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第30話 『小学校の卒業式』


 休む間もなく、ゾルラードの無謀とも思えるペースに引きずられ、俺たちは三日間で八千冊の書物を次々と攻略していった。

 食事も睡眠もろくに取らず、ただひたすらに本に眠る魔物の攻略を続けていく。

 疲労は限界を超え、身体は悲鳴を上げていたが、俺はほとんど戦闘をしなかった。

 逃げるか、石になるかのどちらかが多かった。


 俺たちはロックス迷宮の完全攻略に手が届きそうなところまで来ていた。

 目の前に広がる未知の領域に、胸が高鳴る。

 振り返ってみれば、ゾルラードとの旅路は厳しくも充実した時間だった……


 僕たちー! 私たちー!

 ロックス迷宮から巣立ちますー!

 振り返ってみるとー!

 たくさんの思い出があります!


《小学校の卒業式……じゃないんですよ……》


 大きかったー、「「黒炎竜の胴体!!」」


《ランドセル……?》

 

 楽しかったー、「「亡骸ヴォーンホルン討伐!!」」


《修学旅行……?》


 みんなで頑張ったー、「「魔焔鳥インフェルノ討伐」」


《運動会……?》


 今、「「四階層へ」」、飛び立ちます!


《大空へ……》


 ガイドと漫才でもしているかのような気楽なひとときを過ごしていると、ベルタたちと再会を果たした。

 三日ぶりの顔合わせに、再開の喜びよりも、どこか張り詰めた空気が漂う。

 周囲を見渡せば、目指すべきはもう一角に残った本棚だけ。

 残すところ、七十二冊の本。

 長い旅路の終わりが、ようやく目の前に迫っていた。


 ベルタとルーファスはゾルラードを一切見ようとしない。

 俺はベルタだけは睨みつけた。

 俺をゾルラードに捨てた張本人だからだ。

 おそらく、俺の視線には彼女たちが初めてゾルラードと対峙した時に感じた殺気以上のものが宿っていたことだろう。

 ルーファスはというと特に気にしていなかった。

 彼とはそこまで敵対する理由もないからだ。

 

  ユリシアはというと手につけていたルビーのブレスレットを直すふりをして、俺への無関心を装っている。

 あのブレスレットは中沢煌の姿をした俺が贈ったものだ。

 最近のことだが、なんだか懐かしく感じる。

 そして、あの夜のことをまだ謝れていないことを思い出し、申し訳なく感じる。

 ただ、今はそれよりも俺は彼女に怒っている。

 二年以上も共に過ごしてきたのに、俺がゾルラードに引き渡される時、彼女は何一つ抗議しなかったからだ。

 それどころか、彼女はルーファスに夢中で、俺のことを気にすることもしなかった。

 ユリシアはもちろんだが、そう考えるとやはり、ルーファスに対する怒りも芽生えてきた。


 そんな思考に囚われているうちに、気づけば俺はゾルラードの側に立ち、ベルタたちに敵対しているような立場になっていた。

 無言の緊張感が漂う中、二組は互いに距離を詰めたまま、ゼロ距離で黙々と残りの本を探し始めた。


「なんでお前も、あいつらと気まずい雰囲気になってんだ?」

と、ゾルラードが素朴な疑問を投げかけてきた。


「奴らは……俺のことを捨てたんだ!」

と、俺は言葉が怒りと共に噴き出した。

 胸の奥に詰まっていたものが、ついに耐えきれずに溢れ出した瞬間だった。

 ベルタもユリシアも、あの時、俺を見放した。

 ゾルラードは、そんな俺の言葉を聞いて、思わず

「かわいそうだな」

 と、同情するように呟いた。

 


(かわいそうだなっ、じゃねえんだよっっ! 元はと言えば、てめえが原因なんだよ、コラっ……)


