魔王は何処に
蟻地獄以降私は下を向いて歩くようになっていた。
二度も嵌ったりしたら申し訳ないからだ。
まあ嵌ったとしてもまた不味そうだと捨てられる可能性もあるが…。
「魔物だ。構えろ」
先頭を歩いていたアルが前方にハイエナのような魔物が迫ってきているのに気付き、みんな武器を取り構えた。
魔物は私達に近付くにつれ徐々にスピードを上げ、一番手前にいたアルに飛びついた。
私も『雷電』と『ヒーリング』を使って応戦するも明らかに今までの敵とは違う。
そう感じたのは統率がとれておりレベルの高いアル達が苦戦していたからだ。
私は一か八か起死回生の『祈る』を唱えた。
今度は失敗しませんように!と呪文とは関係なく必死で祈ると魔物達の体が光った。
これはまた失敗したのか?
不安に感じていると「ギャン!」アル達の反撃で魔物の鳴き声が響いた。
「弱体化している。今だ!」
アル達は一斉に攻撃をしかけ魔物を撃退した。
何とか倒して胸を撫で下ろしていると左上がチカチカ光っていた。
もしかしてと思いパネルを出した。
職業:ヒーラー
LV:28
スキル:ヒーリングLV4、祈るLV3、雷電LV3、氷結LV1
特殊スキル:悪霊退散
魔王召喚
氷結ってお酒か!
新たなスキルに突っ込まずにはいられなかった。
「ユア、もしかして…」
「うん。レベルが上がっていたのと氷系の呪文が増えてた」
パネルを確認する私にアルが声をかけてきた。
「この砂漠地帯で氷系の呪文は使えるわね」
「ああ。雷よりも氷に弱い敵の方が多いからな」
そうなんだ。
エレアノールとロドルフの言葉にやる気が出てきた。
この調子で砂漠地帯を乗り切るぞ!
そして幾度か魔物との戦闘を繰り返しLVが32になった頃、オアシスの町に到着した。
やっと休めると思ったのも束の間、町には活気がなく路上に座り込む人達で溢れていた。
「何があったんだ?」
悲惨な町の状況にアルは顔をしかめた。
「町には町長がいるはずよ。町長に話を聞きに行きましょう」
エレアノールの提案で町長の家に向かったのだが…何、この豪邸…。
今の町の風景とはそぐわない程、煌びやかな屋敷が建てられていた。
町長が町の人達を苦しめているの?
皆、口には出さないが同じことを感じているようだ。
アルがドアノッカーを叩くと中から執事が出てきた。
「私はローレンベルクの王女エレアノール・フランチェスカ・オリアンヌ・ローレンベルクと申します。町長にお会いしたいのですが…」
「これはこれはローレンベルクの王女様。こんな田舎によくお越しくださいました。ささ、中へどうぞ」
エレアノールが名乗ると中から宝石を指にジャラジャラつけた恰幅のいい中年親父が出てきて私達を招き入れた。
屋敷の中も金ピカで目がチカチカする。
「悪趣味だな…」
隣を歩いていたヴァルがポツリと呟いた。
同意見だが声に出すのは止めようね。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
応接室に通されると町長は豪華なソファーに腰を掛けた。
「シュレナバールの国に向かう途中で寄らせて頂いたのですが…この町の現状は一体どうなっているのですか?」
エレアノールが問いただすと町長が豹変した。
「この町の管理は私が任されているのだ!お前達には関係の無い話だろう!!気に入らないのなら出ていけ!!」
バタバタと兵士達が私達を取り囲んだ。
「こいつらを牢に閉じ込めておけ!!」
町長の命令で私達を捕らえようと兵士達が詰め寄った。
「触るな!!」
兵士達はヴァルの腕を無理やり掴んで連れて行こうとしていた。
「止めてーーーー!!」
私がヴァルを抱きしめると体が光り出し、辺り一面を照らす。
これは『悪霊退散』?
「ぐわぁぁぁぁぁ…!!」
耳をつんざくような叫び声が聞こえ振り返ると町長の体から町長とは別の顔をした霊体が出てきた。
『おのれ…小娘。覚えていろよ!』
霊体は苦しそうな顔をしながら消え去って行った。
霊体という事は本体は別にある?
