勘違いは致しません
私は今、とても上機嫌だ。
二日の時を経てようやく念願の…お風呂にありつけたからだ!
グリフォンとの闘いで汗まみれ泥まみれになった私に待ち受けていたのは水がまだ通っていないという衝撃の事実だった。
これには流石の私も気絶した。
そんな私を憐れに思った女将さんが町の人達に頼んで急ピッチで管を修復してくれたのだ。
丸二日の気絶から目覚めるとそこには心配そうに見つめるアルといつも通り無表情のヴァルがいた。
顔立ちの良い二人に囲まれてここは天国か?と一瞬混乱した。
そして目覚めた私に待っていたご褒美がお風呂というわけだ。
丸々二日爆睡し、お風呂に入りピカピカになった私のお肌はつやつやと輝いていた。
さてそれでは聖剣を目指してレッツゴー!…とはいかなかった。
「折角だしユアの服を新調しようと思う」
アルの提案だった。
皆さん、私が召喚させられた時に着ていた服を覚えておいでだろうか。
お忘れだと思うが私の恰好はここまでずっとジャージである。
一着しかないのに洗っていたのかって?
それはもちろん。
洗った後はエレアノールが風魔法で乾かしてくれていたので問題なしだ。
あのエレアノールがよく協力してくれたなと思っているかもしれないが、あの方は王女様。
不潔な人間を傍に置いておくくらいなら魔法でも何でも協力してやるわ!というところである。
そんなこんなで私達は服屋に向かったのだが…。
「いまいち。次」
着替え直した後、フィッティングルームのカーテンを開いた。
「ユアにはもう少し可愛い感じの方がいいかも」
何故かヴァルとアルが張り切っているのだ。
終いには…。
「なんか物足りないな…」
「スカートを短くしてみたらどうかな?」
何か意気投合してません?
普段は決して仲が良いとはいえない雰囲気なのに。
結局二人が納得したのは白いチュニックカットソーをボリュームのあるスカートスタイルにしてブラウンのコルセットを腰に付けた可愛い服に、足元はコルセットと同色のロングブーツで素足は少ししか見せません。
…って喪女の私がこんな恥ずかしい服着れるか!!
しかし大満足の二人に意見する事など出来ずついでに髪も可愛く結ってもらい、私のファッションショーは幕を下ろした。
「あら?少しはまともになったじゃない」
張り切るアルとヴァルに呆れて途中でロドルフと買い出しに出ていたエレアノールと合流して開口一番に言われたコメントがこれだ。
前はよっぽど酷かったのね。
「じゃあ、次の目的地に向かうとしようか」
「北に向かうならシュレナバールの国から船で渡るのが一番近いわね」
「だがあそこの国に行くには…」
三人が私を見た。
え?何?何かマズい事でもあるの?
「大丈夫。ユアもレベルが上がってグリフォンを撃退するくらいに成長できたし。それに何かあれば俺が守るから」
カッコいい言葉に思わず…惚れませんからね。
アルは正義感の強い男性だから誰かを守るのが大好きだって知っていますから。
隣でヴァルが小さく舌打ちをしてドキッとしたが他の三人には聞こえておらず胸を撫で下ろした。
何か最近私ヴァルの保護者みたいになってるな。
「そうと決まればまずは馬車を探さないとな」
「安く乗せてくれる馬車があるといいが…」
「大丈夫よ。いざとなれば王女の権限を使うから」
うん。一番頼もしいのはエレアノールだな。
こうして私達はシュレナバールの国を目指して出発したのだったが…。
私は横目で右と左を交互に見て項垂れた。
何故こうなった?
それは馬車に乗り込む時だった。
レディーファーストとしてエレアノールと私がアルのエスコートで馬車に乗り込んだ。
エレアノールの隣に座るのも気が引けたので向かいに座ると次にヴァルが乗り込んできた。
ヴァルは私の左側に座った。
これは想定内だ。
次にロドルフが乗り込みエレアノールの隣に座った。
これも想定内だ。
最後にアルが乗り込んできて私の右隣に座った。ん?私の右側??
