結婚早々、魔女に呪われた公爵夫人です。誰からも認識されなくなったおかげで、推しを見守る壁になれました。ぶっちゃけ呪いどころか完全にご褒美です
この作品は、『駆け落ち予定という妹の脅しで、婚約者を交換しました。代わりに呪われ公爵さまのお飾りの妻になりましたが、推しのお世話係は完全にご褒美です』(https://ncode.syosetu.com/n5292if/)と同一世界の物語です。
『駆け落ち予定の〜』は、2024年1月31日より一迅社様から発売されている「婚約破棄されましたが、幸せに暮らしておりますわ!アンソロジーコミック 6巻」に収録されております。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
「可哀そうに。呪いをかけられたお前はひとりぼっち。誰もお前の声を聴くことも、姿を見ることもできないよ」
公爵家に嫁いでしばらくたった頃。ある日突然、黒の魔女を名乗る女の声によってとんでもない内容を告げられた。辺りを見回しても、誰の姿もない。けれど、呪いの内容には聞き覚えがあった。救国の英雄と呼ばれる公爵さまが、かつてかけられ苦しんでいた呪いだ。
「私に呪いをかけたですって?」
「そうさ。お前は誰からも認識されない。助けを呼ぶことさえ叶わない」
「なんてことなの! どんな行動をとっても誰にも何も見えないなんて!」
「そうだろう。辛いだろう。恐ろしいだろう。魔女の暇つぶしで、お前は人生を棒に振るのだ。床に這いつくばって泣いて許しを乞えば助けてやらんこともないが? さあ、どうする?」
「いやああああああああ」
「あははははは、泣け! 叫べ! 恐怖に恐れおののくがいい」
「あああああああ、どうしましょう。こうしちゃいられないわ。公爵さまああああああ」
「まったく無様なものよ。ふはははははは」
姿を見せないまま高笑いする黒の魔女を放置し、私は喜び勇んで旦那さまがいる執務室に突撃した。
***
私の夫である公爵さまは、救国の英雄だ。かつて黒の魔女は、この国の王女の誕生日に招待されなかったことを恨み、国全体に「他者に認知されにくくなる呪い」をかけようとしていた。もちろんそんなことを許せば、大変なことになることは間違いない。公爵さまは、黒の魔女と対決し呪いをその身に引き受けることで、この王国を守りきったのである。
けれど呪いを肩代わりした代償はあまりにも大きかった。白の魔女に授けられた聖具である仮面を身に着けてさえ、存在が擦り切れないようにするのがやっと。誰も公爵さまの声やお姿を本人として認識できない。おかげで私は、家令の振りをしていた公爵さまに気づかず、延々と推しである公爵さまへの愛を目の前で本人に垂れ流すことになったのだ。
使用人同様にお仕えしつつ、私は推しに仕える喜びを満喫していた。
ついでに公爵さまの使ったシーツや夜着の匂いを嗅ごうとしてみたり、公爵さまの吐いた息を吸うために私室で深呼吸をしてみたり、公爵さまが使った後のお風呂の残り湯をいただこうとしたのだ。目をらんらんと輝かせ、よだれを垂らしながら行っていた萌え語り。全部本人に聞かれていたなんて、思い出したくない。恥ずか死ぬ。
その後、呪いから解放された公爵さまと正式な夫婦になったものの、実のところ私は大変申し訳ない気持ちでいっぱいだった。推しに愛されるというのは、幸せなことだ。にもかかわらずいたたまれないだなんて、贅沢を言うなと叱られても仕方がない。けれど、こちらがひとりできゃあきゃあ黄色い声を出している状態とは異なり、推しに認識されているとなるとあまり阿呆な行動はできないのである。
目の前に推しがいるのに、興奮を素直に伝えられず、萌え語りもできないのはなかなかに辛い。控えめに言って地獄だ。「好き好き大好き超愛してる」という台詞は、ひとりなら無限に叫べるというのに、本人には恥ずかしくてどうしても伝えられない。そんなときに、かつて旦那さまにかけられていたものと同じ呪いを黒の魔女にかけられたのだ。これを僥倖と呼ばずして、何と言おうか。
***
「公爵さま、いらっしゃいますか!」
トントントトトントトトントン!!!
