第26話 『無双は楽しくないよな』
ユリシアたちと別れた。
ロックス迷宮の三階層でのことだった。
四つの通路が広がる三階層の中で、俺とゾルラードはユリシアたちとは逆方向に進み、攻略を始めることになった。
「よし、ルクセリオ。潜ろう」
ゾルラードが言い放ったその言葉に、俺は驚きと不安が入り混じった感情を覚えた。
「え、もうですか?」
「そうだ。お前の欲しい全種族辞典を探すんだろ?」
「え? 手伝ってくれるんですか?」
予想外の展開に戸惑いながらも、ゾルラードの態度には驚かされるばかりだった。
ルーファスの両親を殺した男が、なぜか俺たちに協力的なのだから。
一体どういうことだろう。
「手伝うってわけじゃねえよ。俺は元々全種族辞典には興味がねえ」
「え、じゃあなんでロックス迷宮に?」
心の中で感じ取った疑問に、ゾルラードはあっさりと答えた。
「強い奴がウジャウジャいるからに決まってんだろ」
その言葉には、独自の境地が強く表れていた。
ゾルラードの価値観は、俺の常識からは遠く離れている。
彼の目には、戦いの快楽と挑戦の欲望が燃えているように映る。
どうやら、彼は単なる冒険者ではなく、戦闘における真の強者を求めているらしい。
彼にとって、より強い敵との戦いが生きる意味を持っているのだろう。
ベルタとはまるで対照的な思想を持っている。
ゾルラードの戦い方は、ひたすらに力と強さを追求するものであり、計算や策略に依存することはない。
賢くない戦い方と言えばそうなんだろうが、なんだかロマンを感じざるを得なかった。
彼は、より強い敵を求めて常に進化し続ける。
俺がイメージする「冒険者」や「勇者」の姿こそ、こうあるべきだと思う。
ただ、それとも少し異なる気がした。
「死にてえんだよ、俺は……戦ってカッコよく死にてえんだ」
それでもいいと思う。
夢があっていいと思う。
その考え方には共感を覚えた。
「強すぎる故に、生きている心地がないんですよね」
俺の言葉に、ゾルラードは一瞬驚いたようだった。
「お前は弱いのに、なぜ共感できる?」
「失礼ですね。俺もそんな経験があるんですよ」
確かに俺は弱い。
だが、これだけは言える。
俺もかつては、その強さと引き換えに生きる意味を見失っていたからだ。
日本の人気俳優として、華やかで贅沢な人生を送っていた。
主演作は次々とヒットし、金も女も人気も全てが簡単に手に入った。
しかし、その煌びやかな生活の裏で、俺は次第に虚無感に囚われていた。
誰よりも優れている自分。
故に這い上がる理由が見つからなかった。
すでにすべてを手に入れたと思っていたからこそ、成長しようという気持ちを失ってしまった。
そう考えると、ゾルラードはやはり俺とは異なる。
奴は自らの強さを糧に、さらに強い敵を求めて戦い続けている。
彼は生きることを諦めてはいない。
むしろ、自分から積極的に挑戦し続けている。
俺とは違い、彼は成長を諦めていないのだ。
比べて、俺は全てを手に入れたと思い切っていた。
俳優としても頂点に君臨していたと思っていた。
きっとハリウッドにでも行けば、俺よりも演技力や自己解釈が優れている俳優なんてゴロゴロいただろうに。
だが、俺は人生を追い求めなかった。
……俺は諦めたのだ。
情けなくも人生そのものを、諦めたのだ。
「そうか。どうでもいいがな」
ゾルラードは淡々とそう言い放った。
その表情には、俺の話に対する興味が薄いことが感じ取れた。
彼の世界には、俺の過去や悩みなど、あまり関心がないようだった。
それでも、俺には彼の思いが少しだけ理解できる気がした。
じゃあ聞くなよ。
と思った途端、奴は本棚にあった本を漁り始めた。
敵に相対せずに、扉の鍵を探そうという気持ちはサラサラないらしく、一気に五冊ほどの本を手に取って、雑に開けている。
正直、彼が仲間だと思うと、心強い。
彼の戦闘姿を見たことはないが、先ほどの恐ろしいまである殺気でなんとなく察せる。
そして、三回ほど、五冊ほどの本を雑に開けると一冊から闇が広がり、俺とゾルラードを包んだ。
暗闇の中で、ゾルラードが不意に声をかけてきた。
「お前、ライト使えるか?」
「え、使えないです」
ユリシアの言っていたシャイニングライトという魔法のことだろう。
あいにくだが、俺は使えない。
「使えないです、じゃなくて使うんだよ」
おいおい。
やっぱり体育系の部活かよ。
それも強豪校じゃねえか。
はいかいいえの質問に「いいえ」という選択肢はありませんよってか?