「う…う~ん…」
倒れていた町長が頭を押さえながら目を覚ました。
「あれ?ここはどこだ?私は一体…?」
そこには先程とは打って変わって人の良さそうな顔をした町長がいた。
私達が事情を説明すると町長はとても驚いていた。
「何てことだ…。私の所為で町が…」
「何か悪いモノに憑りつかれた記憶はありませんか?」
エレアノールの言葉に町長は思い出したように話始めた。
「そういえばこの辺にある遺跡で妙な光を見たという話を聞き調べに行ったのです。最初は何も無いただの遺跡だったのですが、途中まで歩いてからの記憶が全く無くて…」
その時に憑りつかれたのだろうか?
「調べてみる必要がありそうだな」
ですよね。
幽霊退治か…気は進まないが『悪霊退散』が使える私が行かないわけにはいかないよね。
「ユアはここに残れ」
はいはい。行きますよ…ん?今、残れって言った?
「あの魔物は町長の体から追い出したユアを狙う可能性がある。危険だからここに残って欲しい」
「でも『悪霊退散』が使えるのは私しかいないんだよ?」
「以前にも話したが、特殊スキルはいつどうやって発動するか分からないから当てに出来ない」
つまりお荷物って訳ですね。
頑張ってるのにはっきり言われると泣きたくなる。
しかしレベルの低い私が無理についていくメリットも無いため素直に頷いた。
アルは優しく微笑むと私の頭を撫でて出発した。
「皆、大丈夫かな…」
「あいつが自分から言い出したことなんだからほっとけば」
誰に言うわけでもなく呟いた言葉に返答があり驚いた。
隣に顔をを向けるとヴァルが立っていた。
「ヴァルは行かないの?」
「は?何で俺があいつらに付いていかなきゃならないんだよ」
まあ確かに。
「一緒にいてくれるの?」
そう尋ねるとヴァルは照れているのかそっぽを向いた。
「まあ一緒にいてやってもいいけど」
「ありがとう。心強いよ」
ヴァルにお礼を言うと返事の代わりに耳が赤く染まっていた。
その夜。屋敷に泊まらせてもらう事になった私達は就寝していた。
寝返りを打つ際に薄っすらと目を開けると隣で寝ていたはずのヴァルがいなくなっていた。
「ヴァル?」
声をかけるも返事が無く、私は部屋を出た。
ヴァルを探して廊下を歩いていると空き部屋から話し声が漏れ聞こえてきた。
「…貴方の…ここに…」
話しの内容は分からなかったが、この声には聞き覚えがある。
昼間の悪霊の声だ!!
私はドア越しに聞き耳を立てた。
「私は決して貴方様をご不快にさせるつもりは…」
「お前のような小物が手を出していいモノではない…思い知れ!」
「ギャアーーー!!」
恐ろしい悲鳴が聞こえてきて思わず扉から離れた。
怯えていたのは昼間の魔物で間違いない。
しかしもう一人は…とても恐ろしく身の毛もよだつような声音に鳥肌が立った。
恐る恐る再び扉に耳を当てると悲鳴は聞こえなくなった。
「分かったら私の前から姿を消せ」
「魔王様の仰せのままに」
悲鳴を上げそうになり、口を押えた。
今、魔王って言った!?
魔王がこの屋敷にいるの!?
部屋から人の気配を感じなくなりそっと扉を開けた。
そこには布が被せられた家具などが置かれているだけで誰もいなかった。
「何やってんだよ」
呆然と部屋の中を眺めていると廊下から声をかけられて飛び上がった。
振り返ると眠そうな顔で歩いてくるヴァルがいた。
「い…今、ここに…魔王が…」
震える手で室内を指差すとヴァルは部屋の中を覗き込んだ。
「誰もいないけど?」
「そ…そうなんだけど。確かに聞いたのよ。魔王様って!」
「寝ぼけてたんじゃないのか?明日も早いしもう寝るぞ」
ヴァルは部屋に向かって歩き出した。
しかしそこでふと疑問に思った。
そういえばヴァル、こちら側から来たけどどこにいたんだろう…?
ヴァルが歩いてきた先は私達の部屋以外は何もない場所なのだった。
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