まずは応接室の扉をリズミカルに叩いてみた。返事はない。お部屋にいらっしゃることは確かなのだ。悪いこととは知りつつも、鍵のかかっていなかった扉をこっそり開けてみる。
お仕事中らしい公爵さまは、大量の紙の束を抱えていた。考え事をしているのか普段のにこやかな微笑みとはことなり、気難しい表情を浮かべている。はああああ、格好良すぎか! 私の推しは、世界の宝! うん、間違いない。
「公爵さま? 世界一格好良くて、お仕事ができて、剣も魔法も得意な憧れの旦那さま?」
こっそり中に入り、さらに公爵さまに声をかけてみる。返事はない。
よし、チャンス到来!
憧れのモノクルを公爵さまにつけてみた。はあああああ、たまらない!!!
「はああああん、モノクルをつけながら事務作業とか無理、もうダメ。鼻血出ちゃう。私をこんなにときめかせて、これ以上どうするつもり!」
「この男、書類を引き裂いて暖炉にくべておるぞ。本当にそんな男が好みなのか? そもそもそのモノクルはどこから出した」
「それは乙女の秘密ってことで」
その後、五体投地しながら本人の目の前で公爵さまの素晴らしさを称えてみたが、やはり反応されることはなかった。まあここで今さら反応なんかされたらその場で憤死するしかないのだけれども。
どうやら私は黒の魔女が言った通り、本当に他者に認識されない呪いをかけられているようだった。部屋を飛び出した私のことを見守っていたのか、再びどこからか黒の魔女の声が聞こえてくる。
「何をしておる。絶望のあまり、気でも狂ったか?」
「黒の魔女さま、ありがとうございます! 最高です!」
「は?」
「これで好きなだけ、間近で推しを堪能できます! 私は今、壁になっているのです! 正確には透明人間ですけれど、壁も透明人間も乙女の夢なのです! 最高か」
「正気か? 普通は、誰かに自分の存在を認識してもらおうとあがくものだ。だが、お前は焦ったり嘆いたりするどころか、この状況を楽しんでいるように見える。一体どういうことだ」
にこやかに礼を言う私に、黒の魔女は大層困惑していた。
***
こういう感じで、私の呪われ生活は始まった。一応最初は敬語で話しかけていたはずなのに、途中から敬語は逆に気持ち悪いと言われてしまい、普通に話しかけることを許されている。解せぬ。
「この屋敷には、家令も執事もいないのか。なぜこの男は、侍従もつけずにひとりでうろうろしている」
「公爵さまは呪われ生活が長かったせいで、身の回りのことはたいていご自身で済ませてしまうのよ。私と正式に結婚したあとは、口の悪いメイドたちも解雇してしまったし、人数を揃えたくても、良い人材がそこら辺に転がっているわけでもない。まあ、おかげで気兼ねなく公爵さまにくっついて回れるので良しってことで」
正直、実家では下働き扱いもままあったので使用人が少ない屋敷でもそこまで気にはならない。気兼ねなく、推し活できるのでむしろ健康にもいい。私は子熊のぬいぐるみを抱っこしながら、今日も公爵さまの後ろをついて回っている。
このぬいぐるみは、黒の魔女が渡してきた分身のようなものだ。別にこの熊がいなくても、黒の魔女は私に話しかけてくることくらい簡単にできるようなのだが、姿が見えないせいで明後日の方向に私が話しかけ続けるという阿呆な行動に耐えられなくなったらしい。意外と繊細な魔女さまである。
「お前は毎日楽しそうだな。とりあえずよだれを拭け」
「ふわあ、お風呂上がりの公爵さま、いい匂い~」
「お前はその男の妻なのだから、わざわざ呪いをかけられなくても、好きなだけ嗅げばよかっただろうが」
「本人に認識されている状態で、うなじの匂いをはあはあしながら嗅いだら変態じゃない」
「本人に認識されない状態で嗅ぎまくっていても変態だからな」
「認識されていないから、問題なし!」
「問題しかないだろうが」
「せっかくだから、黒の魔女さまも公爵さまの匂い嗅いどく? 私も同じ石鹸を使っているはずなのに、同じ匂いにはならないのよ。やっぱり公爵さまからは何かすごいエキスとかが染み出ているのかしら」
じたばたする熊のぬいぐるみを公爵さまに近づけたところ、タイミングよく移動されてしまった。ちぇっ。そのまま椅子に腰かけた公爵さまの髪に近づく。ふはははは、今夜も至福のブラッシングタイムだ。
