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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

1019

作者: 7964tkn

1愛

13年前の夏、隠すべきだとカテゴライズされた性同一性障害、そして同性愛。まだそんな時代に私たちはベッドの上にいた。同性の先輩彼女、そして性同一性障害の先輩の友人。同じ空間に三人、そいつの実家だった。

「俺はあっちに行ってるからどうぞ。」今からアダルトビデオでも盗み聞きするかのような顔で部屋を出て行った。すかさず彼女は服を脱ぎ始め、私に甘えてくる。挑発と刺激的な環境が彼女の頭をおかしくさせたのだろうか。振り払おうとする手を強く掴み、私は彼女をきつく叱り泣かせた。喧嘩をした二人の間に入り彼女を慰めるそいつと、冷静になろうと外に出る私。

一本の煙草の煙が消えると同時に部屋へ戻り、帰ろうと声を掛けた彼女の目はしっかりと私を見ていた。実際は一秒も経っていなかったのだろうか。何故か、とても長い時間が流れるその中で聞こえたのは、彼女の嬌声と溺れる目だった。それ以上思い出すことが出来ない記憶の代わりに、私は人を愛することが出来なくなった。



2 快楽

その後の私はというもの、好意を寄せてくる人と一緒になっては同じ感情だと頭を洗脳させ、気付けばゴミのように捨てた。泣き喚く彼女達を前にしても、情どころか愛することが出来ない苦しみさえも感じる事はなかった。求められた事を無感情のままにただ熟し、快楽を感じていると分かれば雑に扱った。これはあの時の擬似的復讐でも、自分への戒めでもなく、期待とそれに応えられない結果にしか過ぎなかった。無論、数が増えたところで変化も満足さも全く感じる事は出来ない。

私は、対象として見なければならない関係自体を一切作るのを辞めた。


3 感情

それからさらに月日は流れ、気付けばあの時から10年以上も経っていた。好意を抱くことは稀にあってもそれを行動に移す訳でもなく、恋愛などとはもはや疎遠になり洗脳の仕方でさえも忘れた頃、年齢が大人になったという事だけで、何となく普通に戻れている気がした。

セクシャルマイノリティが世に広まり、誰もが生きやすい時代とまでなっていた。時間を持て余していた私は、暇潰し程度の軽い気持ちで、同性愛者が集う出会い系のアプリをスマホに入れた。真剣交際を望まれる時もあれば、一回限りの出会いを求める人にも出会った。いい話し相手が出来ても、会いたいと言われれば面倒臭さが勝ち、それとない理由を付けて断った。

そろそろ辞めようかと思った時、私は彼女と出会った。可笑しな名前であったばかりに面白半分で絡んだが、ふざけているのか真剣なのか上手く掴めない彼女に、最初から返事を悩まされた。好意を寄せているのかと思えば、近づかれないようにとどこか警戒しているような反応を見せたり、とにかくよく分からない態度に妙に惹かれて興味を持った。ふざけた延長なのか、本当なのかもきっとお互いが分からないまま付き合うことにもなった。

酔った勢いで連絡先を聞き、少し近付いたやり取りが始まった。返事が遅すぎる今までにはないタイプで戸惑いもしたが、ある日彼女から電話が来た。電話嫌いだった私は、顔も知らない相手との電話に唾を飲むほど緊張したのを覚えている。初めて聞く彼女の声に何故か落ち着き、それと同時に今まで感じた事のない感情が湧いた。年下とは思えない落ち着き様と包容力、会った事のない声だけの彼女に色気さえも感じた。関係がはっきり分からないままやり取りは続き、二ヶ月程経った頃ようやく会うこととなった。


4 決意

梅雨の湿った日の昼下がり、彼女は恥ずかしそうに顔を隠し続けた。平然を装う私の隣から聞き慣れた声が直接聞こえてきて、たまに触れる手にも緊張が止まらなかった。あまりの可愛さに声も手も出ず、ただその場をやり過ごした。

彼女の家に帰ると昼食を作ってくれた。鳥の照り焼きとジャーマンポテト、ご飯にスープは普段コンビニで一食しか食べない私には多過ぎた。家族が遊びに来るからと、二人でホテルに泊まることになっていた。彼女の家が落ち着かない私は早く移動しようと食事早々に彼女を急かした。

