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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

予知夢令嬢は愛する婚約者を救いたい!

作者: ヤン・デ・レスキー

ウリィーッス!初投稿です。



「アリザ、婚約を解消したい」


 穏やかな風が流れる昼下がり。アリザがいつもより少し濃いめの紅茶を嗜んでいると、同じく紅茶を嗜む婚約者のステファンが重い口調でそう言った。


 アリザには彼がそう言った理由は分かっていた。ステファンは辺境伯の三男であり、騎士として日々鍛錬を積み重ねている。ミルクティーのようなさらさらとした綺麗な髪と甘い顔立ちをしており、周りからはやや軽薄な印象を持たれがちではあるが、根は実直で誰よりも騎士道を重んじていることをアリザは理解していた。


「行ってしまわれるのですね」


「…ああ」


 アリザはステファンの言葉に肯定も否定も返さずにぽつりとそう呟き、ステファンはゆっくりと、頷いた。


 ここ3年ほど、隣国との折り合いが悪い状況が続いていた。そして数ヶ月前からは隣国が干ばつに見舞われ、各地で騒動が起きているらしい。隣国は元々暖かく雨の多い気候であり、紅茶や穀物の栽培を行なって生計を立てていた。

 国内での不満をどうにかしたい…そう考えた隣国は、他国を侵略し食糧を奪おうと考えたのだろう。そして目をつけたのが我が国だった。ここ3年間、あまりよろしくない関係が続いている我が国は隣国からしても戦争を仕掛けやすいのだろう。


 ステファンのお父様…辺境伯の治める領地は、ちょうど隣国と面していた。1ヶ月ほど前に、辺境伯の所有する軍と隣国の軍が衝突したとステファンから手紙で聞いていた。


「既に父上と侯爵様に話はつけてある。侯爵様は、アリザが良いというのなら。と言っていた」


 アリザとステファンの婚約は、ありふれたものであった。政治的に中立な立場であるアリザの父と、これまた中立的な辺境伯の繋がりは政治に大きな影響を与えずに互いの力を大きくできるとの目論見で結ばれたものだ。


(お父様がそうおっしゃるということは…戦況はまだ分からない、という事かしら。明らかに優勢ならば婚約は維持したままだし、劣勢ならば解消するでしょうね。返答はわたくしが決めて良いのでしょう)


 ならば、アリザの返答は一つである。


「ステファン様、婚約の解消は…できません。致しませんわ。お父様にもそう伝えておきますわ。それに…わたくしにはステファン様以外に愛する人が現れるとは思いませんわ」


 戦況には敢えて触れずに、婚約の解消は行わないことを伝えた。


「アリザ…ありがとう。私にも、アリザ以外に愛せる人は居ないよ」


 ステファンは眉を下げ、困ったように笑った。


 それからは他愛もない話をし、空が茜と深い蒼のグラデーションで色づく頃に毎月恒例のお茶会は終わりを告げようとしていた。


「ステファン様、本日はありがとうございました。また…いらして下さい。わたくし、ステファン様とのお茶会が毎月楽しみで仕方がないのですわ」


「アリザ……そうだね。約束通り、必ずまた来るよ。待っていてくれ」


「はい。ステファン様」


 アリザが少し強がってみせると、ステファンは悲しそうな困ったような、嬉しいような不思議な表情をした。


 ステファンはこれから辺境伯の領地へ戻り、戦いへ身を投じるのだろう。彼なら必ず帰ってくる。アリザはそう、信じたのだった。





 半年後、ステファンが亡くなったと侯爵から知らされた。

 その後、隣国の軍が撤退したのはステファンが亡くなってからちょうど1ヶ月が経った頃だった。

 紅茶の味はもう感じなかった。



◆◆◆◆◆◆



 侯爵家が王都に有する屋敷でアリザは目を覚ました。寝汗をかいたのか、起き上がって思案していると肌寒くなった。両腕を手のひらでさすると、自分の身体が夢で感じたよりもとても小さいように思えた。