「それで、今度は何を始めた?」
「見ての通り、旦那さまの髪を櫛でとかして三つ編みにしているけれど?」
「なぜ?」
「ロマンに決まっているじゃない。高めポニーテールもいいけれど、さらりと解くのもカッコいい。ハーフアップも捨てがたいし、左右のどちらかに寄せて簡単にひとつに束ねるのも美味しい。そしてそのままざっくりゆるく太めの三つ編みにしてしまうのは、乙女の夢!」
「この間は、壁になるのが乙女の夢だと言っていただろう」
「もちろん、壁になるのは乙女の夢よ。ちなみに、激ヤバ媚薬も〇〇しないと出られない部屋も乙女の夢だって信じているわ。でも髪型七変化が嫌いな女の子なんていないと思うの」
「主語を大きくするな」
「ええええええ、黒の魔女さま、まさか長髪美男子の髪型七変化に興味ないの?」
「まったくないが。むしろ、なぜあると思った?」
「黒の魔女さま、本当に女の子?」
「お前、このまま口をきけなくしてやろうか」
「ひいい、ごめんなさい」
「まったく反省しているように見えないのが腹立たしいな」
黒の魔女は恐ろしい魔女として有名だし、実際にその被害を公爵さまもそして私の実妹夫婦も受けている。けれど、関わってみると案外話しやすくて面白いひとだった。
熊のぬいぐるみを通して彼女とおしゃべりをしていると、彼女が王族の非礼への仕返しとしてどうしてこんな呪いをかけたのがなんだかわかるような気がしてしまうのだ。たぶん彼女は誕生日会に自分だけ招待されなかったことがただ悲しくて、寂しくて、仕方がなかったのだろう。
もしかしたら、私に呪いをかけたのも何か彼女なりの理由があったのかもしれない。
「あ、黒の魔女さま、公爵さまがお酒を召し上がるみたい。せっかくだから、私たちもご相伴に預かりましょう」
「お前は、認識されない暮らしを生き生きと楽しんでおるなあ。その根性が羨ましくなるよ」
「もともと実家ではいないものとして扱われていたもの。声をかけられるのは最低限だし、声をかけられるときというのはたいてい良からぬことが発生しているときなので、何だったら無視されているほうが楽だったりするのよ」
「最低だな、お前の実家は」
「今が幸せだから別にいいの」
黒の魔女さまの呪いが公爵さまから実妹夫婦に移ったおかげで、意図せずして彼らへの仕返しもできちゃったしね。
公爵さまが自分用に入れたお酒をさくっと横取りする。認識されない人間が横からかすめとると、途中で物を見失うような感覚になるらしい。よくある、「あれ、さっきまで手に持っていたのに、どこに置いたっけ?」みたいな現象が起きるそうなのだ。
それを2回繰り返して、私は自分と熊のぬいぐるみの前にお酒を用意した。自分では絶対に手を出さない、酒精の強いものだ。ぺろりと舌で舐めてみてその強さについ吹き出した。さすがに一口で酔いが回るとは思わないが、これはなかなかに効きそうだ。珍しくテーブルには、チョコレートと果実水も置いてある。甘いものと一緒なら、私でもなんとかいけそうだ。
「ぬいぐるみの前に置く必要はなかろう」
「え、でも魔女さまの魔法の能力なら、きっと味わえるでしょ? どうせなら一緒に楽しみましょうよ」
「お前、それでこちらを懐柔したつもりか?」
「そんなことはないわ。でも呪いで完全に独りぼっちだとやっぱり寂しいから、相手をしてもらえて嬉しいのよ」
「なるほど。さすがのお前でも孤独は辛いと?」
「やっぱり、推しの良さを聞いてくれるひとがいないと。推しへの愛を語りたい。できれば同意してもらいたい。可能なら、黒の魔女さまも沼に落としたいと思っているから! さあ、飲んで! 夜通し語りあいましょう!」
「絶対に落ちないからな?」
「ちぇっ」
楽しくなった私はなんだかんだですぐに酒にのまれ、へべれけになったのだった。
***
「あははははは、魔女さま、チョコもっと食べようよ~」
「ウザい、ウザイぞ。お前、酔っぱらうの早過ぎだろう」
「ええええ、魔女さまがお酒強過ぎなだけじゃない? あ、ぬいぐるみ効果かも~」
