表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界の柱はQ  作者: 那仁
3/6

第二章 テレの核

第二章  テレの核

 

 無事に卒業したテレは、東京に引っ越しをすることになった。プロカメラマンになるために、著名なカメラマンに弟子入りをする。師匠は、風景写真に関しては、日本ナンバーワンの名声を手にしていた人だったので、この修行生活は何よりの誇りに感じていた。師匠の下で、三年間修行することになる。東京での日々は、充実していた。尊敬してやまない師匠の下で、カメラの腕を磨くことになる。

 テレにとっての師匠は、熱田の合評会で提出予定だった「大楠」の写真を一目で気に入ってくれた。熱田神宮が主催する写真コンテストの審査員の一人だった。明美たちと会わなくなり、一年時の撮影した大楠を、コンテストに力試しで応募していたのだった。この時は、大賞ではなく、審査員特別賞だった。実質三位。テレは、金一封をもらったこと以上に、師匠と呼べる方に出会えたこと、写真で初めて認められた気がしたのだ。この受賞を境にして、プロカメラマンを生業にすると決めたのだ。テレは、心の底から決めた事は、絶対だと感じていたのだ。

 ところでこの師匠は、常に坊主頭だったのだ。剃髪をしており、常に高僧のような佇まいをしていたのだ。如来のごとき視線を、周囲に振りまくのだった。風景写真の第一人者であり、特に神社やお寺の撮影に関しては、日本トップだったのだ。空海のような見た目を持つ師匠に認められて、テレ自身のルートを見つけられるきっかけになのではと、受賞時に思った。


 テレは、上野駅の西側にある湯島天神の近くに部屋を借りている。奮発して都内に住むことを選んだ。景子がいなくなってからは、友達らしい友達を作らずに、写真に没頭している。誰に対しても心を許すことは決してなかった。

 景子が居なくなってから六年目の春に、突然の来訪者が、スタジオにやってきた。その者は、明美の妹と名乗っていた。姉からここで働いていると聞いてやってきたらしい。最初は、嘘みたいな話だと思ったが、いろいろと聞かされているうちに本当のことだと思うようになった。

「姉が実は、最近、シュンスケさんと別れて他の方と結婚しました。シュンスケさんとは、結婚するつもりだったけど、不信感が原因で別れたようです。二人は、最近まで付き合っていて、ずっと景子さんの行方を捜していました。眠り続ける病気になっていると聞かされていましたが、どこに療養しているか分からなかった。『眠り姫』やら、『ロミオとジュリエット』などで聞きかじった内容に似ていた。なぜ眠り続けているのかを探ろうとした。彼女の実家に電話しても誰も出ない。探偵を雇って探してもらったけど、いつも生存確認はあるけど、療養場所や現在の生活までは不明でした。そんな日々が続いていたんです。でも、ある事実を知りそれを、あなたに伝えてほしいと言われたので、ここに来ています」

 テレは、景子の生存確認を嬉しく思っていたのに、激しく動揺して何も言えない。

しばらくの沈黙の後、「もっと詳しいことを話したいので、今度の日曜日夜に、立川駅に来てください。近くに姉が開いたカフェがあるので、そこで姉が詳しく話します」


 明美が店長で、目の前の妹がスタッフとして働いていると教えてもらった。待ち合わせの時間と場所を、LINEで教えると言ってきた。

 LINEの交換だけして、その日は別れた。翌日、その時間と場所が伝わってきた。


 明美の結婚の話はびっくりしていた。あのシュンスケと何があったかわからないけど、裏切るタイプには見えなかった。その辺は聞かずに、景子のことだけを聞こうとして約束の日を迎えた。


 テレは立川に向かった。立川は、東京から中央線を走らせて最大の歓楽街のある新宿を抜けた先にある。大都会の匂いを残しながらも、地方の中心都市のような程よい空気感を漂わせていた。テレを育ててくれた養父がいて、青春時代を過ごした街なので本来なら心地よい場所だったはず。それでも、なんだかイライラする街になっていた。友達がいない青春時代を思い出し、その後の大学生活も最初だけで、その後はいつもの孤独な日々だったから。結局、友達はいなかった。社会との距離がつかめないまま、関わる人が最小限度の写真撮影を仕事にしていた。メインは風景写真で、神社などの歴史的建造物の撮影も仕事として多かった。大学卒業した後は、養父の下には戻らずに、挨拶程度で立川に帰郷しただけだった。だから久ぶりに立川駅の改札を通るような恐ろしさを感じている。

 明美が働くカフェは、北口の改札を抜けてすぐの場所にあった。元々は、チェーンのコーヒーショップがあった場所だ。明美が結婚した旦那さんと一緒にカフェを開いたらしい。そこまでは、明美の妹から聞いていた。立川の地理には詳しいので、迷うことはない。それでも、なんだか来てはいけない場所にいるような気がしていたのだ。高校時代の同級生に会うかもという怖さを感じる。臆病だった高校時代を思い出しながら、待ち合わせ場所を目指している。7月上旬の芽生えたばかりの夏の装いの街中をすり足で歩いている。忍者が足音を立てずに歩くように、目的地を目指していた。忍び足の時間は、二分程度だ。


