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ハーレルイと億(おしはか)る婿殿

ルーカスの記憶に、誰も覚えていない世界一強い魔女がいる。


山脈のいただきに咲く花のように気高く、樹海の川に流れ込む雪解け水のように美しく、何者にも折れない背で振り向く微笑みは、ルーカスの記憶の中で少しも色褪いろあせない。


神々が住まう森。呼ばれなければ入れない神秘の森。


太古からある神聖な場所、イラティの森には幾つもの伝説が語り継がれている。


その森には昔、世界一強い魔女がいる国があった。


だが今はもう、溢れ出る瘴気に魔物まで出ると噂され、一度踏み入れれば最後、二度と外には出られない。


瘴魔の森と呼ばれるその場所に、ルーカスは何度も足を伸ばしては、何度も森から出てきたかのように足がつく。ルーカスは森に入ることが出来なかった。


ルーカスは左薬指の指輪を見る。


もう誰も覚えていない。ルーカスの記憶の中にしか存在しないその魔女を、どうしても忘れる事が出来なかった。


「どうして。なぜ。」

どうして僕の前から突然いなくなってしまったんだ。

なぜ僕だけが君を覚えているんだ。


「会いたいよ。ルイ。」


   ༓༊༅͙̥̇⁺೨*˚·


太古から存在する幻想的に美しきイラティの森。


その森に守られるように。

その森を守るように。


世界一強い魔女が住むその国の名は、ハーレ公国。


ハーレ公国シャルレーヌ・ガブリエラ・ルイ・アレクサンドラ・ハーレクイーン。


初代アレクサンドラ大公が興したハーレ公国は、代々女傑大公により治められてきた。


現大公シャルレーヌ・ハーレクイーンはハーレクイーンの冠を頂き、ハーレ公国に属する大勢の魔女を世界に配置し、この世界を見守ってきた。


それは初代アレクサンドラ・ハーレクイーンが抱いた謎に端を発する。


この世界とは何か。

なぜ私は生きているのか。


最初は誰もが子供の頃に思い浮かぶたわいない疑問だった。


だがアレクサンドラは違った。真実を追求した。


またそれを可能にする類い稀なる才能があった。


才能は知識を貪り、創造し、辿り着いた真実からは新たな疑問が生まれ、それは人が想像しうる範疇を超え、人智を超えた存在に畏怖する者は彼女をこう呼んだ。


魔女。と。


いつまでも美しく、何もかもが人よりも秀でた魔女。


ずるい。うらやましい。


その妬みは魔女よりも、その側に寄り添う者に向けられた。


魔女は二つの石板のもと何人なんびとも魔女の祝福を得られる国をつくった。


ひとつ。魔女の名をみだりに呼ばないこと。


ひとつ。隣人をうやまうこと。


そうしてここに。ハーレ公国アレクサンドラ・ハーレクイーンが誕生したのだった。


ハーレとは。讃、たすけるという意味からアレクサンドラが好んで使用したと伝えられている。


勿論、この二つの法を守らなかった者がただちに追い出され二度と戻れないことは周知の事実である。


そうしてハーレ公国は何代にも渡り、安寧と秩序の魔女が守護する国として栄えた。


その国に、運命を背負った魂が生まれる。


ハーレルイ・ド・グラモン公爵令嬢である。


グラモン公爵家は、アレクサンドラが臣下し授かった爵位であり、ハーレルイはしっかりとその血を受け継いでいる。


その婚約者ルーカスは他国から亡命してきた騎士の息子であるが、謹厳実直きんげんじっちょくが認められ、数日後、大々的なパレードで結婚式を挙げることが決まっていた。


結婚式前夜、ルーカスはその腕枕で眠るハーレルイのサクランボのような可愛らしい唇におやすみのキスを贈り目を閉じた。


結婚式当日の朝。ルーカスはひとり目覚めたが、花嫁は忙しいと聞いていたので何の疑いもなく、欠伸しながらベッドを抜け出し、朝のルーティーンであるバナナスムージーを作り始める。


いよいよ何かおかしいと思い始めたのは、パレードを一人でこなした時だった。魔女が見当たらない。式場に着いても控え室にも誰もいない。


きっと来る。ハーレルイは必ず僕のもとに来る。

不安な気持ちのままルーカスは、ハーレクイーンに手を添えられて現れるハーレルイの姿を夢見て待ち続けた。


そこへ、式場の天井付近、ステンドグラスの明かり取り窓から光の粒子がキラキラと降り注ぎ、ハーレルイの蜃気楼がルーカスの腕の中に舞い降りた。


「ルーカス遅れてごめんなさい。ああ。貴方と離れたくない。誰よりも愛してます。」

蜃気楼に揺れるハーレルイは今にも消えそうだった。

「ルイ!愛してる!」

ルーカスはハーレルイを抱き締めて口付けを交わす。熱く痺れる一瞬の交わりは、ハーレルイがルーカスを押し離し、何が起きたのか理解できない表情のルーカスは、ハーレルイの幸せそうな微笑みをとらえた。


ハーレルイの最後の笑顔。蜃気楼の光の粒子が、真っ白な何かに飲み込まれるように消えていった。


その日を最後に魔女はいなくなった。



魔女が世界から消えて、ぽつりぽつりとハーレ公国から人々が追い出され、いつしかハーレ公国は人々の記憶からも消えていった。


ただひとり。ルーカスを除いて。


ひとりになったルーカスは、故郷に戻ると爵位が与えられ騎士団長として迎えられて歓迎された。


謹厳実直の噂が故郷に届いていた為だ。


故郷の地でルーカスはハーレの二つの法を、誰にでもわかりやすく十戒に改定し広めた。


一、全知全能の神は唯一無二。みだりに偶像を崇めてはならない。


二、神は全て見通している。その名をみだりに呼んではならない。


三、安息日を記憶し祈り己を振り返る日と定めよ。


四、父と母、祖先を敬いなさい。


五、誰かを破壊し排除することが殺すことであり、何人も裁きを受ける。大切にし価値を与え受け入れ赦すということが殺さないということである。


六、姦淫を犯してはならない。人の妻に淫らな目を向けたなら既に心の中でその女を犯したのである。右の目が犯したのなら抉り出してでも捨てなさい。右の手が犯したのなら切り捨てよ。全身が地獄に落ちるよりましであると思いなさい。


七、盗みをしてはならない。


八、嘘、偽りで人を騙してはならない。


九、他人の妻に恋慕してはならない。


十、他人の幸せを貪り己の物に出来ると思わないこと。


なるほど、どうして、六と九はルーカスの私情がゲホンゴホンッ。


そうしてルーカスは故郷の地で聖者となり、十戒を広めて安寧と秩序を世界に取り戻してゆくのだが。


ルーカスは、ずっと考えていた。

あの、ルーカスを突き放しながらも、幸せそうに微笑むルイの笑顔の意味を。


   ༓༊༅͙̥̇⁺೨*˚·


考えても、考えても、答えは見つけられなかった。


ただ、思い出したことがある。


ルイは真実の愛でしか死ねないと。


ルイにもらった魔女の祝福の指輪は、ルーカスの左薬指に光っていた。


ルイはどこかで生きている。


そして、ルーカスがルイを思い続けて亡くなった時、ルイは永劫の輪廻から解放されるのだろう。


「いやだ。」

聖者の弟子達に見守られた死の床で、ルーカスは足掻いた。


左薬指から祝福の指輪を抜き取ると、とても幸せそうに目を閉じた。


これでまたルイに会える。


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