最弱のヒーラー
私の名前は二木 結愛。大学一年生。
突然ですが、皆さんはスライムにどんなイメージを持っていますか?
私は今までゲームや異世界転生で見たスライムのイメージが強く、丸くて、ちょっと可愛くて、「わるいスライムじゃないよ」が決め台詞のニクい奴だ。
では今、私の目の前にいるこのウネウネと蠢く気持ち悪い物体は何?
「ユア。そのスライムを倒せばレベルが上がるから」
暢気なヤジがこの物体をスライムと呼んでいる。
これ絶対私の知ってるスライムじゃないから!
しかしいつまでもこのままではいけない。
恐る恐る持っている杖で「エイッ!」と叩いた。
するとスライムはうにょーんと伸びて…増えた!!
現実なんて、現実なんて…知りたくなかったーーーー!!
私はごく普通の日本生まれの日本育ちの日本人。
不思議な力?
たとえば蚊に刺された所を指で撫でると不思議と痒みが取れるとか?
子供の時はもしかしたら手から何か出ているのかも!とバカな事を本気で考えていた。
そんな私の趣味はゲームに漫画に動画視聴という完全なオタク街道まっしぐらである。
学校が休みの今日もゲームをしようとワクワクしながらテレビの前に座ると突然地面が光った。
驚き下を見ると魔法陣のような紋様が描かれ…。
「成功したぞ!!」
多くの歓声が耳に響いた。
何が起きているのかわからない私は胡坐をかいた状態のまま固まった。
「聖女様だ!!」
「ああ!聖女様…か?」
最初の歓声は何処へやら、歓声が徐々に困惑へと変わった。
それもそのはず。
ジャージに眼鏡に髪ぼさの私のどこをどう見たら聖女になる?
とりあえずゲームの続きをしたいので帰してもらっていいですか?
ざわつく周囲を見渡し目で訴えると何故か皆、視線を逸らした。
これ『やっべ。間違えた』的な反応か?
お互い気まずい時間を過ごしていると人混みを掻き分けて金髪碧眼のイケメンが姿を見せた。
「君が聖女様?」
「いえ。違います」
そんな大それた存在ではありません。
イケメンが周囲の人間を見渡すと誰一人彼と目を合わせようとはしなかった。
「パネルの確認をしてみたらどうかしら?」
またもや人混みを掻き分けて現れたのはグラマーな体系の上品でかつ美人なお姉さん。
「確かに。パネルを確認すれば聖女かどうか一目瞭然だろ」
ブレストプレートを身に着けた剣士らしきお兄さんがお姉さんの後ろから現れた。
「パネルの確認をしてくれるかな?」
最初のイケメンが私に向き直り優しく微笑んだ。
この人は絶対天然人誑しだ。
「パネルって何ですか?」
私の発言に皆驚いていた。
驚かれても知らないものは知らないし。
「目の前で人差し指を動かすんだ」
イケメンがパネルの出し方を説明してくれたのだがその方法が…スマホか!
私は言われた通り指を動かすと『シュッ』と音を立てて目の前に画面が出た。
エアタッチパネル搭載とか…周りの人間の姿を見てもとても近代的には見えないが、何故このパネルとやらだけはこんなに先進的なんだ?
「ちなみにこれは本人にしか見えないから君が教えてくれないと確認出来ないんだ」
しかも個人情報漏洩対策もバッチリって凄いな!
言われた通りパネルを確認した。
職業:ヒーラー
LV:1
スキル:ヒールLV1
特殊スキル:???
えっと…どうみても聖女ではないですね。
「職業には何て書いてあった?」
「ヒーラーです」
周囲がざわついた。
ざわつかんでも聖女じゃないって分かってたでしょうが。
「じゃ…じゃあLVは?」
「1です」
流石のイケメンも固まった。
「ヒーラーのLV1って…新人神官より低いわよ」
美人のお姉さんの眉間に皺が寄った。
綺麗なお顔を台無しにしてしまい申し訳ない。
「もしかしてスキルに何かあるかも!?」
「ヒールLV1だけです」
イケメンが地面に両手をついて項垂れた。
期待はずれでごめんよ。
「これじゃあ魔王討伐には無理ね」
魔王!?この世界魔王がいるの??
「いや!これも何かの縁だ!!俺が君を立派なヒーラーに育ててやる!!」
勢いよく立ち上がったイケメンは闘志を燃やしていたが…。
別にヒーラーになるつもりはないので帰してもらっていいですか?
イケメンがやる気を出してしまった所為で私は魔王討伐に参加する羽目になってしまった。
まずはお互いの事を知ろうという目的でお茶会が開かれた。
イケメンの名前はアルノルド。職業は勇者らしい。勇者がいる世界って凄いな。
次にお姉さんはエレアノール・フランチェスカ・オリアンヌ・ローレンベルク…名前長!
私が召喚されたこの国の王女らしく職業は魔術師。
最後にお兄さんはロドルフ・アロイス・バイアール。職業は剣士。
つまりこの三人は勇者様御一行というわけだ。
…え?私、このメンバーの仲間に入るの?無理ですけど。
「アル。やっぱり彼女は無理よ」
エレアノールが溜息を吐きながらアルノルドに訴えた。
私も大きく頷いておいた。
「大丈夫だよ。俺達だって最初から強かったわけじゃないだろ。ユアだってレベルが上がればヒーラーとしての本領を発揮できるようになるよ」
ちょっと待て。
レベル上げって…嫌な予感しかしない…。
「質問です」
私が手を上げると皆の視線が集まった。
「レベル上げってもしかして…」
私の知る限りレベル上げといえば銀色のあいつだ。
「魔物を倒せば上がるよ」
アルノルドが爽やかに言い放った。
出来るかーーー!!
