表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/45

プロローグ 『レイレイを汚した罪』

 俺は日本の人気俳優だ。

 名は中沢煌(なかざわこう)

 その名は名乗らずとも、疑いようもなく広く知られている。

 ただそれを自慢するつもりはない。

 渋谷スクランブル交差点のビル群。

 俺の新たな主演作はその電子広告に映し出されてる。

 その映像と音。

 交差点を行き交う無数の人々の心を無意識に掴んでいた。

 街の喧騒の中に鮮烈な印象を残していた。

 

 今、わざと過去形を使った。

 映画が公開されて、既に一ヶ月が経過しているからだ。

 タイトルは『星降る夜に君と』。

 大学生で難病に苦しむ臆病な主人公、『直人(なおと)』を演じる俺。

 そして同じ病院で治療を受ける『梨花(りか)』。

 超人気アイドルグループ「純華坂(じゅんかざか)42」のセンター、高瀬麗奈(たかせれいな)が役を演じている。

 自分の出演作を貶めるつもりはない。

 ただ、率直に言えばだ。

 あれはクソをクソで纏ったクソなクソ映画だ。

 

「梨花、君の強さに感謝してる。君がいてくれたから、僕も戦えた。このまま最後までそばにいてほしい」

「どんなに星が遠くても、私たちの心は一緒だよ。星が繋いでくれる」

「うん、星が繋ぐ愛は永遠だね」


 ……星が繋ぐ愛は永遠だねってなんだよ。

 と突っ込みたくなる。

 設定が魅力に欠ける。

 繋ぎ目は大雑把だ。

 涙が流れるどころか目くそが溜まりそうなクライマックスシーンが待っている。

 にもかかわらず、広告は「絶賛公開中」と謳っている。

 実際、俺のファンや「純華坂42」の熱狂的なオタクたちのおかげという訳だ。

 彼らが興行収入を支えているに過ぎない。

 少しでも分別のある者なら、こんな熱が冷める映画にわざわざ足を運ぶことはない。

 少なくとも、俺はこんなクソ映画は観たくない。


 ちなみに、俺はカッコいい。

 金もある。

 女にも困ったことがない。

 だが、そこまで人生を楽しいものだとは思わない。

 人生とは結局、顔が良ければ何でも許されるというのが、二十七年間の経験が証明しているからだ。

 

 高校時代には、一人の女性と真剣に付き合うなんてことをしてた。

 ただ、今では芸能界の大物たちから紹介された女たちと次々に関係を持つ日々だ。

 これまでに関係を持った女の顔。

 俺は覚えようともしない。

 後からしつこくアプローチされるのは煩わしいだけだからだ。

 もちろん、あのつまらない恋愛映画『星降る夜に君と』で共演した清純派を謳う高瀬麗奈とも、撮影中には何度かヤッた。

 しかし、業界の一部として、

 文化としてそれを俺は受け入れている。

 だから彼女らを変態と呼ぶつもりは一切ない。


 人生をさらに追求しよう。

 そういう気持ちはすっかり失せてしまった。

 なんというか、三十代に入る前に、すでに定年退職したような気分だ。

 SNSでわざと際どい発言を時々する。

 炎上を狙うことがある。

 暇だからだ。

 だが正直なところ、底辺の連中から何を言われても心に響くような変化はまったく感じなかった。


 

「すみません、もしかして中沢煌さんですか? ファンなんです、写真撮ってもいいですか?」


 外出時はマスクとサングラス。

 芸能人のマストアイテムを身につけていると街中で声を掛けられた。

 オーラが滲み出ているからだ。

 断言せざるを得ない。

 

 俺はクズだ。

 その事実は紛いもない事実だ。

 だが、何度でも繰り返そう。

 生きるために欠かせないのは、金、女、そして名声なのだ。

 性格などは二の次、三の次でもない。

 むしろ生きる上で不必要なものだと身を持って呈する。

 

「えーまじっすか。男性ファンって珍しいんで、嬉しいです」

「そうなんですか。じゃあ写真撮りますね」


 憎きキモオタと撮ったツーショット。

 それがまさかこの世での最期の写真になるとはまさか想定していなかった。

 明日もまた女を抱いて、金は稼いで、誰もが羨むようなつまらない生活を送っていくのだろう。

 そう思っていた。

 

