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第13話 『感情に呑まれるな』


 ベルタに決闘を申し込まれた。

 本気だとは思えなかった。

 だから俺はその提案を軽く受け流した。

 

 毒蛇に噛まれて助けを求めるような弱者だぞ。

 俺に対してどれほどの力を示せるというのだ。

 彼女が引きずる大剣。

 それが戦士としての限界を物語っていたではないか。


 だが、その油断こそが、俺の致命的な過ちだった。


「開始!」

 

 ユリシアの声が響くやいなや、突如として強烈な風が吹き荒れた。

 そして砂漠の砂が舞い上がる。

 瞬時に視界を奪われた。

 俺は思わず身を固めた。


 砂嵐が過ぎ去った。

 同時に周囲を見渡す。

 が、ベルタがいない。

 目の前にいたはずのベルタの姿がない。


 そのときだ。

 頭上から冷静な声が降ってきた。

 舐めた声だと言うべきだろうか。


「頭上注意してくださ〜い」


 その声を聞いて反射的に詠唱を唱えた。

 今日で三度目。

 アーマードゴーレムの姿へと変身した。

 だが、変身が間に合ったところでだ。

 全てが遅かった。

 ベルタの振り上げた大剣。

 それから放たれた一撃が、重装甲を一瞬にして粉砕した。

 俺の背中に激痛が走った。

 そして、そのまま地面に叩きつけられるようにして倒れた。


◇◇◇

 

「ユリシア」

「はい」


 その声が耳元で響く頃。

 俺の体はまるで鉛のように動かなくなってた。

 ユリシアの「ヒール」の声が聞こえた。

 じわじわと痛みが和らいでいく感覚があった。

 ようやく息をつくことができた。

 膝をついて座り込むと、俺の前にベルタが冷たい目で立っていた。


「あなた、全くダメね。このままだとロックス迷宮、二階層で死ぬわよ」


 その一言だ。

 たった一言で胸の奥に炎を灯した。

 苛立ちが一気に募った。

 心が煮えたぎるような感覚だ。

 俺は今まで十分に努力してきた。

 アルフとスキル研究。イシアと剣術レベル上げ。

 俺は二年もの間、確かに鍛錬を積んできたはずだ。

 それがこんな言葉で片付けられるのか?

 汗を流した。

 血も流した。

 必死でここまで来たんだ。

 それなのに、ただ砂を浴びせて、たまたま運が良かっただけで俺を貶めるとは、許せる話ではなかった。


◇◇◇

 

 ニレニアの街へ戻る道すがらのこと。

 怒りは増幅するばかりだった。

 彼女の言葉が頭の中で何度も反響する。

 その度に怒りの刃が研がれてく。

 やがて、俺はひとつの結論に至った。


「こんなやつに負けたわけがない……」


 ふいに、ベルタの小さな背中が目に入った。

 無防備な姿が怒りをさらに煽る。

 ついに感情が頂点に達した。

 俺は決めた。

 ――襲おう。

 背後からなら、襲える。


 狙いを定め、剣を抜いた。

 そしてすぐさま頭を打とうとした。


バッ!

 

 が、ベルタは驚くほど素早く頭を避けた。

 まるで攻撃を予測していたかのように。

 それも、すんなりと身をかわしたのだ。

 

 彼女は俺に振り向かなかった。

 前を向いたまま、冷静な声でこう告げたのだ。


「ほらね。だからダメなのよ。感情に振り回されている限り、あなたは何も掴めないわ」


 脱力感に襲われた。

 旅の疲れも相まってだろう。

 だが、生きてきた中でこんな屈辱は初めてだった。


◇◇◇


 ベルタとはもう別れた。

 俺はユリシアと黙々と歩いた。

『あなた、全くダメね』

 その言葉が脳内で幾度となく再生される。

 悔しさが込み上げてくる。

 それは自分の弱さを嘆くものではない。

 見透かされていたのだ。

 完全に。

 だから余計に無力だと感じた。

 このままじゃいけない。

 心身ともに危険信号を出していた。


 これまでの人生で積み重ねてきたもの。

 それらが根底から崩れるような感覚だ。

 

「大丈夫です、ルークは十分強いです」

 

 ユリシアに慰められた。

 よっぽど惨めな顔をしていたのだろう。


「……ありがと」


 感謝の言葉を口にするのが精一杯だった。

 ただ慰めの言葉を掛けられても、もやもやは晴れなかった。

 今かけて欲しいのはそんな言葉じゃない。

 

