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第35話 『祭り』


「お兄さま! お兄さま!」


 遠くから響く声。

 意識が引き戻される。

 重い瞼を開けると、視界に飛び込んできたのは、ユーリアの顔だった。

 彼女は俺の腰の上に乗って、何度も肩を揺さぶっている。


「……あれ、ユーリア?」

 

 声がかすれる。


「ここ、どこだ?」


 ユーリアは不思議そうに首を傾げ、微笑んだ。


 「何言ってるんですか、お兄さま! 今日はお出かけの日ですよ!」


 瞬きを繰り返した。

 周囲を見回した。

 違和感が胸を締めつける。

 ここは……確かに、ワイナレットの家だ。

 俺が毎朝、目を覚ましていたあのベッド。


 しかし、どうしてだ?

 俺は確か、ニレニアにいたはず……。

 そうだ、あのロックス迷宮で……その……死んだはずだが?

 間違いなく、あの時の感触は本物だった。

 首を斬られ、意識が遠のいたはずなのに。


 それなのに今。

 こうしてベッドの上で無事に目を覚ました。

 

「ユーリア……」


 その名を口にした途端。

 胸の奥から何かが込み上げてきた。

 最近の出来事――あまりに過酷で、あまりに残酷な日々ばかりだったからだ。


「お、お兄さま? 怖い夢でも見たんですか?」


 その声が優しく響く。

 俺は軽く頷いた。


「……ああ、とても恐ろしい夢だったよ」


 涙が頬を濡らす前に、慌てて手で拭った。

 だが、手が震える。

 深く息を吸い込んで、落ち着こうとする。

 

 そうだ、あれは夢だったのか……。

 あまりにも現実的で。

 終わりが見えなくて。

 長くて。

 ……厄介な夢だったな。

 


「それで、お出かけの日って、どこに行くんだ?」

「えーっ! 昨日も話してたじゃないですか! 今日は年に一度の街のお祭りですよ!」


 そう言われても、記憶がない。

 いや、むしろ最近、色々とありすぎたからだ。

 何が何だか整理がついていないのが正直なところだ。

 だが、お祭りか。

 考えてみれば、楽しいことに触れるのは久しぶりかもしれない。


「お祭りか……いいな」


 俺は呟いた。

 そう、最近は癒しも何もなかった。

 ベルタとかいう鬼畜エルフにしごかれて。

 ゾルラードとかいう恐怖の塊の奴隷になって。

 挙げ句の果てにはユリシアの浮気疑惑。

 まさに地獄のような日々だった。


「はい! 皆さん、準備が出来ているので、お兄さまも早くしてください!!」

「ああ、すぐに済ませるから」


 まだ寝ていたいというのが本音ではある。

 だが、久しぶりのユーリア。

 最高の癒しだ。

 お兄さまって久しぶりに聞けて嬉しい。

 ったく、たまったもんじゃないぜ。


◇◇◇


 祭りの中央広場――。

 太鼓や弦楽器の活気あふれる音が聞こえてくる。

 そのリズムに合わせて街中の人々が優雅に踊り回っていた。


 広場を囲む屋台には、異世界ならではの珍しい食べ物が並んでいる。

 香ばしい匂いだ。

 鼻をくすぐる。


「美味しそうな匂いですね」

「ああ、今日はたらふく食べよう」


 隣を歩くアルフに、屋台を見渡しながら言った。

 その言葉を聞いて、俺も思わず微笑む。


「でも、たくさん食べると夜ご飯が食べられなくなりますよ」


 アルフの手を繋ぎながら、イシアが注意する。

 まったく、二人のラブラブっぷりには呆れる。

 が、今日は文句を言うつもりはない。

 祭りの気分だから、楽しく過ごしたいのだ。


「今日くらいは良いじゃないか。なぁ、ユーリア?」


 アルフがそう言って、俺の手を繋いでいたユーリアをちらりと見やると、彼女は元気よく頷いた。


「はい! いっぱい食べましょう!」


 家族総出でのお出かけ。

 ユリシアも、ユーリアもみんないる。

 今日は楽しい時間を過ごすための日だ。

 

 街の子どもたちは、空中をゆらゆらと泳ぐように浮かぶ不思議な魚のような魔物を追いかける。

 楽しそうに笑い声をあげている。

 別の子どもたちは魔法の玉を投げるゲームに夢中。

 玉が的に命中するたびに歓声が上がる。

 声が賑やかさをさらに引き立てていた。


「ユーリア、あの子たちと遊びたくないのか?」

「はい、あの子たちはまだ子どもなので」


 ユーリアは子どもたちを見つめながら、真剣な顔で答えた。


「って……お前もまだ八歳だろ?」

「そうですけど…………それより、私、踊りたいです!」


 ユーリアは目を輝かせて、すぐに別の提案をしてくる。

 踊りたいなんてやっぱり子どもなんだな。

 でも、それでいい。

 子供らしくていいじゃないか。


「一緒に踊ってくれますか?」

「ああ、もちろん」


 俺は踊りなんてできない。

 なので音楽に身を任せてなんとなく動いてみる。

 リズムと雰囲気に浸って踊ると、自然と楽しくなるもんだ。


「ユリシアも踊りましょうよ!」


 と、近くで俺たちを見ていた彼女に声をかけた。

 ユリシアは視線を左右に泳がせている。

 ダンスの仕方が分からないのか?


「や、やめておきます……」


 彼女は小さく答える。

 そして恥ずかしそうに頬を赤く染めている。


「俺みたいに踊れなくても、ただ体を動かせばいいんですよ! リズムに合わせるだけでも楽しいですから!」

「べ、別に踊れないとは言ってないじゃないですか……」

 

 あはは……じゃあ踊れよ。

 とは思ったが、口にしない。

 俺は大人だからな。


「ほら、楽しいですよ?」


 片手を彼女に差し出してみる。

 渋々といった表情を浮かべるものの、躊躇いながらも俺の手を取ってくれた。


 静かに一歩。

 そして、また一歩。

 まるで息を合わせるかのように、自然にステップを踏み出す。

 広場の石畳に、足音が優しく響く。


 楽器が奏でる幻想的な旋律に乗って広がる。

 ユリシアのスカートは風に揺れ、ふわりと宙を舞う。

 そして彼女の体が俺の手の中で優雅に動く。


「驚きました、こんなに踊れるなんて……」

「当たり前ですよ……でも、ルークだって案外、上手です……」


 ユリシアがふいに俺を見上げる。

 彼女の瞳は祭りの灯火を映し出される。

 深い色合いの中に微かに揺れる光がきらめく。

 その表情には、言葉では表せない何かがあった。

 頬がほんのりと赤く染まっているのを見て、俺はただ微笑んだ。


 言葉はいらなかった。

 音楽だけに導かれる。

 ただ、この一瞬が永遠に続くような気がしていた。

 

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