「私、魔物とか倒した事ないんで!!」
「大丈夫。皆歩んできた道だから」
日本では一生歩む事はありませんが!?
「最初はそうだな…スライム辺りがいいか」
アルノルドがロドルフに相談するとロドルフも妥当なところだと頷いた。
スライムってあの可愛いの?
そんな可愛い奴を倒して経験値稼ぎするとか…良心が痛むな。
そして今に至る。
「無理!ホントに無理だから!!」
ウネウネと気持ち悪い動きで襲ってくるスライムから逃げるのがやっとだった。
壁にぶち当たり追い込まれるとスライムは私を包み込むように大きく広がった。
万事休す!目を閉じると焦げ臭いにおいが辺りに立ち込めた。
そっと目を開けるとアルノルドがスライムを真二つに切っていた。
切られた箇所からは火が付き燃え広がった。
「大丈夫?」
半泣き状態で頷いた。
「アル…」
エレアノールが物言いたげな顔をしていた。
「初めてだから仕方ないよ。今日はここまでにして宿屋で休もう」
アルノルドは剣を仕舞うと町に向けて歩き出した。
他の二人もアルノルドに付いて行ったが、疎外感を感じた私は皆と少し離れて歩いたのだった。
宿屋の部屋で休もうとするも昼間の不甲斐なさが頭を過りなかなか寝付けなかった。
水を飲もうと廊下に出るとアルノルドの部屋から話し声が聞こえてきた。
「やっぱり彼女を鍛えるのは無理よ。スライムすら倒せないのよ」
「俺達は魔王を倒す使命を負っている。彼女が強くなるまで待ってはいられない」
エレアノールとロドルフだ。
「確かに彼女を魔王討伐に連れて行くのは無理かもしれない…」
他の二人とは違いいつも励ましてくれていたアルノルドにまで見捨てられて情けなくなった。
「ただ、魔王討伐を望んでいない彼女を勝手に召喚したのは俺達だ。彼女はもう二度と元の世界に帰る事は出来ないのに」
アルノルドの言葉に諦めにも似た感情が湧き出した。
やっぱりもう帰れないのか…。
正直、オタクで引きこもりの私に仲の良い友達なんていなかった。
つまらない毎日にいつ死んでもいいやと思う事もあった。
だから元の世界にも未練はなく、召喚された時も何の感情も湧かなかった。
しかし実際に帰れないと突き付けられると…二度と会う事が出来なくなってしまった家族を想い声を殺して泣いた。
「彼女はこの先もこの世界で生きていかなければいけない。だからせめて一人でも生きていけるくらいにまでは協力したい」
そう、これは現実なんだ。
逃げていても誰かが助けてくれるわけじゃない。
生きている限り自分の力で何とかするんだ!
私は部屋に戻り杖を手に取ると一人、夜の森へと駆け出した。
夜の森は昼間とは違いさらに不気味さを増していた。
大丈夫!この世界の人達は皆歩んだ道なんだから!
自分を鼓舞しながら震える足を前へと進めた。
ガサリと茂みから音がして振り返ると、昼間のスライム…とは様子が違った。
赤く禍々しく光るスライムは不気味な動きで私に近付いてきた。
逃げるな!立ち向かえ!
杖を構えてスライムと対峙した。
ゆっくりと近付くスライムに私は杖を振り下ろすも俊敏な動きで避けられた。
昼間より動きが早い!
スライムは私の杖目がけて体を伸ばした。
杖の先端がスライムに捕まれて物凄い力で引っ張られた。
ま…負けるかーーーー!!
次の瞬間、私の体から眩い光が放たれ周辺を照らした。
光が落ち着くと先程のスライムは消えており、代わりにぽよっと可愛い丸いボディのスライムが。
スライムは私と目が合うと「わるいスライムじゃないよ」と話し始めた。
これはこれで現実になるとキモいな…。
スライムは私が攻撃してこないとわかるとその場を去って行った。
な…何とかなった…。
安堵してその場にへたり込むと茂みから再び音がして振り返った。
「ユア!大丈夫か!?」
そこに現れたのはアルノルドだった。
アルノルドの顔を見て安心した私の頬に涙が伝った。
「ま…魔物にやられたのか!?どこか痛いところは!?」
焦るアルノルドに私は首を振った。
「安心しただけだから大丈夫」
私が笑顔を見せるとアルノルドが固まった。
泣き顔が醜かったのかな?
涙を拭い、笑みを消した。
「そ…そっか。それなら良かった。皆心配しているし帰ろう」
手を差し出されてその手を取ろうとして動きを止めた。
私の視線の先に人の足らしきものが見えたからだ。
「ア…アルノルドさん?あれ、何?」
震えながら指を視線の先に向けた。
するとアルノルドは振り返り私の指の先に警戒しながら向かった。
私もアルノルドの後に付いて行くとそこにいたのは…黒髪の少年だった。
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