(……酷い夢を見たわ。ステファン様って確か、明日初めて顔合わせをする人よね…?にしても、やけに現実味を帯びていたわね)


 アリザは明日、ステファン・ガードナーという人物とその父…ガードナー辺境伯と顔合わせをすると聞かされていた。明日…というのは寝る前のことだから、つまり今日。そうアリザが思った瞬間、ノックが聞こえた。


「アリザ様、おはようございます。もうお目覚めでいらっしゃいますでしょうか」


「ええ、起きているわ。入って頂戴」


 そうしてアリザはメイドに朝の支度をしてもらった後、父である侯爵の元へ向かった。


「お父様、おはようございます。本日は午後から、ガードナー辺境伯様と三男様との顔合わせがあるのですわよね?」


「おはようアリザ。今日もアリザは世界一可愛いね。そうだよ。ガードナー辺境伯との繋がりは欲しいからね。今日、ステファン君を見てどう思ったかを後でお父様に教えて欲しいな」


「分かりましたわ」


「聞きたいことは以上かな?では、朝食にしようか」


 朝食も何ら変わりはないように思えた。いつもと同じ白パン、スクランブルエッグ、ミネストローネ…やはり夢は夢かとアリザが思った時。


「アリザ様、食後の紅茶で御座います」


 その紅茶は、いつもよりとても濃かった。


「ねえ、この紅茶は…」


 アリザがそうメイドに問うと、メイドは隣国産のものであると答えた。


◇◇◇◇◇◇


「初めまして。ガードナー辺境伯が三男、ステファン・ガードナーと申します。騎士見習いとして日々修行に励んでおります」


 少し緊張気味に、それでいて柔らかく微笑んで挨拶をした甘いミルクティーのような顔立ちの男性はそう言った。


「……初めまして。アリザ・フレーヴァーと申します。ガードナー様、本日はお越しいただきありがとうございます」


(夢で見た彼より少し若いけど…でも、夢で見た人と同じね。紅茶の違和感も、ステファン様も…きっと、あの夢は予知夢だわ。となると彼は6年後には死んでしまう…どうしよう…)


 アリザがその後どう顔合わせを乗り越えたかはほぼ記憶になかったが、後日ステファンとの婚約が結ばれたと侯爵から聞かされたのだった。


◇◇◇◇◇◇


「アリザ。ステファン君とは月に一回お茶会を開くことにしたから、そこで仲を深めてほしい。もしアリザが彼のことを苦手だなと思うのなら、すぐにお父様に言うんだよ?いいね?」


「分かりましたわ、お父様」


 侯爵は末っ子であり、亡き侯爵夫人に似たアリザを溺愛している。それは誰の目から見ても明らかであった。

 ふと、アリザは侯爵に質問をした。


「お父様、ひとつ伺いたいことがあるのですが」


「なんだい?アリザの為なら国家機密でも教えよう」


 無論、国家機密を教えてはいけない。アリザも深く言及するつもりは無かったし、侯爵もその場合には上手くはぐらかしていただろう。


「ガードナー辺境伯様の治める領地は、隣国に面しておられるのですよね?その…隣国と我が国の仲はどうなのですか?わたくし、いずれガードナー領に行くのであれば隣国との関係についても知っておくべきだと考えましたの」


「ほう…アリザは勤勉だね。アリザが隣国について学ぼうとしていることをガードナー辺境伯殿やステファン君が聞いたらきっと喜んでくれるだろう。

 そうだね…我が国と隣国との関係は悪くないよ。我が国は気候の関係で紅茶等を隣国との輸入に頼りきっているし、隣国は我が国の技術を欲しがっているらしい。持ちつ持たれつってやつだね。よく隣国の外交官殿が我が国の外交官と話しているのを王宮で見かけるよ」


「そうなのですね。ありがとうございます、お父様。また、お話を伺ってもよろしいでしょうか」


「どういたしまして。いつでもおいで」


(隣国との関係が悪くなったのは、夢から逆算するとおよそ2年後かしら…?その3年後にステファン様が戦争に行ってしまうのよね…隣国との仲が悪くならなければ、戦いは起こらないわよね…でも、一体どうすれば…)



