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ささやかな能力

作者: 歌舞伎揚max


 さっき近所のスーパーで買った豆腐は木綿でした。


 絹ごしよりも木綿のほうが、私は好きです。絹ごしは綺麗すぎます。崩してはいけないような気がして、料理中に変な力が入っちゃいます。木綿はその点、すごく安心です。形は絹ごしといっしょなんだけど、表面がまるで違います。住宅地の歩道みたいな表面が私を安心させてくれるんです。今日の夕飯は和風の麻婆豆腐にする予定です。


 すっかりと日が暮れて、それぞれの家から美味しい匂いがしてくるころ、私は家に着きました。木綿豆腐が入った買い物袋を台所において、手洗いとうがいをします。手を洗いながら私は今日も後悔しています。どうしてスーパーで食材を買ってしまったんだろう。こんなくたくたな体で、料理なんて高度な作業はしたくない。お弁当でも買ってくるんだった。毎日といえるぐらいの頻度で同じ後悔をしているのに、私は今日も料理をしないといけないのです。スーパーマーケットという場所は実に不思議な空間で、疲れているのにもかかわらず、そこに行くと料理をする気力が湧いてきます。台に山積みされた野菜、冷蔵されたお肉、きちんと整列された調味料、そんなものたちを見ているとどうしても体が疼いてしまうのです。そうして食材を買ってみても、めんどうなものがめんどうであることは変わりません。家に着いた途端、スーパーで味わっていた気分は流れ落ちていきます。


 手洗いが終わって、絶望的な気持ちになっていると、私はあることを思いつきました。今日はやっぱり絹ごしにしよう。思い立ったらすぐ行動が私の信念です。さきほど台所に置いた買い物袋から、木綿豆腐を取り出して調理台に置きます。そして


 「それを言うならアヌスやな。」


と、高校時代の日本史の先生のものまねをしながら、木綿豆腐をチョップします。そうすると、木綿が絹ごしになります。久々にこの能力を使ったので、心配でしたが無事に成功しました。パッケージには大きく木綿豆腐と書かれていますが、中をよく見ると表面がツルツルの絹ごし豆腐になっています。


 「へっ、できた。」


間抜けな声が無意識に口からこぼれました。それと同時に、だからなんだろうという気持ちも湧いてきました。せっかく木綿を買ったのに、なんで絹ごしにしたんだろう。スーパーが不思議な空間であるのと同じように、自分の家も不思議な空間なのかなと一人で考えていました。それと言うのも、この能力は不可逆なんです。木綿から絹ごしにすることはできても、絹ごしを木綿にすることはできません。木綿のほうが好きで、さらに今日は和風の麻婆豆腐を作ろうとしていた私にとって、この能力を使ったことは本当に愚かなことなのです。それでも能力を行使してしまったのは、自分の家の不思議と言えるでしょう。


 木綿と絹ごしの不可逆性を私は自然なものと捉えています。コーヒーとミルクからカフェオレができても、その逆はできないないのと同じように。


 もう全部が嫌になったので、夕飯は冷奴にします。能力で絹ごしにした豆腐は、既製品のそれよりも、冷奴にしたとき美味しい気がします。



 薬味のねぎはあっただろうか



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