 明美と目が合った。

「久しぶり! テレ、元気だった?」

「まあ、元気かな。仕事も順調だから」

「私もあんまり時間がないから、さっそく本題に入るね。思い出話をしている場合じゃないので。景子のことだけど、いろいろと探偵とか使った捜索も空振りが続いていたのだけど、ある神父さんの下で、見習いをしているという噂を聞きました。その神父さんが、実は、テレの養父だったようです。テレや私たちが大学を卒業した直後から、住み込みでシスターをしていたと聞いていました。神父さんの下にいたのは、二年間だったと聞きました。二二歳から二四歳までだ。その後は、長野の古道具屋でバイトをしているとまで知っています。今は、京都の中心あたりの消印のはがきを、神父さんに送っていたところまでは調べました。軽い記憶障害があるらしく、テレのことも忘れていたので、当初はテレの住まいだとは知らなかったらしいよ。教会での生活が一年過ぎたあたりから、テレの事を思い出すようになり、ケースケとのことや、景子自身の特異な病気のことも思い出したんだって。ケースケの怖さから逃げるように、産まれた直後や、小学時代にかかっていた病気の症状に苦しんだ。強度のストレスがかかると、眠り続ける病気だって」

 テレは、信じられないけども、景子のことが身近に感じられた。明美のいるカフェを後にして、養父のいる教会を目指した。


 養父のヨースケは、笑顔で迎えてくれた。

久しぶりのテレの帰郷を喜び、景子の滞在していた時期の事を話してくれた。すべてが信じられなかった。その時、彼女が名乗っていたのは、ケリーという名だった。本名は語らかったというより、忘れていたようだった。ケリーは洗礼名でもあった。両親が敬虔なクリスチャンだったので、景子は幼いころから洗礼名を与えられていた。その洗礼名だけを覚えていたのだった。

「ケリーさんは、景子という名を思い出し、テレのことも思い出したようだったよ。それからテレの子供時代の事を聞いてきた。いろいろと話したぞ。その話した内容で、気になることがあったらしく、ここを出て、長野県に向かった。その後は、京都の四条の郵便局の消印で便りが来たよ。そのはがきを持ってくるので、少し待っていなさい」

 待っている間、養父がいつも過ごす部屋で周囲を眺めている。すると、養父の携帯電話が鳴った。数分間鳴り続けていた。鳴りやみそうな時に、養父が戻ってきて電話に出た。電話に出たときは、相手の電話が切れていたらしい。

 養父が持ってきたハガキには、こう書かれていた。


「昔の彼氏に見つかって逃げ回っています。助けてもらいたいけど、まずは京都あたりで部屋を見つけて、しばらく過ごしてみます。もし、テレが私の事を探していたら、京都にいることだけ伝えてください」


 養父は、テレと景子との間に運命の導きがあるのを感じて、サポートすることを伝えた。


「テレと言う名前は、元々、洗礼名だったらしい。本名ではなく、洗礼を受けたときの名前だったようだ。戸籍上の名前もテレにはなっているが、最初に準備していた名前もあったらしいが、テレを生んだ母親はすぐに亡くなった。日記に残っていたお前の名前は、洗礼名で、忘れないように書いていた。父親はわからないまま。洗礼名にと考えていた名前のテレを、そのまま本名にしたらしい。テレを生んだのは、孤児院近くだったとまではわかっている。テレよ、絶対に産みの母親のことは探さないでくれ。それよりも景子さんを探して、助けてやってほしい。それでも、もしテレ自身の産まれを探したいなら、幼少期のテレを育ててくれた孤児院を訪ねたらいい。ただ、産みの母親だけは探さないでくれ。孤児院でも、それだけは教えられないと言われた。お前に孤児院の名前と住所と連絡先を教えておく。もし、京都に行くなら、その前に孤児院に立ち寄ったらいいぞ」

 テレは久しぶりに、いや初めて養父と話したような気がしたのだった。養父が実は、本当の父親なのではと疑ってみたが、違うと感じ、他の可能性を探っていた。母親に関しては、どうやら未婚だったのと、十七歳の頃だったことまでは、孤児院では教えてくれた。その後、孤児院周辺に住んでいる老婆が、おせっかいにも教えてくれた。

「生んでくれた母親は相手の男性を好きだったが、二番目の恋人とわかり、大きなショックを受けて、あなたを生んですぐに亡くなったそうよ」


 産みの母親までは探らないでほしいと言われたけど、周りが勝手に教えてくれた。テレは自分のルーツを知ってしまうことになった。あまりに突然すぎて、整理できない状態だった。久しぶりに帰郷した孤児院は、幼すぎて記憶が薄く、感慨深さが湧いてくることは無かった。


 テレの持つスマホが鳴っている。

 仕事の依頼だった。とりあえず、明日の待ち合わせになったのもあり、新幹線で戻ることにした。景子のことは、その仕事のことを聞いてから探そう。名古屋を出たのは、夜の二一時ころだった。自宅に着いたのが、二四時ころになっていた。自宅に着く直前に、師匠から電話が鳴った。

「テレに紹介したい人がいるんだが、明日予定がつかないか?」


 予定が重なりそうだったので、明後日なら大丈夫と伝えた。それなら、明後日の七月十日の一四時にテレのスタジオに一緒に向かうのでと、伝えられた。

テレ自身のルーツが鮮明になりつつあり、運命も劇的に変わろうとしていた。今は、七月八日二三時半を回っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