ホテルに着き、狭い部屋にはベッドが精一杯で、そこに横並びに座る他なかった。喜びと緊張、隠せない下心に今度は彼女が冷静を装っていた。私は、彼女と出会ってから一度もあの時の事を思い出す事がなかった。なかなか手を出さない私に痺れを切らした彼女の口は気付くと重なっていた。何とか先導しなければという焦りと上手くやらなければいけないという不必要な使命感、そして愛せなかったらという恐怖。一気に押し寄せる感情に自分を失い、気付けばまた雑に扱っていた。心惹かれる彼女にまでさえも無感情になっていた自分が許せなかった私は、痛がる彼女に何度も求めた。ただ、他とは違うと信じたかった。

最後の一回、彼女は道具を出した。あまりの表情と反応の違いに私はあの時の事を思い出してしまった。自分ではない誰かで感じている姿に見えて恐怖で震えが止まらなくなった。あの時とは違うと理解していても、勝手に涙が溢れた。彼女は困惑した表情で私の顔を覗き込んできた。陰鬱な雰囲気のまま、私達は初対面を終えた。

自宅に帰り、冷静になった私は彼女に涙の理由を薄っぺらの上だけを取った様な内容に短縮して話した。話してくれてありがとうと真剣に返す彼女の言葉に何があっても寄り添い続けると誓った。



5 葛藤

遠距離だった私達は、交互に会いに行こうと決め、今度は彼女が来る番になった。稀にしか聞くことの出来ない彼女の甘えた感情が溢れ、この上ない幸せを感じた。愛おしく感じれば感じる程に満たしたいという想いは強くなり、それはプレッシャーへと変わってしまう事も知った。

自分には繋がらない物が彼女の表情を変え、体温を上昇させる。抑えきれない悔しさと怖さにまた蝕まれ、払い落とすと彼女は失望していた。取り返しがつかない事をしてしまったと気付いた時にはいつも遅い。

それからというもの、私を見る彼女の目はどこか濁っていた。小さな事で衝突を繰り返し、その度に私は謝った。後に、彼女はこう言う。「人は簡単には変われない」

価値観の違いを我慢してまで続ける自信がないと言う彼女に私は、何度衝突があっても向き合い続けたいと伝えた。その小さな衝突は、日に日に受け入れられない大きな不満へと変わり、確かに我慢の限界が来た。何を言われても否定せずごめんと返す私に、本心を話して欲しいという彼女。

あの日、彼女は私に昔の話をした。少し笑いながら話す彼女の話を私は、笑って返した。

彼女は言う、「なんで笑えるの。」


6 間違い

私は彼女を馬鹿にしたことなど一度もなかった。大事にしたいと、愛していると心からそう思っていた。

仲直りをして数日が経ち、冗談を言い合い楽しく会話をしていると、突然「どうしていいか分からない」と彼女は言った。

そして、それから一週間の間、彼女は何も話してはくれなくなった。一日一日自分の考えが変わる中で、何とも話してくれない彼女の事が分からなくなった私も、遂に限界を迎えてしまった。何も分からなくて苦しいと伝える私に、「やっぱり無理、もう会いたいと思わない」と返す彼女。

泣き叫び、崩れ落ちた。

残酷だと思った。

"何も分からなくて苦しい"きっと、今まで彼女が私に感じてきたことそのものだったと思う。

「悪者になろうとしなくていい、笑っていて」そう、別れを告げた。

私は全てを間違えた。



7 愛してる

"どうしていいか分からない"

彼女は最後まで私に助けを求めていた。あの時笑って話した彼女のトラウマは守るべき私が色濃くさせた。我慢して受け入れることが優しさではなく寄り添うということでもなかったなんて、きっとそんな簡単な間違いではなかった。

愛するということ、愛する人のために変わりたいと思うこと、変われなかった自分が愛していた人を苦しめたということ。間違いすぎる私にいつも正解を教えてくれていた彼女はもういない。

私はまた、人を愛する事が出来なくなってしまった。人は簡単に変わることが出来ない。私が残酷だと感じていたそれは、比べる事のできない残酷な言葉として彼女を苦しめ続けていた事に私は気付く事が出来なかった。

償い切れない過ちを私は一生背負って生きていく。そしてまたそれは、彼女へも一生背負わせて生きていくと言う事なのだ。

どうか、どうか彼女が笑えるようになりますように。

愛するなんて分からないよ。

ねぇ、教えてよ。



8 1019

名前の数字を足した時、1019となる。

もう二度と、交わってはいけない数字。






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