「ごめん、ユリシア……先に宿に戻ってて」


 言葉を絞り出して、ユリシアを先に帰らせた。

 彼女が黙って頷く。

 先に歩いてく姿を目にすると、孤独が一層深まった。

 薄暗い街灯に照らされた道に消えていく。

 あんなに小さかったっけ、ユリシア。

 そんな思考が巡り、夜の道を女ひとりで歩かせることの無責任さを考える間もなかった。

 

 今の俺には、慰めの言葉なんて必要ないんだ。

 一人の時間さえあれば十分だ。


◇◇◇

 

 そのまま、酒場に入った。

 カウンター席で、酒を手に取った。


「まずっ!!」

 

 長い間の喉越しが気になり、飲み慣れない味に苦しんだ。


「そんなこと言うんなら出てけ!!」

「すみません……」


 バーテンダーにそう怒鳴られ、咄嗟に謝った。

 ルクセリオの年齢のせいなのか。

 それともこの世界の酒が口に合わないのか。

 どちらにせよ、心の中の渇きを癒すには程遠い味だった。

 

 背後にふと存在を感じた。

 隣の席に現れたのは、ベルタだった。


「やっぱり、いた」


 期待とも冷やかしとも取れる複雑な感情がこもってた。

 なんで来るんだ。

 全く余計なお世話だ。

 と思いつつも、しっかりと言葉ではお詫びした。


「さっきはすみませんでした。でも、今は話したい気分じゃないです」

「いいよ、想定済みだったから」


 それを聞いて、またしてもすべてを見透かされてるような気がした。

 しかし、もはや悔しささえも感じられない。


「ルークはさ、これまでの人生が順調すぎたんじゃないかな?」

「え?」

「やっぱ、そうでしょ? 人生なんて飽き飽きだって顔に書いてあるもん」


 彼女は何を知ってる?

 俺の知らない俺をどこまで知ってるんだ?

 ただ、彼女の言う通りかもしれない。

 確かに、こっちの世界に来てから壁にぶち当たることなんて無かった。

 壁という壁にぶち当たった記憶が無かった。


「……ど、どうしてそんなことがわかるんですか?」

「なんとなくね」

「はーー……?」

「あ、そうだ。今日の君を見て、一つ伝えたかったことがあるの」


 根拠のない話だった。

 だが聞く価値はある。

 本能でそう思った。

 彼女は冷静に言葉を続けた。

 

 「人生が順調に進んでいる人ほど、壁にぶち当たると感情に振り回されやすい。そして、その感情が暴走すると、周りの大切な人たちも巻き込んじゃうんだよ」


 そうかもしれない。

 上手く行かないことがあれば感情的になってた。

 壁を自らぶち破る方法が分からないから。

 

 今思えば、俺には壁が存在したのかもしれない。

 ぶち破っていくはずのいくつもの壁が。

 だが、俺はそれにぶち当たるどころか、逃げていくばかりだった。

 SNSの炎上もそう。

 人を下に見るのもそう。

 結婚相手を真剣に探さなかったのも全ては全て、逃げだ。

 そのことを言い訳つけて、「順調な人生」と名付けて満足していただけの愚か者に過ぎなかっただけだ。

 

 そう思えば、なんだか不思議と冷静になれた。

 

「あのさ、イシアって知ってるでしょ?」

「イシア? ユリシアの母親の?」

「そうそう、今は冷静で立派な子だけど、昔は感情だけで動く化け物だったんだから〜」

「そ、そうなんですか?」


 あのイシアが?

 俺の憧れな存在のイシアが感情だけで?

 信じ難いが、きっと事実なんだろう。

 

 「感情的になりすぎて、それは弱くて弱くて。取り柄なんて、あの大きなバストくらいだったのよ」

「……う、う、ウッヒョー!!」


 辺りは一面、赤く染まった。

 不覚にも鼻血が出てしまった。

 これで二度目だ。

 しかも、イシアに対して。

 なんという尊敬の無さだ。

 全く困ったものだ、俺。

 

 ベルタは俺に微笑を浮かべる。

 そして穏やかな声でこう言った。

 

「時間もあるみたいだし、明日から訓練でもしようかね?」


 もちろんだ。

 アルフといい。

 イシアといい。

 そして、今度はベルタだ。

 この世界に来てからは良い大人に揉まれてる。

 

「はい、お姉さまぁぁ!!」


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