第31話 『キタカタとリヴァウスの女子会』
本は二万冊すべてが開かれた。
それにもかかわらず、鍵は一つも見つからなかった。
「嘘だろ……」
俺が呟いたその言葉には、アルフの気持ちも込められていた。
俺だけではない。
ベルタも、ルーファスも、ユリシアも、誰もが深い失望感を感じていた。
ゾルラードだけが、別の理由で悲しげな表情を浮かべていた。
本が無くなったということは、つまり強敵との出会いも終わりを迎えることを意味していたからだ。
「どうしましょう」
ユリシアが問いかけるその言葉には、現状の混乱を整理しようとする意図が込められているように思えた。
しかし、誰もが沈黙を守った。
第一に本の中に鍵があると言ったのは誰だ?
そして、なぜその言葉を鵜呑みにして俺たちは本を開け続けたのだろう。
今となっては、その決断が滑稽に思えるだけだった。
そのとき、突然の声が響き始めた。
《本が……すべて開かれた今……》
何かヒントが得られる予感がした。
本を全て開けることが扉を開けるための鍵になるのかもしれない。
期待とともに耳を傾けると、《ガイド》の声が続く。
《扉に向かい……詠唱を》
「扉に向かって、詠唱を唱えるみたいです」
同時通訳のような形で周囲にいた皆に伝えると、疑問の声が上がった。
「ん? なぜ詠唱を? 鍵穴があるじゃないか」
ゾルラードがそう聞いてきた。
説明する理由はない。
ただ、ガイドが言ったことを俺は信じる。
単に従うしかないと感じた俺は、迷わず言った。
「とにかく扉の前まで行きましょう」
そうして、皆は巨大な扉の前に並んだ。
十人以上が並ぶことができるほどのその扉を見上げながら、少しの希望とともに、詠唱を始める準備を整えた。
(ガイド! ここからどうするんだ!)
心の中で叫び続けるも、その声は《ガイド》に届くことはなかった。
孤立感と絶望が押し寄せる。
見捨てられたと感じる中、ベルタの声が場の沈黙を破った。
「ここから何の詠唱を唱えればいいんだ?」
ベルタの問いかけに、俺は答えを持っていなかった。
知識も指針もなく、ただ立ち尽くすだけの俺。
ただただ、《ガイド》の声に従い、扉の前に佇んだ。
全員の視線が俺に集中し、緊張が高まっていく。
どうしていいか分からない状況に、焦りと無力感が押し寄せた。
◇◇◇
一方で――。
ルクセリオの《ガイド》を担当しているキタカタこと、北方えりはガイド管理室から離れて、昼ご飯を楽しんでいた。
「うんまー! ちょうどお腹が空いてたので、ありがたいです、リヴァウスさん!」
水の迷宮【オアシスの泉】の最下層に住み着く人魚鬼リヴァウスとランチをしていたキタカタは、ルクセリオの心からの叫びを受け取ることはできなかった。
気まずい雰囲気になっていることも知らずに、呑気にリヴァウスが持ってきたウニのクリームパスタをキタカタは楽しそうに食べていた。
「美味しすぎて、手が止まんないんですけど!」
「キタちゃん、早食いやね〜。ダイエット中とか言ってたのに、悪かったね〜」
「全然良いですよ! もうダイエットは半ば諦めてるんで」
「あはは、やっぱ面白い子やんね〜」
「天空」ではオジちゃんにバレないように、秘密の女子会が開かれていた。
結局はバレてしまったが…………。
「バカ野郎ぅぅ!!」
◇◇◇
どうすればいいのだ。
俺は頭を抱えていた。
気まずい状況は何よりも嫌だ。
だから、ここをいかにスマートに切り抜けるかを考えよう。
詠唱と言っていたが、どんな詠唱なのだろうか。
開け、ゴマ?
チチンプイプイ?
いや、試すだけ無駄だろう。
その時、ユリシアが突然俺の元に近づいてきた。
「ルーク、もしかすると、詠唱がわかるかもしれません」
「本当ですか!」
「はい、お父さまがよく私に読んでくれた昔話に、きっとその詠唱のヒントが隠されていると思います」
「そうですか! では、詠唱をお願いしてもいいですか?」
「はい!」
自信に満ちたユリシアは、一人で扉の前に立ち、ゆっくりと詠唱を始めた。
『知識と仲間を持つ者よ、次なる扉を開け。暗闇を乗り越え、光へと導け』
その詠唱が終わると、扉の周囲からガタガタと機械的な音が聞こえ、鍵穴がわずかに動き始めた。
そして、音が止まると、扉がゆっくりと内側に開き始めた。
完全に開く前に、俺たちは胸を高鳴らせて喜んだ。
「ユリシアちゃん、よくやったわ!」
ベルタがまず声をかけ、次にゾルラードも珍しく褒めの言葉をかけた。
「イシアの子、よくぞやってくれた」
扉がさらに開き始めると、みんなの緊張が少しずつ解けていった。
ユリシアの詠唱が、迷宮の攻略に向けた希望の光となっていた。
完全に扉が開くと、俺たちはその先へと進もうとした。
目の前には深い闇が広がっており、それがまるで私たちを呑み込もうとしているかのようだった。
ユリシアと共に先頭を切り、俺は一切躊躇せずにその闇の中へと踏み込んだ。
背後では、ベルタ、ルーファス、そしてゾルラードの三人が足を踏み入れようとしていた。
しかし、俺はその姿を確認することなく、遂にロックス迷宮攻略だ、という想いばかりを募らせて、ただひたすらに前へ進むことに集中した。
闇の中に一歩一歩進むごとに、周囲の景色は次第に消え去り、ただ黒い静けさが広がっていた。
完全に扉をユリシアとくぐった直後だ。
背後から小さな声が聞こえた。
「まだ、ダメ!」
その声に振り向くと、ベルタが焦った表情で俺に手を差し伸べていた。
同じくルーファスも。
ゾルラードも焦りの色を浮かべて、二人の背後で俺たちを追いかけようとしている様子が見えた。
しかし、その距離は次第に開き、そして、扉が閉じる音が響いた。
バタンッ――。
扉が閉じると、俺とユリシアは完全に暗闇に包まれた。
冷たい空気とともに、背後で鳴る嫌な音が響き渡った。
――グルルルル……。
その音は不気味で、緊張を一層高めた。
俺の心臓は激しく鼓動し、暗闇の中で何かが近づいてくる気配を感じた。
周囲の視界は完全に奪われ、ただひたすらに音だけが支配する世界になっていた。
「……ユリシア、何か言いましたか?」
と、できるだけ冷静に聞いた。
ユリシアは不安そうに周囲を見回しながら答えた。
「いえ、何も……」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、暗闇の中から突如として凄まじい気配が現れた。
足音やうめき声のような音が混じり、空気が重くなる。
俺は息を呑み、ユリシアと共に背後を警戒しながら、光を灯す魔法を唱えた。
「シャイニングライト!」




