第3話 『無知は成長』
ワイナレット家に居候することになった。
帰る家がない。
それにこれからの行く先も決まってないからだ。
そのことを伝えると、この一家は快く俺を受け入れてくれた。
優しい家族だ。
異世界転生特典というやつだろうか。
そして、俺は今、とある声に悩まされている。
新たな世界に生まれ変わって以来のことだ。
時折、無機質な機械のような声が俺の脳内に響き渡るのだ。
これは転生時に生じた何らかの副作用なのかもしれない。
慎重に探っていこう。
なろう系のラノベはいくつか読んだことはある。
俳優としても異世界転生作品の実写版でも主演をした。
だからだ。
この展開にはある程度、見当がついていた。
要するに、この機械的な声は異世界転生者のみに与えられるアシスト機能だということ。
それによって俺はこの世界で無双する運命にあるのだ。
つまりは、どの世界線でも結局、俺は無双してしまう。
全く、困ったものだ……ZE!
「あー、《ガイド》のことですか? 普通にありますが……?」
「やっぱりそうか、ユーリア。俺は特別な存在なのか…………ってあんのかいっ!」
浮かれ気分も束の間。
声の存在をユーリアに尋ねると、この声はごく普通のことなのだと知らされた。
「はい、特別なものではありませんよ。ただ、習得できるスキルは人によって個人差がありますので、スキルの組み合わせによっても特別なものになり得る場合もあります」
「そ、そうか……」
「はい、お兄さま!」
俺がこの世界で目を覚ました後。
理由は不明だが、ユーリアは俺のことを「お兄さま」と呼び始めた。
良い。
非常に良い。
感謝するまである。
何がとまでは言えないが、素晴らしい。
それにしてもやはり、六歳にしては語彙力が豊か。
それに賢さも感じられる。
きっとアルフの優れた遺伝が入ってるからだろう。
そしてイシアの……素晴らしい遺伝子も入っているはずだ。
これは将来に期待がかかるものだ。
「『ステータス』と声に出すと持っているスキルが確認できますよ!」
ユーリアの声は跳ねていた。
頼られているという嬉しさがあったのだろう。
無邪気だ。
子どもらしいところもあるではないか。
「お、なるほど。やってみよう。……ステータス!!」
ステータス
名前: ルクセリオ=???
種族: 人間
性格: 自信家
スキル:
- 多言語
-《外見変化》
ん、なんだ。
画面が現れた。
それも意外にハイテクな。
って……おいおい。
俺の登録名が「クソッケツ」とか言うアホ名じゃない!
死ぬほどの脳汁が出た。
このままだと、
『クソッケツ〜名前を変える魔法書を探しにいく旅〜』
とか言うクソをクソで纏ったクソなクソ…………っと。
非常に危ない所だった。
某クソ恋愛映画(『星降る夜に君と』)と同等レベルのクソ作品を皆様に提供する羽目になっていた。
だが、心配ご無用!
俺の本名は、ルクセリオだ!!
(後で皆に俺の本名を広めておかないとな。
それよりも……えーっと、スキル、スキル。
あ、あった。
多言語スキルと《外見変化》スキルの二つか)
「二つしかないぞ、ユーリア」
「んー、おかしいですね」
「壊れてるとかじゃないだろうな」
「いえ、心配しなくていいと思いますよ。次第にスキルは付くものですので」
「そっか。教えてくれてありがとうな、ユーリア」
「はい! ちなみに、生まれた瞬間に多言語スキルとかは習得できるはずですよ!」
頼られて嬉しそうだな。
そんなユーリアは見てて、こっちも嬉しくなる。
そのまま純粋なままでいてくれよ。
俺みたいなクズ人間になってはいけないぞ。
多言語スキルに関しては、転生して最初に《ガイド》が習得した。
二つ目の《外見変化》スキルに関してはまったく見覚えがない。
不具合か?
早速、この世界での試練か?
「なあ、ユーリア」
「はい、お兄さま!」
「《外見変化》スキルってなんなんだ?」
「ん? 外見変化ですか? ……すみません、そのようなスキルは聞いたことがありませんが」
「おー、そうか」
ユーリアも知らないっぽい。
まあ、年齢からして、無理もない。
だが、なんだ。
その表情は。
今にも泣き出しそうな表情を浮かべて、心配そうに俺を見つめないでくれ。
「……ご、ごめんなさああいい!!」
「え、ええ?」
「ユーリアが無知なせいで……お兄さまの助けにならなくて……ごめんなさぁぁいい!!」
本当に泣き出してしまった。
どうやら、想像以上に繊細な子なのかもしれない。
それとも、繊細というよりは褒められたがり屋なのか?
