初のサブイベント
今度はヴァルと入れ違いにアルノルドがやってきた。
振り返った私を見てアルノルドは驚いた。
「ユア、眼鏡は?」
「それが自分にヒーリングをかけたら眼鏡が無くても見えるようになったの」
喜ぶ私にアルノルドの表情が緩んだ。
「ユア。少し話せないか?」
緊張しているアルノルドに頷くとホッとしたような表情を浮かべた。
立ち話もなんだし近くの石に腰掛けた。
アルノルドは私の隣に座るなり頭を下げた。
「さっきはごめん。ユアを傷付けるつもりはなかったんだけど…つい熱くなった」
「私の方こそごめんなさい。自分の意見を押し付け過ぎて…」
「いや。ユアの言いたい事も分かる。だけど、俺達人間と魔物は修復出来ない所まで来てしまっているんだ」
この世界で生きてきた人にしかわからない苦悩がアルノルド達にはあるのだろう。
それこそ異世界人の私には踏み込めない領域だ。
だけど…。
『この世界はおかしい方向に歪められている』
先程のヴァルの言葉が頭を過った。
私と同じ意見の人間もいるという事は修復出来ないと思い込んでいるだけとも受け取れる。
けれどアルノルドにはアルノルドの考えがあり、それを私がとやかく言う資格は無い。
「まだ正直レベル上げの為に魔物を倒すのは抵抗あるけど、私なりに頑張ってみる」
微笑みかけるとアルノルドの目が見開かれた。
そういえば以前も私が笑ったらアルノルドは微妙な顔をしていたな。
「ごめんなさい。私、笑うのが苦手で…」
顔を背けるとアルノルドが慌てて訂正した。
「そうじゃなくて眼鏡の無いユラがその…可愛い…と思って」
振り返るとアルノルドが赤い顔を隠しながら困った表情を浮かべていた。
それにつられて私の顔も赤くなった。
男性に可愛いなんて生まれてこの方一度も言われた事ない。
「あ、その、ヴァルが眼鏡は無い方が良いって…」
「ヴァルって?」
「あの子の名前なんだって。呼んでもいいって言ってくれたの」
嬉しそうに話す私にアルノルドは複雑そうに笑った。
「そう。良かったね」
アルノルドは少し考え込んでから口を開いた。
「ユア。俺もアルって呼んでくれないか?」
突然の申し出に固まった。
それは愛称で呼べって事だよね。
メンバーに迷惑をかけている段階なのに愛称で呼ぶのは少し抵抗がある。
悩んでいるとアルノルドが私の手の上に手を重ねてきた。
男の人に触れられた事などなく一瞬体が震えた。
手が熱い…。
「俺はもっとユアと仲良くなりたいんだ」
切なそうな顔に断るのが申し訳なくなってきた。
「じゃあ…アル…さん」
「アルだけでいいよ」
嬉しそうに微笑むアルに私は頷く事しかできなかった。
天気の良い爽やかな朝の空に目を細めた。
裸眼でこんなに綺麗に景色が見えるようになるなんて…医者いらずだな。
そしてもう一つ爽やかに感じる理由があった。
昨日、自分にヒーリングをかけてから疲れと筋肉痛が一気に消え去ったのだ!
これは私にとってとても画期的でヒーリングはこの旅には欠かせないスキルとなった。
この時ばかりは『ヒーラーで良かった!!』と喜ばずにはいられなかった。
それに気付いた私は早速昨日のうちに皆にヒーリングをかけてあげたのだ。
その結果…。
「今日はとても体が軽いわ」
「ユアのヒーリングのお陰だね」
「こういうスキルの使い方もあるのか…」
皆、とても喜んでくれた。
上機嫌で森を抜けると広大な大地と塀に囲まれた町が見えてきた。
途中、森で魔物に遭遇もしたがテンションアゲアゲな私はレベルもアゲアゲで絶好調だ。
気付けば序盤でLV23にまで達していた。
使えるスキルに新しく『雷電』という攻撃魔法が表示されていた時は嬉しかった。
ヒーリング以外が漢字のスキルっていうのは引っかかるが、今まで杖で叩くしか攻撃出来なかった私が後方でも攻撃出来るようになったのだ。
これは私にとってとても有難いことだった。
ちなみに三人のLVは50前後らしく追い付くのも夢ではなくなってきた。
「今日はあの町で休もう」
先頭を歩くアルが嬉しい事を言ってくれた。
だって町に泊まるという事は…お風呂に入れる!!
