第三章 テレケリー
第三章 テレケリー
七月九日、東京に戻って朝食をとっている。テレは、運命を変える初日を始めたのだ。今日の依頼人は、昔から馴染みのある出版社の方だった。タウン誌を手掛ける編集者である。東京の西側のタウン誌である。立川や八王子を根城にするタウン誌である。依頼人の深澤さんは、テレより十歳ほど年上で、女性であった。魅力的な方で、明美にもなじみがある友人だったようだ。
その日は、十四時からの打ち合わせだった。仕事の内容は、立川周辺の風変わりの場所の写真撮影だった。二十三区内の雰囲気と違う東京の皮肉を、写真に収めてほしいとの事だった。西側の東京は、不思議な魅力を持つ場所が多いので、それを大々的にアピールしたいとのことだった。テレの育ててくれた教会も含まれていた。西東京の摩訶不思議な逸話が、テレの過ごした教会にあると調べていたのだ。
「テレさんは、立川の明美の友人だと聞きました。明美は、私の義理の妹にあたります。立川でカフェを開いたときに、取材に行っています。その時、テレさんの写真撮影の才能やつかみどころのない魅力を語っていました。そして、育ての親にあたる父親が住んでいる教会のことも聞きました。今回の仕事は、馴染みが深い教会や立川駅近辺の撮影になります。住んでいた家を撮影することになりますが、よろしいでしょうか?」
「もちろん、構いません。ただ、カメラマンの私の情報は極力伏せてください。私の情報が前面に出すぎると、きっと困る方が出てきます」
「それは、養父にあたるヨースケさんですか?」
「養父よりも、その教会に縁が深い他の方です」
「それは、景子さんですか?」
「え、なんでそれを知っているのですか?」
「申し訳ないと思いつつも、不思議な症状で苦しんでいた女性のことは、メディアに関わっていると良く聞きます。彼女のことは出ないようにします」
「それなら大丈夫ですが、あと、明美はこのことに何か言っていますか? 彼女なりに景子のことをすごく心配しているので」
「明美は、このことはテレの判断に任せると言っています」
「それなら、仕事の段取りを進めましょう」
深澤とテレは、立川周辺の撮影の段取りを続けていた。日程的には、八月九に組まれる事になった。雑誌の発売は、十月中旬らしい。
七月十日、今日は師匠の紹介で人と会うこととなった。師匠の名前は、天海と言う。読み方は、「てんかい」である。空海によく似た天海であった。師匠の親が、仏教に帰依しており、空海をことのほか尊敬していたことから、似た名前を付けた。江戸時代の初期に活躍した天海という僧侶にもあやかっているらしい。神秘的な力をもって世の中を守ってほしいという両親の願いだと、聞いたこともあった。その師匠が、男を連れてやってきた。あのケースケだった。ここがばれてしまった怖さを感じていた。目の前にしたケースケは、毒気は抜けているようだが、根っこには邪気のようなものを感じた。おぞましい殺気を隠しているのが見えた。師匠は、事情を知っているわけもないので、この紹介はしょうがない。
「テレよ、このケースケさんから聞いたんだが、大学時代の同級生だったらしいな。知らなかったぞ。今回は、テレビ局のディレクターをされているケースケさんを連れてきた。彼は、写真撮影の腕も相当なものだが、実際は、動画撮影の方がピカイチだった。写真はあきらめて、動画撮影の道に入ったようだ。今回は、写真撮影のプロと手を組んで、高尾山の魅力を伝えるプロジェクトを進めてほしい。儂でもよかったが、馴染みの友達なら、良いプロジェクトになるだろうってことで、テレを紹介した」
テレは、眉間にしわを寄せている。
師匠からの紹介は、断れない。でも、ケースケと関わるとロクなことがないし、断るか? いや、受けてみて、ケースケの様子を探ろう。景子のことは伏せなければなかった。
長い沈黙の後、ケースケが話しかけてきた。
「天海さん、テレと組むのはやはりできません。テレの怖さを知らないのですか? 彼の奥底には、うごめく邪悪が怖いんです。久しぶりに会って、それがわかりました。なので、このご依頼は、天海さんでお願いしても良いですか?」
何を言うか、景子を追い込んでおいて、この悪魔が!
心の声に反応するように、ケースケは、おぞましい声で、
「今、テレは私の事を悪魔とののしりました。心の中で叫んでいる。怖い、怖い、怖い、天海さんは、こんな奴を許すんですか? ぜひ、すぐに破門にしてください。そして、私の仕事を、テレにはさせないでください」
困った顔で、師匠はぼそりと話し出した。
「ケースケさんよ、私の目はごまかせないぞ、テレを悪魔呼ばわりするなら、こっちにも考えがある。弟子をののしるなら、この仕事は私から断る。二度とテレにも、儂にも近づくな!」
「わかりました。では、この仕事は他の方にお願いします。ただ、私を愚弄した罪は、必ず償ってもらいます。天海さんの以前犯した罪を我々は知っています。それを、元にした番組を製作します。弟子も悪魔なら、師匠も悪魔だな」
ケースケは、テレに向かって大声でまくしたてる。
「俺の味方にはシュンスケもいるし、政財界にも顔が利く。絶対にお前をつぶす。景子ともどもお前らをつぶしてやる。覚悟しておけ」
テレと天海は、ケースケの暴言を、別の形で受け取っていた。
こいつは、人殺しすら当たり前にしてしまう怖さがある。社会的抹殺とかでは済まない、怖さを持っている。いろいろと対策しないと、俺だけでなく、テレもヤバイ。何とか手を打たねば。
景子が眠り続ける病気が発動したのは、このケースケの怖さの為だろう。やはり、ケースケはとんでもない巨大な敵であり、今後、人生をずっと邪魔するだろう。何とかしないと、でも、師匠は全面的に信用して大丈夫だろうか? 少なくても今は、信じよう。味方が欲しい。
テレと天海は、ケースケを部屋から追い出して、長い沈黙の中にあった。いつの間にか、夕陽が部屋に差し込み、そして、目覚まし時計がアラームを鳴らしていた。一八時に設定されたアラームが鳴ったのだ。
「テレよ、ヨースケさんは元気か? 彼は、私の高校時代の同級生だ。いろいろと風変わりなため、誰も友人は居なかった。でも、根っこはすごく優しい奴だ。お前の味方になってくれるはずだ。ちなみに、景子とは?」
「大学時代にケースケが付き合っていた彼女です」
「今、その景子さんは、どこにいる?」
「わかりません」
「悪かったな、良かれと思って連れてきたらとんでもない奴だったな。ちなみに、あいつとの間に何かあったのか?」
「……」
「話せないなら、それでもいい。ただ、話せるときが来たら話してくれ。ケースケは、景子さんもつぶそうと言っている。何とか守ってやりたい」
テレは、昔の小学時代に出会った「あの子」の事を思い出していた。あの女の子は、もしかしたら、景子ではないのか……
予期しない形で、核心をつかんだ気がしたが、師匠にはそれは言い出せなかった。その日の夕食は、久しぶりに師匠とアメ横に出かけて、お酒を飲み交わした。久しぶりのお酒の席だった。
夜の二三時頃、自宅に訪問する人があった。あの景子だった。七月十日の出来事だった。