだ。
「一体、どうなってる……?」
◇◇◇
――北方えり視点――
「なんで……死んでないの?」
首を斬られたはずのルクセリオが、なぜかまだ生きていた。
一度は《ガイド》の画面が途切れ、真っ黒になったはずなのに。
だけど、少し経った後、彼はまるで何事もなかったかのように、元の姿に。
首も身体も全て元通りだった。
「あまり詳しいことは言えぬ。だが、ルクセリオは死ねないのじゃ」
不気味なほど冷静な声で、オジちゃんはそう告げる。
「死ねない? 魔法か何かってこと?」
「まあ、魔法と言っておいた方が分かりやすいじゃろうから、そう呼んでおこう」
私は思わず問い返す。
が、答えはあまりにも曖昧だった。
そんな説明で納得できるわけがない。
けれど、現状を見れば確かに信じるしかない。
あり得ないことが目の前で起きているのだから。
「オジちゃんが生き返らせてるの?」
少し投げやりに聞いてみたが、オジちゃんはそれを否定しない。
「そんなところじゃ。以前も言ったが、この異世界に転生されたクズどもの末路は覚えておるじゃろ?」
胸の奥で、冷たい記憶が呼び起こされる。
「人生が楽しくなった直後にどん底に落とす……だっけ?」
「そうじゃ。だから、今はまだ死ねないということじゃ。その絶好の死亡タイミングが来るまでは……奴は不死身ということじゃよ」
言葉の意味を噛み締めた。
ルクセリオはまだ、生きるために苦しみ続けなければならない。
死すら許されないまま、その運命に縛られて――。