森にいる間はずっと水風呂で、しかもいつ魔物が襲ってくるかわからない場所で全裸になって入るのは中々スリリングだった。
まあ一番の衝撃はエレアノールの体型だったが…思わず自分と見比べてしまったよ。
それは置いといて、今日はゆっくり汗を洗い流せるのだ。
可能なら明日の朝、出発する前にも入っておこう。
町に到着すると以前の上品な感じの町とは違い活気に溢れていた。
沢山のお店が軒を連ね、店員さん達の誘い文句がそこら中に響いていた。
店員さん達の活気に当てられながら田舎者丸出し状態で町を見回した。
「恥ずかしいわね。真っ直ぐ向いて歩きなさい」
王女様でもあるエレアノールに注意されしょんぼりした。
「ユアには珍しい光景なんだよ。どこか寄りたい所があったら言ってね」
アルは優しいな。
しかしお荷物の私が皆さんのお手を煩わせるわけにはいかない。
気を引き締め直して宿屋に向かった。
久しぶりのお風呂にありつけると意気揚々と宿屋の門をくぐったのだが…。
な…な…な…何てことだ!!!!!
宿屋に着いて早々、女将さんに言われた一言に『雷電』が走った。
「ごめんなさいね。水の出が悪くて、今はお風呂が使えないの…。水桶は用意するからお風呂抜きでも良ければ泊って行って」
「どうして水の出が悪いのですか!?」
いつもはアル達に任せっきりの私も今回ばかりは黙ってはいられない。
だってお風呂に入れないとか…由々しき事態だ!!
アルよりも先に女将さんに詰め寄ると、私のあまりの剣幕に女将さんが怯えた。
「こらこら。女将さんを怖がらせちゃ駄目でしょ」
アルが私と女将さんの間に割って入った。
女将さんはイケメンアルに頬を赤く染めていた。
「水が出ないというのはどうしてですか?」
それさっき私が聞いた質問ですが…。
アルが優しく女将さんに尋ねると我に返った女将さんが説明してくれた。
「実はこの町は近くの山から水を引いているんだけど、最近そこに強い魔物が居座ったようでね。どうやら水を引いていた管を壊したみたいなんだ。修理に行きたくても魔物が強すぎて近付けないし、冒険者達に依頼をしても皆怪我して帰ってくるばかりで…ほんと困っているんだよ」
「女将さん!私達に任せて下さい!!」
私は勢いよく女将さんの手を取り握りしめた。
「困っている人を助けるのは勇者の務めなんですよね!?」
女将さんの手を握りしめながら斜め後ろのアルを見上げた。
「あ…うん…そうだよ」
「皆さん!直ぐに出発しましょう!!」
アルの返答を聞くや否や私はいつになく闘志を燃やした。
他の二人は『お前魔物を倒すの反対派じゃなかったか?』って顔をしているが、今はそんな事を言っている場合ではない!
私の癒しのお風呂タイムの為にも、絶対魔物を泣かせてやるんだから!!
と意気込んで来たものの…山、険しくない?
目の前にそびえ立つ山を眺めてすでに戦意喪失気味である。
「よし。行くぞ」
気合を入れたアルに続いて山登りを開始した。
「この山、魔物がいないわね」
「恐らく先に来た冒険者達に駆逐されたんだろう」
エレアノールが周囲を警戒しながら呟くと、隣を歩くロドルフが返答した。
森のほとんどの魔物を駆逐できる冒険者達が倒せない魔物か。
皆の邪魔にならないように頑張ろ!
管を伝って歩いていくと深そうな洞窟に辿り着いた。
「管はこの洞窟に繋がっているな」
「だとすると魔物はこの中か」
アルとロドルフが警戒しながら洞窟の中を窺った。
私はギュッと杖を握りしめた。
「この先に例の魔物がいるかもしれない。警戒を怠るなよ」
アルの言葉に一同は静かに頷き、私は何度も勢いよく頷いた。
洞窟は鍾乳洞のようでそこらかしこで『ぴちょんぴちょん』と恐怖心を煽るような水滴が落ちていた。
私は震えながら隣を歩くヴァルの袖を掴んで歩いた。
払いのけられるかと思ったが、ヴァルは呆れ顔で受け入れてくれていた。
入り組んだ内部を歩いていると開けた場所に出て、管はそこで引き裂かれたように無残な状態になっていた。
私達が壊れた管を眺めていると背後に「グルルルル…」と威嚇するような声が聞こえてきた。
次の瞬間、何かが空気を切り裂いた。
私はヴァルに引っ張られ後ろに引かれた。
他の皆は一早く察知し各自で避けていた。
どんくさくてすみません。
体勢を立て直すと目の前に大きな巨大な鳥が地面をガリガリと掻き裂いていた。
その目は常軌を逸しており、我を失っているような感じだった。
「あれはグリフォンだ!!」
グリフォンってあの幻獣の!?
「グガァァァァァァァ…!!」
グリフォンは咆哮を上げると巨大な翼を羽ばたかせて宙に浮いた。
そして加速して私達目がけて鋭い爪を振り下ろした。
振り下ろされた先の岩はグリフォンの生々しい爪痕が残された。
勇者御一行はそれぞれに攻撃を仕掛けるもグリフォンの羽ばたく風に邪魔をされて思うように攻撃が届かない。
何か方法はないか考えていた私の脳内に不思議な声が響いてきた。
『人間共!私の子供を返せ!!』
読んで頂きありがとうございます。