 そう心の中で叫びながらも、その言葉を口に出す勇気はなかった。

 抑えきれない怒りを飲み込んで、俺たちは再び作業に戻った。


 ゾルラードは何の苦もなく、片手で五冊の本をまとめて掴み取り、反対の手でもさらに五冊を掴むと、無造作に地面へと叩きつけた。

 重い音を立てて落ちる本たちは、いずれも反応を示さない。


 次にベルタが同じように五冊を両手に持ち、ゾルラードに負けじと力強く地面に投げつけた。

 しかし、その努力も虚しく、本はただ静かにそこに転がったままだった。


 ルーファスはさらに大胆だった。

 棚の一列を力任せに押しやり、全ての本を地面に落とした。

 けれども、その動作に見合った結果は得られなかった。

 無数の本が音を立てて散らばる中、何の反応もなく、静寂だけが広がった。


 ついに残された本は、たった五冊。


「運が悪いな」

と、ベルタがぼそりと呟いた。


 無言の緊張が張り詰める中、最後の五冊に全員の視線が集まった。

 ベルタ、ルーファス、ユリシア、ゾルラード、そして俺――五人と五冊の本が対峙するように、静かな空気が流れていた。


「それぞれ、一冊ずつ本を開けましょう。もし鍵を当てたら、俺が飯でも奢ります」


 俺は思い切って提案した。

 周囲の気まずさを払拭するために、何かできることはないかと考えた結果がこれだった。

 ベルタたちと俺の間には緊張が漂っていたが、この険悪な雰囲気のままでロックス迷宮を攻略するなんて、俺には耐えられなかった。


 確かに、今は喧嘩の真っ只中だ。

 それでも、この旅の終わりがただの苛立ちと無言のままで終わるのはもったいない。

 今の状況がどうであろうと、俺たちはここまで一緒に戦ってきた仲間だ。

 だからこそ、少しでも楽しく、前向きな気持ちでこの旅を締めくくりたいと思ったのだ。

 弱い俺にできるのはこれくらいしかなかった。

 

「ふざけんな」


 ルーファスが冷たく俺にそう言い放った。

 お前がふざけんな。

 お前のせいで気まずい空気が流れてんだよ。

 その責任持って、分かったとでも言っとけばいいんだよ、クソが。

 すると、俺を擁護するようにベルタが口を開いた。


「いいじゃないか、ルーファス。せっかくルークが提案してくれたんだ」


 ベルタのその言葉が、今の状況を少しでも和らげてくれた。

 ありがとう、ベルタ。

 だが、俺を捨てたことは決して忘れない。

 孫の代まで恨んでやる。

 と思ったが、エルフの寿命を考えると、孫の代はどれほどなのだろうか。

 千年は超えるのか?

 でもそこまで恨むようなことでも無いし……

 って、今はそんなことを考えている場合ではない。

 その怒りを胸に、俺は彼女を睨み続けた。

 だが、こうしてじっくりと彼女のことを見てみると意外と整った顔立ちをしている。

 そのロリ感満載の身体がどうにも恋愛対象には入らないが。


「何をジロジロ見ている、ルーク。早く本を取れ」


 ベルタの鋭い言葉が俺を現実に引き戻す。

 やはり鋭い。

 俺の思考まで読み取られてなければいいが……

 俺は、口を引き締め、心の中で呪詛を唱えながらも、一冊の本を手に取った。


 その間に、全員がそれぞれ一冊ずつ手に取り、静かに、しかし確実に、最後の五冊に集中していた。


「ルークの本に鍵が入っていれば、私が奢ってあげるわ」


 ベルタの言葉が、まるで親のような優しい感触を伴って心に響いた。

 嬉しかったが、それでも気持ちを引き締める必要があった。

 全員が「三、二、一」の掛け声で一斉に本を開くと、緊張が一瞬の静寂を支配した。


 俺の本からは残念ながら鍵は見つからなかった。

 ユリシアのも反応はなかった。

 ルーファスも。

 ベルタのも。

 そして、ゾルラードの本からも全く反応はなかった。

 

 全ての本が開かれたのにも関わらず、鍵は見つからなかったのだ。

 その事実に、失望感がみんなの顔に浮かぶ中、どうしても打開策が見つからず、場の雰囲気は重く沈んでいた。

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