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犬の肉

作者: サーナベル

私達、動物愛護団体のグループは今日はビーフシチューのチケットを握っていた。ここの店は昔からある由緒正しい肉料理メインの店だった。チケット制になったのは最近になってからである。

派手に肉に被りつく大男もいれば、子供を抱き抱えながら、ナゲットを小ぶりに口にする女もいる。

チケットを気の良い店長に見せる。

店長は直ぐに把握したようだった。

「ビーフシチュー3人前!!」

奥にいる料理人見習いに告げる。

私達はできるだけ汚れていない席に着いた。

ビリーが適当に笑顔を作って言った。

「ここは人間には天国だが、あんなものを見た後だと辛いな」

シリルが同意する。

「犬達が処分されるのは人間のエゴだろう」

私は長々と溜息を吐いた。

「面倒を見ることもできないのに、可愛い可愛いとだけ喚いてペットショップから保健所に移すヤツらの心情はクズ以下だ」

「そりゃあな」と私は付け足す。

「見た目はぬいぐるみなんだ。餌を食べたり、糞したり、周りを汚したりしそうに見えないのだろう」

リーダーを任せられている私の言葉に2人は頷いた。

ビリーはなかなか男前だったが、少し頼もしさに欠け、女性に人気がない。シリルはまた男前だったが、それ以前に女だった。

「リーダー、〝あの犬〟何とかならないのだろうか」

私は一瞬、躊躇った。〝あの犬〟とは窮屈な檻の中に入れられ、煩いと度々蹴飛ばされるドーベルマンのことだろう。ガリガリに痩せ、自分の糞の上で寝ている。

私も流石にあの子を見ていられなかった。

もちろん、保健所の看守に文句を言い付けた。

しかし、返って来た言葉に唖然とする。

「こいつらは死ぬしか能の無い汚い生き物なんだよ。全く臭くて敵わん」

私は激昂した。

「感情を持った生き物なんだぞ。殺すのは人間の手だ。死ぬしか能が無いとか二度と言うな」

看守は唾を吐いて見せた。

「偽善者共はさっさと帰れ」

私達の頭の中にはあの子がいる。世界中の不幸を集めて積み上げたような命だ。

来週には殺処分される予定である。

ビーフシチューが目の前に置かれた。濃厚なまろやかな匂いにウットリとする。

「お待たせしました」とウエイトレスが言い立ち去った。

あの子の引き取り手を明日から探し回るつもりでいた。誰かの慈悲であの子は足蹴される恐怖や餌を貰えない苦しみから解放されるのだ。

あの子には暖かい家庭が必要だった。

次の日、私達は動物園の仕事が終わった後、また保健所に足を運んだ。

意外な光景を目撃した。


ドーベルマンは相変わらず汚れ切っていた。

しかし、少し幸せそうにしていた。

向かいの檻に綺麗なハスキーがいた。今日、野犬だったところを捕獲されたのだろう。

彼女に向かって彼は求愛行動をして見せる。せっかくの自分のドッグフードを彼女の方に押し届けようとしていた。

甘えた声で鳴き続けている。

私達はドーベルマンをサイラス、ハスキーをダイアナと名付けた。

サイラスはダイアナに恋をしているのだ。

2頭同時に引き取ってくれる人はいないだろう。

私達は困り果て、殺処分の近いサイラスを優先して、サイラスの写真の載ったビラを配った。

そこには『あなたが救える命がある』と書かれている。

興味深げに見る人もいたが、大半がビラを直ぐ近くのゴミ箱に捩じ込んでいた。

ほとほと人間の勝手さにうんざりとする。

私達は毎日、サイラスとダイアナの様子を見に行った。

ダイアナの牙が少し奇妙な形をしていることに気付くのに時間はかからなかった。先が割れ、歯茎と同じ形をしているのだ。

サイラスもダイアナも物静かだった。

鳴けば鳴くほど蹴飛ばされることが当たり前だと思っているのだ。

2頭は本当に仲が良かった。

私達は檻越しにサイラスとダイアナの頭を撫でてやっていた。