べろんべろんになった私は遠慮なく公爵さまにもたれかかっていた。ちなみに公爵さまも一定のペースで杯を傾け続けているが、まったく顔色が変わることがない。さすが美形は酒にも強い。
「お前、本当に呪いを解くつもりはないのか? 白の魔女に助けを求めることもしないと?」
「もちろんだけど?」
急に真面目な声で訪ねてきた黒の魔女に、私は即答した。
「お前の認識が薄れるということは、お前の存在そのものが危うくなるということだ。この男は妻がいたという記憶だって失くしてしまう。お前は、自分の目の前でこいつが別の女と添い遂げるところを見たいのか?」
「あ、よかった! もともと私がいた記憶も消えてくれるんだ。これで安心だわ!」
「お前、何を言っている」
「思い残すことは何もないってこと。おかげで、最後まで楽しく幸せに公爵さまを見守ることができるわ」
私はひょいっと熊のぬいぐるみを掴み、互いの両手を繋ぐようにしてくるりくるりと踊り始めた。お酒のせいか、ダンスは苦手なのになんだかとても楽しい。
「私が公爵さまと結婚できたのは、なぜだと思う?」
「妹から押し付けられたせいであろう?」
「もちろんそれはそうだけれど。例えば爵位であるとか、年回りであるとか、その辺りを考えると我が家にお話が回ってきたことそのものがおかしいのよ。もっとふさわしいかたは、たくさんいらっしゃったから」
「呪いのせいか」
「正解。救国の英雄でありながら、呪われ公爵は忌み嫌われていた。だからこそ、我が家にまで話が回ってきてしまったの。では、問題です。そもそもの引っかかりになっていた呪いが解けた今、公爵さまは顔良し、頭よし、家柄良しの好条件であることが改めて明らかになりました。ここで発生する問題は一体なんでしょうか?」
「奥方を挿げ替えろ……ということか?」
「大正解! もう周囲からの反発がものすごくて。公爵さまが抑えてくださっていてあれだけの雑音が私の元にまで届いてくるのだもの、相当にやいのやいの言われているはず。そういえばこの間、公爵さまが渋い顔で焚きつけにしていた書類って何だったかわかるかしら?」
「ああ、あれか。一体何が書いてあったのだ」
「見合いの釣書よ」
「気に食わんな」
「人間というのは、大体そういうものなの。利己的で理不尽で、自分の都合のよいように物事を考えてしまう。黒の魔女さまから、国を守ってくれた公爵さまを呪われ公爵として蔑み、その呪いが解けたと思ったら今度は身の程知らずの妻だと私を貶める。でもね、確かに私はこの状況だから公爵さまの妻になれたのだということは理解しているの。それに、私だってこのひとたちと何にも変わらないから」
「お前のどこが?」
「呪いをかけられて、都合がいいと思ってしまった。私のことが見えなくなり、わからなくなってしまうのなら、公爵さまに捨てられる心配がなくていいと思ったから。堂々と理由をつけて、妻の座を下りられる。そして、好きなだけ安全な場所でそばにいられる」
「理解できんな」
公爵さまは優しいひとだ。私に対して呪いを解いてくれた恩を感じてもいるだろう。だから、別に大切なひとができてもきっと私には言わないと思う。
「この男は、お前をそう簡単に手放すようには見えんが」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。でも、いつか突然捨てられてしまうかもしれないと思うのは怖いから」
「だから、壁になると?」
「公爵さまが幸せなら、私も幸せだもの。この呪いが誰かに認知されなくなるだけでなく、寿命まで延びる魔法だというのなら、私は喜んで公爵さまの子孫まで見守るわ」
「馬鹿め」
「……そうよね」
「わかったなら、とっとと」
「わかっているのよ。元妻がいつまでも屋敷の中にいるなんて気持ち悪いわよね。勝手に身体に触るなんて犯罪以外の何物でもないわけだし。いやあ、そう、考えると呪いを受けた公爵さまが人格者でみんな本当に良かったわよね。そうだわ、いっそあなたの弟子になって、修行を積んで使い魔になるのはどうかしら。そうすればまさしく守護霊に!」
「いい加減にせんか」
「えー。寝食を共にした私とあなたの仲じゃない」
