第15話 『人魚鬼リヴィアス①』
「おーーーーーーーい!!!」
応答がない。
何度叫んでも、何も聞こえない。
気づいたら、落とし穴の底にいた。
暗くて何も見えない。
空気もひんやりしてる。
まさか、こんな時に落ちるとは。
せっかく、何かを掴めたと思った矢先だったのに――。
天を仰いだ。
光が見えるけど遠い。
ぼんやりとした穴の口が小さく見えるだけ。
意外に深いな……。
「どうやって上に戻ろうか」
スプリントウルフになって壁を駆け上がればいいか。
いや、落とし穴の形状的に無理っぽいな。
穴は下に向かって広がってるからな。
周りに脱出に使えるものがあればいいんだが。
わずかな光を頼りに目を凝らす。
それにしても暗い。
心配になる暗さだ。
精神的にもキツいぞ、これ。
だが焦るな。
冷静になろう。
「それにしても落とし穴にしては広いな」
イメージとしては一人分が入るくらいの落とし穴が一般的だ。
だが、ここはやけに広い。
暗い中、手探りで辺りを慎重に見回してると、気づかないほどの小さな通路があった。
匍匐前進しなければ、通れないほどの狭さだ。
段々と進んでいく。
小さい身体で良かった。
中沢煌だったら、通れないだろう。
通路の先を行くと光が見えた。
脱出だ。
そう思ってると、予想以上に広い空間に出た。
明らかに隠された通路だ。
冒険者たちに長らく見落とされていた場所。
蜘蛛の巣が彼方此方に張ってる。
外に出られなかった。
落とし穴を脱出というよりただ、光のある広い空間に出ただけ。
あれ?
人工物がある。
十分、近づいて気づいた。
牢屋だ。
それに中には、人がいる。
十七歳前後だろうか。
色っぽく、手錠で吊るされてる。
だが、興奮はできない。
黒い髪がわずかに艶めく。
肌の白さが余計に際立っている。
ただの囚われの姫のようではない。
何か深い秘密を抱えてる。
そういう印象があった。
牢屋に近づく。
「大丈夫か?」
鉄格子を掴み、彼女にそう言う。
だが、それ以前に驚いたことがある。
まるで氷のように冷たい牢屋だ。
掴んだ手のひらが痛いほどに。
顔には何か訴えかけるような表情が浮かんでいる。
直感的に何かが引っかかった。
そもそもなぜこんなところにいる。
「お前も、落とし穴に落ちたのか?」
俺と同じ状況で落ちた。
そうとしか思えなかった。
だが、ふとした直感が俺を捉えた。
【人魚鬼リヴィアス】。
彼女がそうなのではないかと。
すぐに距離を置く。
警戒心を十分に強める。
だが、情報によれば、人魚鬼の髪色は青色のはず。
彼女の髪は黒い。
その点だけでも違うように思える。
でも油断はできない。
すると少女が喋った。
「……後ろ」
低く震える声。
瞬時に背筋に冷たい感覚を走らせる。
背後に迫る何かの気配を感じる。
振り返る前でも分かる。
魔力の波動が異常に強まっていく。
嫌でも気づく。
青髪がふわりと揺れ、俺の視界に入る。
その美しさに目を奪われる。
だが、これは敵だ。
目の前に現れた【人魚鬼リヴィアス】。
水のように滑らかに空中を優雅に浮遊してる。
神秘的な存在感。
周囲には凍てつく氷のオーラが漂う。
敵意を感じる。
だが、攻撃してこない。
アーマードゴーレムに変身する必要はない。
そう判断した。
俺は剣を構えた。
その瞬間だ。
リヴィアスの動きが劇的に変わった。
彼女の姿は一変する。
顔には怒り。
そして、凄絶な威圧感が浮かぶ。
深い青の瞳が鋭く光った。
「シャアァァァァっ!」
その声はまるで雷鳴のように轟いた。
両手が宙で合わせられる。
すると、胸の中心に水の塊が現れる。
その水の塊は膨れ上がる。
そして俺に向かって鋭い矢のように発射された。
速い。
俺は必死で回避する。
攻撃の余地もない。
ただ、水の矢が地面に当たった時だ。
アーマードゴーレムならば、耐えられる。
感覚的に思った。
だが、リヴィアスの胸の中心の水の玉が氷に変わった。
氷の矢が発射される。
まるで凄まじい速度。
そのまま、俺の顔の横を切り裂く。
「痛っ!」
頬に微細な切り傷が走る。
血が滲み出る。
アーマードゴーレムに変身しなくて良かった。
ゴーレムでは動きが遅い。
その上、この威力なら重装甲も無意味だと感じた。
考えろ。
冷静に状況を分析しろ。
どの姿に変身すれば最も生存確率が高い。
ゴブリンか?
オークか?
スプリントウルフか?
いや、ダメだ。
どれも相性が悪い。
相手は圧倒的に速く、強い。
スプリントウルフなら攻撃を避けられるはずだ。
だが、持久戦には不向きだ。
落ち着こうにも無理だ。
なんせ、俺は今一人だから。
助けがない。
このまま逃げようにも逃げられない。
まずいことは分かってる。
今、この瞬間。
誰に変身すれば、生存確率が高まるだろうか。
それぞれの特性を思い出せ。
しっかりと分析をしろ。
……そうだ。
ある。
あるじゃないか。
俺の持ってるスキルの中でもこの状況を打開できる技が。
この状況にもってこいの魔物がいるじゃないか。
「目を閉じてごらん、ユリシア」
詠唱を唱えた。
俺は《外見変化》スキルを使った。
そして、四つの選択肢の中で最も遅い魔物
――オークに変身した。
「ウォォォォォ!!」