ヴァルと驚いて二人で右側に顔を向けた。
するとアルは『何か問題でも?』と言いたげに神々しい笑みを私達に向けてきた。
いやいや。あなたの席はあっちでしょ!
目で訴えるもアルには届かず私の隣でくつろぎ始めたのだった。
回想終了。
隣にアルが座っている事は実はさほど問題ではないのだ。
問題は…目の前に座るエレアノールの目が怖い事だ。
あれ絶対勘違いしているよね。
大丈夫です。私はちゃんと弁えていますから。
アルもきっと何かあったら守る宣言をした手前、隣に座っているだけですよ。
目のやり場に困った私は目を閉じた。
馬車がガタリと揺れ、ハッと顔を上げた。
どうやら眠っていたようだ。
しかもヴァルに寄りかかった状態で。
「ヴァルごめん。重かったでしょ」
こんな小さな体に寄りかかるなんて…また嫌味言われるかも。
「別に。重くないし」
しかし私の心配を余所にヴァルは嫌味を言うことなくそっぽを向いた。
首を傾げていると今度は後ろから溜息が聞こえてきた。
何事かと振り返るとアルが疲れた表情を浮かべていた。
私が寝ている間に何かあったのだろうか?
そうこうしているうちに馬車は目的地に到着した。
馬車を降りて驚いた。
眼前に広がっていたのは一面砂、砂、砂…。
つまり砂漠である。
「砂漠は夜に歩く方が体力を使わなくて済むからそれまでここで待機だ」
私の隣に立っていたアルが説明してくれた。
なるほど皆が心配していたのは体力の無い私が砂漠を超えられるかどうかって事か。
こればかりは歩いてみないと分からないけど、頑張るしかない!
夕方まで待機した私達は出発した。
日が暮れるにつれて寒さを感じて身震いするとアルがマントをかけてくれた。
「砂漠の夜は冷えるからこれを着ているといいよ」
紳士っすね。
ほのぼのと先頭に戻るアルの後姿を眺めているとヴァルが隣で舌打ちした。
ど…どうした?
ヴァルを見下ろすとヴァルが不機嫌そうに呟いた。
「お前、ああいうのが好きなのか?」
………?
好きとは仲間として?人として?異性として?
「仲間としては好きだよ。いつも励ましてくれるし。人としては尊敬してる。困っている人を率先して助けるなんて中々出来ない事だから。異性としては…アイドル的な感じかな?」
「アイドルって何だ?」
ヴァルの眉間に皺が寄った。
「アイドルっていうのはカッコいい人が大勢の女性を喜ばせる仕事っていうのかな?私はその大勢の中の一人だから恋愛対象には入らないの。それに勇者様っていうのは魔王を倒した後はお姫様と結婚するっていうのが定番なのよ」
「じゃあ、俺は?」
「ヴァル?ヴァルはそうだな…大人になったら私好みの男性になるかも」
ヴァルの大人姿を想像しながらにやけた。
絶対どストライク間違いなしだ。
「そ…そうか…」
ヴァルはちょっと照れたように俯いた。
ヴァルも男の子だな。
異性の反応が気になるなんて。
でも君ならこんな喪女の私じゃなくても褒めてくれる女性は沢山いると思うよ。
辺りはすっかり暗くなり満点の星空が空に輝いていた。
私が綺麗な星空に感動して眺めているとズルと足を取られた。
慌てて下に視線を移すと足はズルズルと砂の波に吸い込まれていく。
これには見覚えがある。
これは砂漠で有名な…。
ぽっかり空いた穴の中央にガチガチと歯を合わせる巨大な昆虫。
蟻地獄だーーーー!!
「ユア!!」
アル達が駆け付け私を引っ張り出そうとするも私の体はどんどん砂の波に飲み込まれていく。
下で待ち受けるあいつは間抜けなご馳走を前にご満悦に歯を鳴らしている。
最後は昆虫に食べられて死ぬとか嫌だー!!
泣きながらもがいていると突然砂の動きが止まった。
今のうちにとアルとロドルフが私を引き上げてくれた。
地面に手をつき蟻地獄に視線を戻すと先程までいたはずの昆虫がいなくなっている。
もしかしてこいつ不味そうとか思われた?
昆虫にまで嫌われる私って一体…。
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