 この時点でなぜ気づかなかったのかと問われれば、正直なところ、分からない。

 ただ今思い返せば、違和感はあった。

 まず、俺の男性ファンなどはほとんど存在しない。

 いたとしても、しばしオネエの雰囲気を漂わせていることがほとんどだ。

 次に、ファンにしては異常なほどに静かだった。

 声の抑揚が全く感じられないのは、稀に見る現象だ。

 普通ならば、俺の姿を見るや否や興奮してはしゃぎ立てる。

 だからこそ、冷静沈着を演じた俺のファンを名乗るコイツから何か異様なものを感じざるを得なかった。


「握手もしてください」

「いいっすよ」


 人通りがまばら。

 街灯も少ない薄暗い歩道。

 そんな場所で差し出された手と握手を交わす瞬間。

 もう引き返せないと悟った。

 握手を求めた当人とは思えないほど、その手は袖の奥深くに隠れていた。


 バッ!


 刃はまるで人造人間のように完璧な動きで袖の奥から姿を現す。

 そして、そのまま一直線に俺の胸元に。

 深々と突き刺さった。

 もし俺相手でなければ、その技量に思わず拍手を送りたくなるほどのものだった。

 まるで戦隊ヒーローのようだ。

 片手を前に出したアクションポーズ。

 コイツは何度もこの動きをシミュレーションしてきたのだろうか。

 いや、今はふざけてる場合じゃない。

 胸から身体中に、強烈な痛みが一瞬で広がる。

 ブワーッと体内に波紋のように広がっていった。

 

「俺らのレイレイを汚しやがってッ!!」

 

 痛い。

 そしてイタイ。

 二つの感情が交差する。

 後は何を言ってるのかが聞こえなかった。

 意識が朦朧としていたからだ。

 だが、予想は大体できた。


 キスなんてしやがって!

 レイレイはチューなんかしたくなかったはずだ!

 性的暴力で訴えるぞ!

 とかそんなだ。

 やはり下民の考えることは単純だ。

 映画の役柄として共演した女性とキスを交わすたびに。

 ネットや直接、何度も同じような言葉を浴びせられてきた。

 特に相手が人気女性アイドルのレイレイこと、高瀬麗奈となれば。

 その手の声は一層増してくる。


 罵詈雑言の後だ。

 俺を刺したキモオタは目を見開いた。

 次に驚きの表情を見せた。

 まるで魔法を使えるかのように、これから起こる展開がなぜか鮮明に予想できた。

 アドレナリンが引いて冷静になったのだろう。

 自分がどれほどの失態を犯したのかを痛感しているのだろう。

 ――実に滑稽だ。

 アホにも程がある。

 言っとくがな、お前らの言うレイレイは清純派でもなんでもないぞ。

 「もっとして、」と顔を赤く熱らせて言う変態なんだよ。

 まあそんなことを言うと余計に刺されそうで怖いからやめておこう。


(おい、そこのお前、救急車を呼べ)


 ってあれ。

 声が全く出ない。


「……ぉ……ぃ……」


 まずい。

 視界が狭まってきた。

 ちゃんと痛みを感じてきた。

 息をするたび、刺し傷から血が飛び出る。

 心臓の鼓動が身体中に強く響く。

 次第に心臓がリズム音痴になった。

 ムラのある拍動を打っていたことに気づいた。

 ちゃんと呼吸をしているのかもよく分からなかった。

 意識の波がゆっくりと遠のく。

 そんな中、俺はなんとなく悟った。

 

 このまま死んでしまうのだろう。

 そう思うと、後悔が溢れてくる。

 もっと出来ることがあったのではないかと。

 

 少しばかりか死ぬことへの恐怖心が生まれてきた。

 死ぬのか。

 こんな感じで死ぬのか。

 

 ――いや、

 

 まだ死にたくない……


 

 こんな時は高瀬玲奈を責めるべきなのだろうか。

 それともキモオタの気持ち悪い勘違いを責めるべきなのだろうか。

 全ては全て、結局、自分のせいなのではないのだろうか。

 いや……それはない。

 それだけはない。


 ◇◇◇


 中沢煌は刺された数秒後に大量出血し、心肺停止に陥った。

 そして、

 意識を失ったまま、

 死んだ。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] レイレイを汚した罪は大きいからね、
[一言] 死にそうなのに、ふざけるのがなんか斬新w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