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その夜、俺は愛を知った

作者: 芳雄

 俺は、山岳の戦闘民族の娘に惚れた。危険な恋が身に沁みる…


 2021年の大晦日、俺とタニアは駆け落ちした。結局うまくいかなかったけど、本気だった。


 この俺が“愛してる”って何度もタニアに言ったんだ。あんな気持ちは初めてだった。


 タニアはハーフだ。親父さんがパキスタン人なんだ。茶色に透き通った大きな瞳と最高のスタイルで、学校一の美人だった。


 豚肉を食べなかったけど、服装なんかは皆と同じだった。


 小さい頃から、あれこれからかうヤツはいたが、タニアには、アシュラフっていうおっかない兄貴がいた。


 何より、性格が良くて、明るくていい子だったので、男はみんなタニアに惚れてた。女の子にも人気があった。


 で、駆け落ちの日が、なんで大晦日になったかというと、その次の年、2022年の4月から、法律が変わって、女の子が結婚できる年齢が18歳に上がってしまう。


 そして、2022年の1月1日、タニアは16歳になる。パスポートの生年月日が1月1日っていうのは、パキスタンの山岳地域では珍しくないらしい。戸籍とかパスポートの手続きがいい加減なんだと思う。


 つまり、そういう日だった。だから、あと30分で彼女が16歳になる。っていう11時30分に待ち合わせた。


 場所は、タニアの家の近くだ。タニアの親父さんが経営している中古車輸出の会社の事務所兼ヤードが目の前にある。


 ヤードってのは、オークションで買ってきた中古車を保管したり、解体してパーツをコンテナに積み込む作業をするところだ。


 鉄板に囲まれてて、普通の人が見たら、ちょっと荒っぽく感じるだろう。エンジンばらしたり、シャーシを切断したりで、火花が飛び散ったりオイルが流れたりするし。


 俺は愛車のGPz400Fで迎えに行った。タニアは“バイクは寒いから車にしてほしい”って言ってたし、“カワサキのGPzなら30万円で買いたい”っていう先輩もいたけど、手放せなかったんだ。


 タニアは随分厚着して、おっきな荷物で出てきた。そんな格好でもやっぱり美人なんだ。


 俺は駆け寄って荷物を持ってやった。どうやってバイクに積もうか、なんてことを気にしてた。


 そしたら、後ろでガーンって大きな音がして、慌てて振り返ったら、俺の単車が蹴り倒されてた。


 タニアの兄貴。アシュラフがいたんだ。


 俺はカッとなって“何すんだコノヤロー!”って突っかかっていった。


 暗くてよく見えなかったんだな。


 そのとき、アシュラフの顔が見えたら逃げてたかもしれない。俺はケンカは怖くないし、タイマン上等だけど、あれは人間じゃない。


 本物の鬼だった。


 ボッコボコに殴られて、ヤードに引きずり込まれて、またボッコボコにやられた。鉄パイプで腕を一本、肋骨を何本か折られた。


 一瞬だった。俺が泣き入れるのに1分もかからなかったんじゃないかな。


 それからアシュラフはこう言った。

 

 お前は親父を裏切りパシュトゥンの誇りに泥を塗った。


 これからお前をバラバラにして、コンテナに詰め込む。


 X線検査でも形が分からんぐらい切り刻んでやる。


 カイバル峠で骨をばら撒いてやる。


 そんな感じの話だった。


 俺が就職先の話をちょっとしたら、顔色も変えずにこう言った。


 お前がヤクザになろうが、ヤクザの下請けで働こうがどうでもいい。


 俺たちは子供の頃から銃と剣で部族の誇りを守ってきたんだ。


 戦うつもりなら構わない。その代わり、武器を全部もってこい。お前は死ぬから、ここから電話しろ。


 仲間とやらに言ってやれ。血の掟を敵に回して、生き残れると思うな。


 俺は土下座させられた。上から頭を踏みつけられて、顔に砂利が刺さった。鼻の骨がグシャってなった。


 それから、アシュラフは、俺の単車に火をつけた。満タンじゃなくて良かった。俺はタニアに金を借りてガソリンを入れようと思ってたんだ。


 それでもガソリンタンクが爆発して、消防と警察が来た。


 こんなことがあって、アシュラフは鑑別所に送られた。


 びっくりしたのは、アシュラフは俺より年下の17歳だったんだ。


 身長180センチで筋肉モリモリで髭面。拳骨なんてハンマーみたいだった。17歳って、絶対嘘だろ。山岳の戦闘民族の戸籍ってどうなってんの?と思ったね。


 あれ以来、俺はタニアに会ってない。


 本当の愛を見ちまったら、怖くて近寄れないよ。


 家族とか仲間とか民族とか、愛する人を命がけで守る、てめえはどうなっても構わない。ていうのが愛なんだな。


 欲しがっちゃだめなんだ。そう思ったね。

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