最初は怯えていたが、私達が自分の味方だと察した様子だった。

後3日でサイラスが殺処分される。

引き取り手は付かなかった。


明後日、サイラスが殺処分されるという時、私は妻の帰りを待っていた。

妻は作家の仕事をしている。今日は編集者と会見のある日だった。

落ち込んだ調子で妻が帰って来た。

金髪のボブに眼鏡をかけている。知的な印象だが、夜になると変貌することを私は知っていた。

「なあ、君、少し深刻な話があるんだが」

妻、クローディアは目を閉じ、ソファに身を任せた。

「もう文句付けるだけなのは辞めて頂戴。コリゴリよ」

私は妻の視線が私に向くよう顔を鷲掴みし、傾けた。

「単刀直入に言うね。犬を飼いたい」

クローディアが目で聞いてくる。〈どういうこと?〉

「サイラスという名のドーベルマンが明後日、殺処分されるんだ」

「それでどうしてあなたが飼わないといけない訳」

私はハッキリ告げた。

「見殺しにできないんだよ」

妻に縋り付く。

「僕達には幸い、子供がいない。君と僕と犬。楽しい生活だと思わないかい」

私はクローディアの隣に腰掛け、哀願して見せた。

妻が断る理由を探しているのが分かる。しかし、よく考えて結論を出したようだった。

「分かったわ。但し、条件がある」

まさか妻がOKを出すとは思っていなかったため、私の心は歓喜の舞を踊っていた。

妻が言った。

「ちゃんとした引き取り手が見つかるまで一時凌ぎよ」

私はクローディアの手に自分の手を重ねて、セクシーな唇にキスした。

「有り難う、愛してるよ、ディア」


サイラスが家に来た時、妻はショックを受けた顔をした。

「何でこんなになるまで放って置いたのよ!?」

ブツブツと続ける。

「人間の所業じゃないわ。悪魔よ」

私は何度も頷く。

「人間程タチの悪い生き物を僕は見たことないね」

クローディアが泣き出した。

「酷い。あんまりだわ」

私は自分と共感できる妻を持てて幸せだと思った。

「ひとまず、サイラスを風呂に入れてやろう。ドッグフードも沢山食べさせてやらないとな」

サイラスはその日から段々、健康的で美しい犬になっていった。

しかし、真夜中に甘え声を漏らすことが度々あった。

直ぐに分かる。

ダイアナを探しているのだ。

私達、動物愛護団体は次はダイアナに取り掛かっていたが、ダイアナは衰弱していき、サイラスが保健所からいなくなったのを境に、食べ物を食べず、死んでしまった。

私達は悔しい思いで一杯だった。

サイラスはそれを知っているのか、悲しそうなオーラを漂わせることが多々あった。

それでもサイラスの美しさは目を見張るばかりで、写真を今の物に変え、ビラを配ると、サイラスを飼いたいという初老の女性が現れた。

私達はサイラスもダイアナも失ったことでポッカリ穴が空いた気分だったが、直ぐに次の可哀想な犬にかかる。

保健所の犬の命を救えるのは私達だけなのだ。


私達、動物愛護団体のグループは久しぶりに肉料理屋でビーフシチューのチケットを握っていた。

ビリーがポツリと呟く。

「ダイアナは残念だったな」

私は少し沈黙することにした。そして、ビリーの背をバンッと叩く。

「今頃、サイラスは幸せに暮らしているだろうさ。ダイアナもガス室行きよりは恋煩いで死んで、良かった方だと思うぞ」

シリルが面白そうに笑った。

「楽天家は呑気でいいな。そう言えば」

彼女は謎謎が解けない少年のような顔をする。

「保健所の殺処分された犬達の肉はどこに行ってるんだろう」

「お待たせしました」とウエイトレスが何の肉が入っているか分からない料理を置いて行った。

私はまさかな、と思いつつビーフシチューにありつく。

口中に「ガリっ」という何か異物を噛んだ音がした。取り出してまじまじと見る。

歯茎と同じ形をした歯が手の中に転がっていた。

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