一つのスキルを知らないだけでここまで泣くとは。
流石に心配になる。
とはいえ、なんとなくだが、気持ちは分かる。
きっと医者である親からの無意識な圧力が影響しているのだ。
そういうのは前世でも多く見てきた。
その分だけの涙も見てきた。
「――ユーリア」
「……はい」
声を掛けてみた。
まだ涙を浮かべながらだが、俺に小さく応じた。
「どうして無知でいることがダメだと思う?」
「だって、それは私が勉強不足ってことで――」
「無知でもいいんじゃないかな?」
「……そ、そうなんですか?」
戸惑いの色を見せた表情。
俺は言葉を続けた。
「ほら。だって俺こそ、この《外見変化》スキルのことを知らなかったから、ユーリアに聞いたんだ」
「はい……」
「でも俺はダメな人間じゃないだろ? 『分からない』ってことはつまり、俺もユーリアももっと成長できるってことだと思うんだ。無知な分、もっと成長できるってこと。全然、悪くないでしょ?」
「成長…………」
涙を拭い去った。
やっと泣き止んでくれた。
そして、ほんのり笑顔を浮かべて決意を新たにした。
「ユーリア、これから頑張って成長します!」
俺も彼女のその言葉に微笑んだ。
頷いて、こう言った。
「うん、そうだね」
彼女は俺の足元に寄り添い、しっかりと抱きしめてくれた。
その抱擁には感謝の気持ちが伝わった。
そりゃあ、無知じゃない方がいいに決まってる。
ただ、皆んな、どれだけ知識がある人でも無知を経験してる。
学びの過程は避けられないものだから。
大事なことは、無知かそうでないか、じゃなくて学ぶ意欲があるかってことだろう。
俺も無知だ。
経験もない。
だからユーリアに負けないくらい頑張っていこう。
◇◇◇
結局のところ、もっと広範な知識と豊かな人生経験を持つアルフにこのことを尋ねてみた。
「外見変化……か。聞いたことがないが」
「お父さまですら、ご存知ないのですね」
俺はアルフのことを「お父さま」と呼んでる。
ユーリアが俺のことを「お兄さま」と呼ぶので、自然とそう呼ぶようになった。
前世の年齢が近くもあってか、アルフを「お父さま」と呼ぶことには最初は抵抗があった。
が、幼い外見のせいで、その呼び方にも次第に馴染んだ。
「ああ、一つ伺いたいんだが、そのスキルはどのように表示されている?」
「どのように……ですか? えーっと、二重括弧に――」
「やはりそうか!」
二重括弧が何かの鍵なのか?
ますます意味が分からない。
だが、アルフは何かが分かったみたいだ。
「ん?」
「ああ、すまない。クソッケツ君の《外見変化》スキルはもしかすると希少スキルの可能性がある」
「ルクセリオです……クソッケツじゃないです。って、希少スキル?」
まだ名前をしっかりと覚えられていないのはどうかと思うが、アルフは丁寧に希少スキルについて教えてくれた。
希少スキル――。
文字通り稀少なスキルである。
そのため習得方法や発動条件が十分に研究されていないスキルを指すのだという。
そして、俺はそのスキルを転生した時から持ってた。
つまり!!
俺はこの世界の……選ばれし者!!
「――どうやって習得したのかを教えてくれないか!」
「えーっと、それが俺にもよく分からないんですよ」
「……心配しなくてもいい……私は『秘密厳守』を生きる差針として徹底しているから」
しつこすぎる。
分からないと言ったら分からないのだ。
「いや、それが本当にわからないんです」
「えー、ほんとのほんとー? 教えてもくれてもいいじゃーん」
「は、はい」
(このおっさん、こんなキャラだったっけ)
学者であるアルフの新たな研究対象は俺の《外見変化》スキルになった。
言うまでもなく、俺は半強制的に彼の実験材料となってしまった。
◇◇◇
通常のスキルには、
常時発動スキル、
詠唱発動スキル、
の二つのパターンがあるとされてるらしい。
例えば、いま俺が持っている多言語スキル。
常に言語の翻訳を行うスキルなので、常時発動スキルに分類される。
一方、詠唱発動スキル。
これは特定の言葉を唱えることで発動する。
例で言うと、危険探知スキルは「危険探知発動!」と声に出さないと発動しない。
魔法に似てるが、それとは別物として扱われることが多い。
これを踏まえると、希少スキルが詠唱発動スキルであった場合、発動のためにどのような詠唱が必要かがまだ解明されていないため、非常に困難を伴うことになる。
それだけは避けたい。
◇◇◇
最近では、アルフと希少スキルの解明に向けた実験をしてる。
それも毎夜、一時間を掛けて。
この実験は地下の研究室で密かに進めている。
だから、アルフと俺の極秘研究だ。
響きは良いが、実際の実験はそうではない。
自分でも『外見変化』スキルを早く習得したいと願ってる。
早く冒険に出て、新たな人生のスタートを踏み出したいからだ。
だから実験を共にしてくれるのは非常に助かる。
だが、アルフは実験となると俺をまるで実験用マウスのように扱ってくる。
学者魂、恐るべし……。
「外見変化スキル発動! …………」
「やはり、何も起きないか。では次に、『外見変化スキル〔を〕発動』と言ってみてくれ」
「……はい」
こんな調子で、詠唱する言葉と発音の試行錯誤を繰り返しながら、実験を進めてく。
先が見えないのは確かだ。
ただ、そんな実験さえも楽しんでる自分がいる。
この世界に転生してから、一度も退屈だと感じたことはない。
子どもの身体だから余計にだと思う。
どんなに単純な作業でも飽きることなく、全てが新鮮に映る。
もしかすると、俺はこんな日々を密かに待ち望んでたのかもしれない。
◇◇◇
ってか結局、
クソッケツって誰だったんだぁぁ!!