◇◇◇◇◇◇


 今日はステファンとの初めてのお茶会の日だ。夢の中では多くの言葉を交わした二人だが、それは予知夢であったとしても、所詮夢の中での話だ。現実ではステファンと二人きりで話すことは初めてなので、アリザは少し緊張していた。


 辺境伯の家紋が入った馬車が、侯爵邸の前で止まった。ステファンが来たようだ。アリザはメイドに、お茶の用意とステファンを庭に通すように伝えた。



「フレーヴァー侯爵令嬢殿、本日はお招きいただきありがとうございます。婚約者として顔を合わせるのは初めてですね、ステファン・ガードナーと申します。改めてよろしくお願いします」


「アリザ・フレーヴァーですわ。ガードナー様、わたくしのことは気軽にアリザとお呼び下さい」


「わかりました。アリザ嬢、とお呼びいたしますね」


 アリザはステファンの言葉に対し、にこやかに微笑んだ。ステファンも同様に甘い顔立ちをさらに甘くするかのように微笑み、紅茶を飲んだ。アリザもつられて紅茶に口をつけた。少し濃い気がするが、飲み慣れた味だ。


 そして会話が途切れ、二人とも黙ったままお互いをじーっと観察していた。どのくらい時が流れたのだろう、先に根をあげたのはステファンだった。


「…アリザ嬢」


「はい?」


「…私は将来、騎士として身を立てていくつもりだ。騎士と言うのは危険と隣り合わせの仕事だ。無論、怪我をしたりすることは日常茶飯事だし、戦争が起きれば必ずそこへ向かい剣を交える。

 もし、もしもだが…戦争が起きて、だ。私が戦争へ行き、そのまま命を失うと言うこともありえる。だから……言いにくいのではあるが、私には、婚約者は必要がないんだ」


重々しく、そして苦い顔をしたステファンはそう言った。


「ガードナー様はお優しいのですね」


「…?」


 婚約をなかったことにしたいステファンはアリザに嫌ってもらおうとしたのだが、予想と違う反応をしたアリザに困惑した。


 ステファンが婚約を解消したいと思ったのはアリザのことを嫌いだと思ったからではない。むしろ、星空を思わせるアリザのキラキラと輝く瞳や髪、理知的な所作に心を奪われていた。

 しかし、彼は騎士を志す身であり、いつかアリザを独りで遺してしまうのならば…先に婚約を無かったことにしてしまうのが良いと思ったのだ。


「ガードナー様は、御自身が亡くなられた際のわたくしのことを心配して下さっているのですわよね?わたくしが独り身になったら可哀想だと思ってくださったのでしょう?

 その為に、わたくしに『婚約者は必要ない』と仰ったのですね。わたくしを突き放すようにしたら、わたくしを傷つけ無くて済むと…

 何故、自分が死ぬことを想定しているのですか。それならば、鍛錬を積んで強くなって必ず帰ってきて下さいませ。そうしたら、わたくしは絶対に悲しみませんわよ?」


 アリザの言ったことが全てだった。図星を突かれたステファンは驚いたのだろう、目を丸めそこから五秒程静止した後、「はははっ」と声を出して笑った。


「はは…っ、…うん。アリザ嬢、すまない。私はどうやら君のことを見くびっていたらしい。

 そうだな、誰にも負けないくらい強い騎士になって必ず君の元へ帰ると約束しよう。

 そうだ、言い忘れていたが…私のことは是非、ステファンと呼んでくれ」


「はい、ステファン様。約束、ですわ」


 そうして二人きりの初めてのお茶会は終わりを迎えた。


「アリザ嬢、今日はありがとう。また来月来るよ」


「ステファン様、お待ちしておりますわ」


 ステファンはにこやか微笑み、帰りの馬車へと歩いて行った。その間、何度もアリザの方を振り向き手を振っていたのでアリザとステファンの仲は悪くなかったのだと誰から見ても明らかだった。



