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鏡の国のベルダ

瘴魔の森と呼ばれる樹海の正式名称は、イラティの森。とても美しく、神秘に包まれた神聖な森として愛されてきた。


それは、この星に長く続いた温暖期から寒冷期に変わる時、全てが変わってしまった。


戦争による大虐殺、火山噴火、疫病、世界を襲った大飢饉はこの星に住む全ての生き物の在り方を変えた。


それはイラティの森に住んでいたいにしえの魔女ハーレ一族いちぞくも例外ではなかった。が。


魔女が危惧し恐れたのはそれではない。


わざわい十重二十重とえはたえ


大飢饉とともに訪れたそれが、世界を破滅させたのは一瞬だった。


真空崩壊。


この星が生まれた時、何億光年と離れた場所でそれは起こっていた。仮説として存在したそれは長い時間をかけて訪れた。宇宙の崩壊と再生のはじまり。


光速よりも早く、宇宙の膨張よりも遅いそれが世界の終わりとともにこの星を飲み込んだ時、時間遡行のハーレマリーは当日の朝に戻った。


星読みのハーレシュッテから聞かされていた世界の終わりとはじまり、宇宙のどこかではじまった真空崩壊がこの星を飲み込むのは一瞬。


エネルギーとは一定であり、そのままか、あるいは変化し、存在し続ける。


新たに宇宙が生まれ変わる光の波に、ハーレ一族は逆らった。


ハーレマリーは全世界に散らばった魔女に向けて紙飛行機を飛ばした。破滅と再生の時がやってきたと。


その日、その時、若くしてハーレ一族を率いていたハーレクイーンは、類い稀なる能力の持ち主ハーレルイに望みを託した。


ハーレクイーンのみが代々受け継ぐ奥義ハーレクイーンオブハート発動。ハーレ一族の力を一つに集め放出する守りの力は、世界を異次元ポケットに収納する。


たったひとり残されたハーレルイは、時間が足りず収納しきれなかった世界の欠片と運命をともにした。


そして全てが消え、真っ白な世界から再生がはじまる。


何億年と時が流れる中に人が生きられる星が生まれ、分子分解されたハーレルイが再生されて生き返る。


真実の愛でしか死ねないハーレルイの復活。


異次元ポケットから世界を取り出すと、ハーレルイの右薬指に指輪が戻った。異次元ポケット内は時間停止が起こるが、収納された世界はその世界の中で回っていた。


収納された世界にいたルイの愛する人は、何億年も前に亡くなっていたことをルイは指輪の再生とともに知る。


あの日、異次元ポケットに収納した、ボロボロに朽ち果てた世界が、色鮮やかに息を吹き返した世界へと変わっている。


しかしそこに、ルイの愛するルーカスの姿はなかった。


懐かしい、二人過ごした山小屋に向かう。


ルーカスはいない。


ルーカスと四季を過ごした、森の湖に足が向く。


誰もいない湖に足を踏み入れ、とぷん、とハーレルイは湖に沈んだ。


仲間も恋人もいなくなった世界に何の未練もないが、死ぬ事もままならない。


儚く美しいこの世界、どうか私を殺してください。涙は涙にならずに湖に溶けてゆく。


ゆらゆらと揺らめく朝日の反射が湖の底まで照らしている。


『そんなことをしても死ねないだろう?』


朝日に照らされる光の影となって彼は姿を現した。


   ༓༊༅͙̥̇⁺೨*˚·


鏡の国の第一王子ベルダは小さい頃からやんちゃで魔法の才能にも恵まれて、次期国王として期待されていた。


しかしベルダは外の世界が好きだった。


鏡の国では全てベルダの思うがままだった。叶えられない望みなど存在しない。


けれど外の世界は違う。思うがままに自由にならない。だがそれがいいとベルダは思っていた。


悪戯仲間にハーレルイが加わった。ちっこい大精霊を従えて右往左往する大魔女達を見るのが面白かった。


ある日大魔女が言った。国に帰り精進すれば世界を救えると。


長く語る声は子守唄にしか聞こえなかった。


『他の誰かがやるだろう』と言ったのはどの大精霊だったか。

その場その時になってもそれを言えるならそれでいい、大魔女はくるりと背を向けた。


『無責任な魔女だ。言いたい事だけ言って消えやがって』『そこは尻叩いてでもやれって言うべきなんじゃないの』『これで世界が救えなかったらあの魔女のせいだな』

どの大精霊がどれを言ったのかは覚えていない。大魔女のせいにできたと思い込んだのが間違いだった。


ベルダは知っていた。生まれたばかりの赤子が産ぶ声をあげて息をする事を覚えるように。生まれて初めて魔法を使って魔力切れでぶっ倒れた時に。


過ぎた力にはそれを必要とする時が訪れる。それを背負った者はそれを行使する責任が伴う。責任を放棄する者にはそれ相応の因果が待ち受ける。


大精霊にそれを大魔女が告げたなら大精霊も知っているのだ。


けれど大精霊は知らなかった(・・・・・・)、それを大魔女が知っている(・・・・・)ということを。


幼さ故か、無知故か。問題はそこではない。知っていてどうしたかが問題なのだ。


戦争が広がり出したと気付いた時にはもう手遅れだった。人間同士の殴り合いがいつのまにか、大地を揺るがし大海を干上がらせた。


未知の疫病に火山噴火、旱魃かんばつの後には大洪水、世界は未曾有の大飢饉に襲われたのである。


大勢いた大精霊は星を守る為に力を失い消えていった。そこへ光の波が到達する直前、ハーレクイーンが四大精霊を異次元ポケットへといざなう。


『他の誰かがやるだろう』と言った気の大精霊は一歩遅れて半身に光を帯びると分裂した。


ひとつ、またひとつ。魔女の魂が消えていき光にのまれる。


湖に遊びに来ていたベルダは国に帰る時間がなかった。そのまま湖に取り残されて閉じ込められた。


鏡の国はベルダに救いを求めながら光にのまれていく。ベルダがいれば、少しは救えたかもしれない。ハーレクイーンとリンクさえ出来ていれば、しかしレベル差があり過ぎて弾かれてしまった。


救えたはずの故郷は気配も残さず光の粒となったのに。ベルダは湖の底、魔女が残した夕日の幻影にゆらゆらと照らされて漂いながら、ハーレクイーンの最後の言葉だけがベルダの生きる希望となった。


『ハーレルイを頼む』

森の中の山小屋で、異次元ポケットを持ったダイニングテーブルへと生まれ変わったハーレクイーンはその言葉を最後に声を失った。

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