「シャイニングライトって唱えるだけで出せるから」
出るわけねえだろっ。
簡単なわけねえよ。
詠唱が分かってたら、誰でもその魔法を使えるってことじゃねえか。
「そんなに簡単なら自分でやってくださいよ」
わかりきったことを指摘した。
「俺は魔法が使えないんだよ」
「……え?」
まさか魔法を使えないとは。
なのに最強なのか?
信用できなくなってきた。
「だからお前がやってくれ」
「わかりました……でも出来なくても怒らないでくださいね」
「出来なかったら、殺すから」
「へ……?」
「なんだ、怖がってんのか? ただの冗談だよっ」
……おいおい。
冗談になってねえよ。
ふざけんなよ……
頼むぜ、
こんなゴツい身体して、殺すとか言うなってんだ。
平気でちびるぞ。
まあ、とにかくやってみるか。
えっと、確か、ユリシアが魔法を唱える時は、目を閉じて、胸の中心に手を握っていた。
それで、詠唱を唱える。
「シャイニングライトっ!」
闇が払拭される。
そして辺り一体が一気に晴れたように、明るくなる。
ゴツゴツした洞窟で、魔物が住み着いているように雰囲気。
「ありがとう、ルクセリオ。今までは光がないから暗闇の中で戦ってた。やっぱりライトがあると楽だな」
「目隠しで目見えてないじゃないですか……」
「…………あ、そうだった」
そうだった、じゃねえよぉぉ!
説明しろよ、早く。
どうやって目隠ししながら、歩けるんだよ。
なんで光が灯ったのが分かったんだよ。
どうやって今まで、敵と戦ってきたんだよ。
そもそも、なんのために目隠しつけてんだよ。
「まあ、でも光があると気分的に晴れるからな」
適当なこと言ってんじゃねえよ。
あーあ。
呆れたわ。
――ガルルルルルルぅぅぅ!
突如、圧倒的な威厳から放たれた咆哮が、俺の体に凄まじい震えを引き起こした。
思わず身を縮めてしまうほどの圧力が、空気そのものを歪める。
「黒炎竜か」
ゾルラードの声が冷静に響く。
目の前に現れたのは、まるで伝説から抜け出してきたかのような巨龍だった。
全身を覆う黒い鱗が、まるで黒い嵐のようにうねり、その目は赤と金の火焰で輝きながら、闇をも焼き尽くすように光っている。
体からは常に黒い炎が立ち昇り、その影響で周囲の景色が黒く塗り潰されている。
その存在感は、まさに竜という言葉を超越している。
ただ、そこまで詳しく説明する必要性もなかったようだ。
巨大な翼に一発ずつ。
三発を巨体に喰らわす。
そして、参った黒炎竜の頭に最後の一発。
計六発。
それでゾルラードは強敵と思われた黒炎竜を倒したのだ。
あーー……もう終わりですわ。
こんなん不公平ですよ。
勝利したゾルラードの味方でも、不公平だと思った。
こんなことは初めてだ。
ベルタとルーファスが急いで、ロックス迷宮の攻略をしようと思った理由が、ようやくわかった。
ゾルラードの力は予想以上の圧倒的なものだからだ。
ベルタの警戒が単なる過剰反応でなかったことが分かった。
とにかく、これでわかった。
ベルタに引き続き、ゾルラードだ。
強すぎる奴らが多すぎる。
またもや、感じてしまう。
この世界での俺の存在価値はない、と。