私は熊のぬいぐるみと一緒に、ステップを踏み続ける。苦手なダンスが多少なりとも上達したのは、私が何度足を踏み抜いても公爵さまが辛抱強く付き合ってくれたから。公爵さまにリードされると、まるで自分にダンスの才能があったのではないかと思ってしまうくらい、楽しく感じてしまうのだから不思議だ。くるりとターンをして、公爵さまの前でお辞儀をする。
「ふふふ、ラリー。愛しているわ。きっとあなたにふさわしい素晴らしい女性がすぐに現れる。幸せになってね」
久しぶりに声に出した公爵さまのお名前は、やっぱり素敵だ。口の中で転がしているだけで甘いのだから、音に出して美しく匂い立つのは当然のことなのかもしれない。慣れない強い酒を飲んだあげく無駄に踊り狂ったせいだろうか、目の前がぼやけてしまって困る。これは、私にとっても公爵さまにとっても、幸せなことのはずなのに。泣くな。笑え、私。
ゆっくりと元の体勢に戻ろうと顔を上げると、公爵さまが立ち上がってこちらを見つめていた。いつの間に? これではまるで公爵さまが私に気が付いているみたい。とその時、強く抱きしめられる。手に持っていたはずの熊のぬいぐるみは、公爵さまによってぽいっと部屋の隅に投げ捨てられた。
「んぐっ!」
予告なしの深い口づけに頭の中が真っ白になる。息ができないのだけれど! く、苦しい、なになになに、ちょっと、公爵さまストップ! 目を回しそうになるほど口の中を蹂躙されて、倒れかけたところをこれ幸いとばかりに拘束された。涙目のまま軽くにらみつければ、すました顔で涙を舌でぬぐわれる。
「ジョアン、あなたは酷いひとですね。僕が、どれだけあなたのことを愛していると思っているんです?」
「ひいいいいいいいいいい、ど、ど、どうして」
「夫に向かって叫び声をあげるなんて、まったく傷つきますね」
「ちょ、え、あ、黒の魔女さま、認知できなくなる呪いをかけたって言ってなかった? え、なにこれ、どういうこと、助けてええええええ」
「呪いをかけたとは言ったが、呪いを解かないとは言っていないのでな。まあ、頑張れ」
「ああああああああああ、ご丁寧にぬいぐるみごと消えただと! ちょっと、黒の魔女さま、この卑怯者おおおおおお」
「まだ、僕の話は終わっていませんが?」
「は、はひっ!」
公爵さまが私に向かって笑いかけてきたが、正直目が怖い。無意識に後ろに逃げようとしたものの、思いっきり抱きしめられていて離れることはかなわなかった。
***
「あなたは何もわかっていない。僕があなたなしで生きていけないことを信じていないでしょう?」
「へ、いや、ほら、世の中は、家柄とか、顔とか、財産とか、私よりも秀でているひとは山のようにいるわけで」
「なるほど。まだわからないみたいなので、存分に僕の愛を味わってくださいね。ここ数日、あなたに触れていないので、僕はすっかり欠乏症になってしまったんですよ」
「なんで? ねえ、いつから気が付いていたの?」
「僕の首元をすんすん嗅いでいたときくらいからでしょうか」
「もうやだ、完全に最初の方からじゃん。黒の魔女さまのバカバカバカバカ」
「僕としては、あなたの可愛らしい一面を堪能できて面白かったですよ。でも、足りないものは足りないし、あなたにわかってもらいたいことが多いのもまた事実ですから。ね?」
「ひいいいいい、無理、無理、無理だからあああああ」
その後、公爵さまがかなりいろいろな場所に圧力をかけまくったようで、外野の雑音はすっかり聞こえなくなった。権力の使い方を理解できたように思う。
「可愛い妻のためなら、僕は何でもやります。黒の魔女も、協力的でしたし。『赤子の手をひねるよりもたやすい』と高笑いをしていましたよ」
「ねえ、ふたりとも一体何をしたの?」
「さあ? ご想像にお任せします」
ちなみに熊のぬいぐるみは、いつの間にか屋敷の中に復活していた。ときどきこの子を通して、黒の魔女からの連絡も来る。先日は、この間の「詫び」という形で、激ヤバ媚薬が屋敷に届いた。うっかり公爵さまにそれを見つけられてしまった挙句どえらい目に遭ったので、今度黒の魔女に会う機会があれば、文句と萌え語りで徹夜させてやろうと思う。
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