暗殺者と悪役幼女
カイル視点です。
彼女と出逢う前、俺はなんの面白味もない、空っぽの人間だった。
それは俺が生きていく上で必要な事だったのかもしれない。人ひとり殺す度にそれを悔やんだりしていたら俺は早々にその重みで死んでいただろうし。
そういう観点で言えば俺は向いていたのだろう、暗殺者と言う仕事に。
俺を躾けた男は容赦のない奴で、殺されかけて、治りかけて殺されかけると言う割と地獄の様な日々だった。いつか殺すと毎日思っていた。そのくせいきなり『お前にはもう教える事はない、あとは自力でのし上がれ』そう言って、俺の親と同じ様にあっさりと俺を手放した。それはほんの少し、俺に重みを与えたけど、そんなもんなんだな、と思う事にした。
暗殺者ギルドでそこそこの地位を築いて、蹴落とし合いする奴らからも挑まれなくなった辺りで、俺は久しぶりにギルド長から仕事を与えられた。
その仕事は、とある貴族の情報を得て、出来るだけ弱味を引き出したらそこの娘を拐え、と言う程々に胸クソ悪い仕事だった。
そもそも俺は人を殺す事を仕事にしている。そういう仕事はまた別の職業の奴らが居て、何でわざわざ俺がそんな事をしなきゃならないのか本気でやる気の出ない仕事だと思った。下見だけして適当な理由をつけて断るつもりだった。
その下見で、対象の子供を見るまでは。
俺は所謂、祝福持ちだった。魔法以外の不可思議な能力。俺のそれは『破滅の道標』と言う、祝福と言うより呪いみたいな代物。
俺が祝福を持っていることはギルドでは暗黙の了解みたいなものだったけど、その内容を知る人間はこの世界で自分と、鑑定した奴だけだ。そいつとはそれっきりだったし、そもそもこれは俺の視覚にしか分からない。
幼女にははっきりと、黒い鎖が視えた。その体に絡みつくように視えるその鎖は、幼女がほぼ99%くらいの未来、破滅するようだった。
それは俺がこの幼女を拐かす仕事を与えられたからか?そう思ったけれど、よく視ると、一番の濃い鎖は彼女がもう少し大人になってからだろう事が分かる。だとすると、この笑顔を止めるのは俺じゃない。
何故か口から吐息がもれた。その理由が分からず、俺は少しモヤッとした気持ちになる。
視線を戻すと、あんなドス黒い鎖を身に着けながら、幼女はやっぱり楽しそうに笑っていた。
俺はしばらくその家に通った。幼女の名前はメルトリーナ・ラランド。よく笑う子供で、少し悪戯が好きで、時折母親に叱られてはしょんぼりしていたが、すぐに立ち直る。人懐っこく、貴族の中でも高位である侯爵家の娘としては少し心配になる程だ。
そんな気持ちを抱いた事も初めてだった俺は、この時にはまだその事に気付いては居なかったけど。
だけどメルトリーナは家族が傍に居ないと、時折、遠くを見る様に空を仰いで、大人びた表情をする事があった。
その事に、メイドや護衛は気付かない。それが何故か俺の心を苛つかせた。次第に俺は、俺だけがその事を知っている事に優越感すら持った。
ラランド侯爵家に通いだして7日目、俺は自分がメルトリーナを気に入ったんだろうとようやく気付いた。
初めて他人に興味を持った。だから、考えた。
これからの暗殺者としての立場と、メルトリーナを天秤にかけた。
この仕事を俺が断れば、他の誰かにまわるだろう。その時、メルトリーナはその誰かに拐われる。泣くだろう。怖い思いも、痛い思いもする。あの鎖はきっとその息の根が止まるまで、メルトリーナを苦しませる。破滅の鎖は悪い方には容易にずれる事を俺だけは知っている。
だけど、もし、俺がこの家に就けばどうなるか。そう考えた瞬間、鎖の一部が光った。そんな事は初めてで、どう解釈したら良いのか分からないが、可能性、そう感じた。
別に暗殺者をどうしてもやりたい訳じゃなかった、気が付いたらそうなっていただけで。なら、別に俺が暗殺者を辞めてもいいはずだ。その時、天秤なんてものはもう必要無かった。
初めて、自分の生き方を自分で選べた瞬間だったから。
「はじめまして、メルトリーナお嬢様。私はカイルと言います。今日からお嬢様の護衛に就きます。どうかよろしくおねがいします」
(恋なんて感情ではないけど、特別である事にかわりはないから)
書き終える事が出来る様に頑張ります。