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第28話 『雑魚な亡骸ヴォーンホルンくん』


 俺は今日、雑魚と対戦した。

 ロックス迷宮、三階層の本が残り九千を切ったところで、目の前に現れた亡骸ヴォーンホルン。

 ゾルラードが「雑魚」と呼んでいた。

 雑魚だから、俺の特訓に丁度良いと言って、俺に戦わせるチャンスをくれた。

 ただ一つ、勘違いしてほしくないのは、ゾルラードにとっては多くの魔物が「雑魚」にカテゴライズされる。

 それはつまり、俺にとってこの魔物は雑魚ではないということを示す。

 むしろ、強敵である。

 

 亡骸ヴォーンホルン――。

 見た目は単なるヤギの骨のようだが、それだけでは十分な説明とはいえない。

 骨は黒曜石のように真っ黒で、ところどころに紫や赤の不気味な靄が漂っている。

 その角は漆黒の金属で覆われ、先端は鋭利で、まるで武器のよう。


 ヤギの顔には亀裂が入り、その亀裂からは燃え盛るような青白い焰が漏れ出している。

 焰は周囲の空気を歪め、近くにいる者を恐怖に引き込む。

 さらに、全身を覆う黒い霧が漂っており、この霧は触れるとひんやりとした冷気を感じさせる。


 この魔物は、まるで死んでいるように見える。

 魂が宿っていないかのような印象を与えている。

 生気がなく、ただ不気味な存在感と圧倒的な威圧感を放っている。

 だが、圧倒的に格好良く見える。

 骨の荘厳な造形。

 燃えるような亀裂。

 そして黒い霧に包まれたその姿は、まさに恐怖と美の融合といえる。

 しかし、その魅力に見惚れている暇はなかった。


 ヴォーンホルンは突然、猛然と俺に突進してきたのだ。

 黒曜石でできた頭蓋骨が俺の胸に向かってタックルをかまし、その衝撃で体が吹き飛ぶような痛みが全身を襲った。

 

 どうしてこんな化け物が「雑魚」などと言えたのだろう。

 ヴォーンホルンが雑魚なのであれば、俺は何に分類されているのだ……

 やっぱり、奴隷か?


「おいおい、頼むぜ、ルクセリオ」


 ゾルラードが、やれやれといった口調で言ってきた。

 頼むぜ、じゃないんですよ。

 少しは忠告してくれてもよかったんですぜ。


「立て〜、ルクセリオ。また来るぞ」


 ゾルラードが笑いながらそう言った。

 あまりにも不適切なタイミング。

 あまりにも無神経な態度。

 恐怖心が一瞬にして押しやられた。

 その瞬間、俺の中でムカつきが恐怖を圧倒し、ゾルラードを殴りたくてたまらなくなった。


 ただ、それではダメだ。

 冷静になるべきだ。

 ベルタに何度も繰り返し言われた言葉が、心の中で響く。

「感情に身を任せるな」と。

 ここで感情に流されると、誰かが死ぬ可能性がある。

 俺自身かもしれないし、ゾルラードかもしれない。

 ゾルラードは死ぬ気がしないが……

 まあ、だからこそ、今は冷静に状況を見極めることが重要だ。


 まず、亡骸ヴォーンホルンの詳細はまだ完全には掴めていない。

 しかし、一つだけ、この敵を分析するための手がかりがある。

 それは、どんなに闇が深く、炎を纏っていようと、結局こいつはヤギで、ただの骨であるということだ。


 ヤギの角は大きく、堂々としているため、威圧感を放つが、これは実は防御のためのものだ。

 攻撃のために使われることはまずない。

 さっきのタックルも、単なる頭突きに過ぎなかった。

 

 それに、もう一つ気づいたことがある。

 奴の目だ。

 炎のように燃えていて、一見すると目らしくない。

 ただ、よく観察してみるとヤギと同じように水平な瞳孔を持っているように見える。

 水平な瞳孔を持つ生き物は、視野が広いのだ。


 その分、上下の視野が極端に狭くなっている。

 つまり、ヴォーンホルンも単なるヤギと同様に、上下の動きには弱い可能性が高い。


 なんでそんなことが分かるの? と聞くかもしれない。

 そう聞かれれば、答えるしかない。

 実は俺、前世で獣医学生の役を演じていたことがある。

 恥ずかしいので詳しくは語りたくないが、今回だけは特別に教えてあげよう。


『野生の声に応えて』というアニマルヒューマンドラマ映画という新ジャンルに俺は以前、出演したことがある。

 獣医学生が自然界で野生動物を救っていくという、無理やりにも感動な展開に持っていく。

 説明通り、クソつまらない作品だ。

 ぜひ、観ないでくれたまえ。


 当時は演技のために必死に勉強した外科学や手術に関する専門用語も今では忘れてしまっている。

 ただ、不思議なことにヤギの目が水平の視野を持っていることだけは鮮明に記憶に残っていた。

 火事場の馬鹿力というものなのだろうか。

 それともただの偶然か。

 ともかく、この知識がヴォーンホルンの攻略法を思いつく手助けとなった。


 俺はヴォーンホルンの次の突進を冷静に待った。

 奴が俺に突撃する直前まで、俺はじっと堪えた。

 闘牛のように、その目は燃えるような闘志を帯びていた。

 ヴォーンホルンは片足を滑らせ、地面を力強く蹴って進んできた。

 

 その瞬間、俺は即座に詠唱を始めた。


「目を閉じてごらん、ユリシア」


 何に《外見変化》するかは決まっていた。

 スプリントウルフだ。

 俺が持っている《外見変化》スキルの中で、最も脚力があり、攻撃力もずば抜けたものを持っている魔物だからだ。


 ヴォーンホルンが突進してくるのを見計らって、俺は自慢の脚力を駆使し、高く跳び上がった。

 近くまでヴォーンホルンの突進を待った理由は、近ければ近いほど、奴の視界が狭まるからだ。

 そして、上に素早く飛べば、俺の行方には気づけないというわけだ。

 我ながらに見事な作戦だ。


 予想通り、ヴォーンホルンは突進後、左右に頭を動かして俺の姿を探した。

 しかし、当然ながらスプリントウルフの姿をした俺はそこにはいない。

 なぜなら、俺は高く上空にいるからだ。


 そのまま、スプリントウルフのある特性を活かした。

 空中移動だ。

 それは単に空を飛ぶというわけではなく、驚異的な移動速度で空中を蹴りながら移動するというもの。

 この特性により、空気中の分子を蹴り飛ばす感覚で、自由に空中を移動することが可能なのだ。


 俺は空中に浮かび上がった後、ヴォーンホルンを上空から見下ろした。

 目の前には、焦点を定めた雑魚がいる。

 下を向きながら、空中を何回か蹴って速度を上げていく。


 一回目の加速で約二百十キロ。

 二回目で約四百三十キロ。

 そして三回目には、驚異的な八百四十キロを達成した。

 俺の体はその勢いでさらに加速し、ヴォーンホルンの背中へと突っ込んでいく。


 これが、本当の突進だ、と言わんばかりの、まさに全力での突進。


 

 俺は、そのまま全速力でヴォーンホルンの背中を貫いた。

 貫いたというより……攻撃は当たらなかった。


 そう、俺は勘違いしていた。

 実際には、俺はヴォーンホルンにぶつからなかった。

 奴の胴体は黒い霧で構成されており、骸骨のような硬い部分は存在しなかったのだ。

 霧のような胴体を通り抜けてしまった俺は、減速することなくそのまま硬い土の地面に激突してしまった。


 衝撃で、頭を強く地面に打ちつけた瞬間。

 俺の意識は途切れた。

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