不思議な少年
私達は黒髪の少年を連れて宿屋に戻った。
少年は高熱を出しており意識がほとんど無い状態だった。
「夜の森に倒れていたなんて怪しくない?」
宿に戻ると二人にも事情を説明した。
二人とも私を探してくれていたらしく申し訳なく思う反面、少し嬉しかった。
「けど熱もあるし放ってはおけなかった」
警戒するエレアノールをアルノルドが説得するとエレアノールは渋々了承した。
とりあえずアルノルドのベッドに少年を寝かせることになったのだが。
「あの…私がこの子を看ているので皆さんは休んで下さい」
この子を見つけたのは私だし、夜遅くまで私の所為で睡眠時間を減らしてしまった申し訳なさから看病を申し出た。
「ユア。君だって疲れているんだから無理しなくていいよ」
私は首を振った。
「大丈夫です。まだそんなに眠くないし、それにこれくらいしか私の出来る事はないので…」
「ユア。自分を卑下する必要はないよ。誰だって最初から完璧な人間なんていないのだから」
アルノルドは私の肩に両手を置いて慰めてくれた。
「ありがとうございます。でもこの子は私が見つけた子だし、最後まで責任を持って看てあげたいんです」
そう、アルノルドが私にしてくれているように。
私の決意にアルノルドが少しだけ目を見張った。
「わかったよ。だけどくれぐれも無理しないでね」
私が頷くと三人は部屋を出ていった。
アルノルドとロドルフは恐らくもう一部屋借りにいったのだろう。
「うっ…」
少年が苦しそうに唸ると首からチャリっとペンダントがずり落ちてきた。
真っ赤なハート型の宝石を守るように銀色の羽が両側から包み込んでいた。
そのペンダントを眺めながら私は温くなった額のタオルを水で冷やし当て直した。
そういえば私ってヒールが使えるんだよね?
この子にヒールをかけたら治らないかな?
どうやって使うのか分からないからとりあえずよく見る手から放出するつもりで少年に手のひらを向けた。
「『ヒール』」
一度唱えてみたかったんだよね。
ニヤついていると手のひらからぽわっと小さな薄緑色の光が出た。
こ…これがヒール!
初魔法にちょっと感動。
しかし少年の熱が下がる事はなかった。
まあLV1だし、しょうがないよね。
「…い…おい…重い!!」
ハッと顔を上げると綺麗な顔立ちの黒髪の少年が体を起こして黒い瞳で私を睨んでいた。
「あ、元気になったの?」
私が少年のおでこに手を当てるとその手を払われた。
「気安く触るな」
私は行き場を無くした手を自分のおでこに当てた。
うん。手が冷たいし彼の熱は下がったようだ。
「ここはどこだ?」
「覚えてない?この町の近くの森で倒れていたんだよ」
私が説明すると少年は眉を寄せた。
エレアノールといいこの少年といい、良い顔に皺が増えますよ。
「何となく思い出してきた」
少年は口に手を当てて回想していた。
「それよりお前、俺を見て驚かないのか?」
驚くって何を?
可愛い顔以外は同じ日本人っぽい容姿の少年に驚くどころか懐かしさを感じる。
「おかしいな…。そういえばお前、俺達と似ているな」
俺達?
「お前は何者だ?」
何者と聞かれても…間違って召喚された日本人ですけど。
そんな事言ってもわからないよね。
「私は…ヒーラーです」
少年の目が大きく見開かれた。
あれ?ヒーラーって神官でもいるんだよね?そんなに珍しい職ではないと思うのだが?
「黒髪のヒーラー…」
え?何?黒髪だと何かマズいの?
「こんなことをしている場合じゃない。帰らないと…」
ベッドから起き上がろうとして少年はふらついた。
咄嗟に少年を助けようと手を出すと少年は驚いた顔で私を見上げた。
「お前…デカくないか?」
女性に対して失礼な。
セクハラで訴えるぞ。
それにチビにデカいとか言われたくないわ。
「子供の君からしたらデカいかもね」
トゲトゲしい言葉を投げかけると少年の目は再び見開かれた。
さっきから何をそんなに驚いているんだ?
「お前、今、子供って言ったか?」
「どこからどう見ても子供ですけど」
「か…鏡!鏡を寄越せ!」
偉そうに命令しないでもらえます?
私は近くにあった姿見を指差した。
少年は姿見に飛びつくと食入るように自分の姿を眺めた。
「な…何てことだ…」
少年は絶望した様子でその場に崩れ落ちた。
流石に心配になった私は少年に声をかけた。
「あの…事情はわからないけど、アルノルドさんならきっと君をお家まで送り届けてくれるから心配しなくていいよ」
「アルノルド?」
少年は悲観した顔を私に向けた。
こんな可愛い顔の子に悲しい顔はさせられない!
喜ばせなければ!
「そう!アルノルドさんはね、勇者様なのよ!」
男の子なら一度は憧れる職業勇者様にきっと目を輝かせて…ん?
すんごく顔が歪んでますけど!!
あれはかなり嫌いな時にしか出ないような顔だ。
勇者が嫌いなのか?
「今、勇者って言ったか…?」
地の底から響くような低音ボイスに背筋が震え、真っ青な顔で何度も頷いた。
しかし少年は何かを思いついたのか少し考え込んだ後、顔を上げた。
「なら送り届けてもらおうか」
何故か不敵な笑みなのは気のせいだろうか…。
「じゃあ、アルノルドさんに送ってもらえるか頼んでみるね」
「何で他人事なんだ?ヒーラーって事は仲間だろうからお前も一緒に行くんだろ?」
少年は首を傾げた。
「私は一人で生きていけるようになるまでの仲間だから…」
「なんだそれ?」
少年の眉間に皺が寄った。
「驚くかもしれないけど、私…この世界の人間じゃないの…」
頭がおかしいと思われていないか不安で視線を逸らした。
「間違って召喚されちゃったみたいで…LV1の使えないヒーラーなの…」
話しをしている内に情けなくなり指をいじりながら俯いた。
「だから優しいアルノルドさんが一人で生きていけるようになるまで面倒みてくれるって話になって…」
「ふ~ん。つまりお荷物ってわけか」
頭上に漬物石が落ちてきた。
塩漬けされて萎びれそうだ…。
ショックで凹む私を余所に少年は何かを思案しているようだ。
「分かった。じゃああんたが追い出されるまででいいから連れていけ」
だから人の話を聞いてました?
私に決める権限は無いんですって。
しばらくすると三人が部屋を訪れた。
アルノルドは真っ先に私に歩み寄った。
「ユア、大丈夫?疲れていない?」
「大丈夫に決まってるだろ。人の腹の上でグースカ寝てたんだから」
私の代わりに少年が呆れながら返事した。
「そういう君は元気になって良かった。ユアに感謝しろよ。一晩中看病してくれていたんだからな」
態度の悪い少年にアルノルドは苦笑いを浮かべた。
「俺は頼んでない。この女が勝手にやった事だ」
少年はそっぽを向いた。
「それより討伐に向かう途中まででいいのでこの子を送り届けてもらう事って出来ませんか…?」
お荷物がお荷物のお願いをするのは心苦しいが私では少年を送り届けてあげる事は出来ないし控えめにお願いしてみた。
「ああ、いいよ」
「ちょっとアル!」
声を上げたのはエレアノールだ。
「私達は重要な任務の途中なのよ。その…色々問題も抱えている中でこれ以上は…」
エレアノールは私をチラリと見た。
色々の問題の内の一つですね。
「困っている人を助けるのも勇者の務めだよ」
アルノルドにピシャリと言われ、エレアノールは押し黙った。
早く一人前になろう…。
こうして新たなお荷物と共に魔王討伐の旅が始まったのだった。
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