◇◇◇◇◇


 それからもアリザとステファンは月一回のお茶会ではあるが、互いの仲を深めて行った。


「アリザ、今日はお菓子を持ってきたんだ。うちの所で採れた穀物を特殊な機械を使って膨らませたものだよ。砂糖をまぶしていて、サクサクとした食感がとても美味しいんだ。一緒に食べよう」


「ステファン様、ありがとうございますわ。我が国の中では、ガードナー領でしか生産できないものですのよね」


「そうだよ。隣国では盛んに栽培していて、このお菓子も一般的なものだけれど、我が国ではあまり見ないものだと思ってね。きっと喜んでくれると思ったんだ」



◇◇◇◇◇



「ステファン様。我が国では、水不足の際にあらかじめ貯めておいた水を使うという仕組みがあるらしいのですわ。

 ガードナー領とは反対側の方では時々雨が降らなくなってしまい、作物が育たない事態に陥ってしまうのですって。そこで、雨の多い時期にそれを大きな池に貯めて、雨が降らなくなったら大きな池から水を取り出して使うのだそうですわ」


「ああ、ため池というものだね。以前話を聞いたことがある。うちの領は雨がこれでもかってほどに降るから見たことが無いな。アリザはよく知っているね、感心するよ」


「この前、たまたま本で読んだだけですのよ?ですが、ステファン様に褒められるととても嬉しく思いますわ」



◇◇◇◇



 アリザが予知夢を見てからおよそ2年が経った。フレーヴァー侯爵邸の一室、フレーヴァー侯爵が執務室として用いているそこに、アリザと侯爵の姿があった。


「お父様、一つ伺いたいことがございますわ」


「なんだい?アリザ。アリザの為なら王家の闇でも教えてあげるよ。時間はかかるけどね」


 王家の闇を知れば侯爵もアリザも生きてはいけないだろう。勿論侯爵の冗談である。


「お父様、隣国との外交官が代替わりされるそうですね。どのような人に変わるのですか?」


「ああ…今までの外交官殿は前々から隠居したかったらしい。そこで新しく外交官となる予定なのが新興貴族の確か…マール子爵だったかな?私はそこまで彼とは面識が無いね。アリザは隣国との関係についてよく学ぼうとしているね。質問は以上かな?」


「お父様、お願いがありますわ。そのマール子爵を徹底的に調べて下さいまし。何か、よくない予感がいたしますわ」


 夢で見た時期から考えると、今ぐらいに隣国との仲が徐々に悪化していったように思えた。

 アリザにとってその原因は今まで分かっていなかったが、数日前に聞いた外交官が代替わりすると言う噂。もし、夢の世界で隣国との関係が悪くなった原因が外交官にあったのだとしたら…これは一種の賭けであった。


「アリザがそんなことを言うなんて珍しいね。……分かった、調べさせるよ。アリザの直感は当たる気がするからね」


「お父様…ありがとうございます」


「いいんだよ。アリザはわがままの一つも言わない良い子だからね。これくらい調べるのも容易いものだ」



◇◇◇◇


 数日後、執務室には侯爵とフレーヴァー侯爵に代々仕える諜報員の姿があった。


「旦那様、マール子爵についての資料で御座います。マール子爵は大変商売が上手なようで…ですが、資料管理は下手のようですね。少しスナップを効かせて叩いてみると面白いくらいに埃が出ましたよ」


「これは……」


 諜報員によると、マール子爵は謂わゆる横領、詐欺などの犯罪に手を染めているらしい。アリザの直感は当たっていた。彼が外交官になった暁には隣国との関係も悪化するだろう…その際、火の粉を浴びるのはガードナー領だ。それはアリザも同様に火の粉を浴びるということに繋がる。

侯爵はすぐさまマール子爵についての資料を王家に送り、外交官の再選考を要求した。



◇◇◇◇



侯爵が王家に情報を流してから数日後、アリザは侯爵と対面していた。


「アリザ。アリザの勘は当たっていたよ、マール子爵はクロだった。恐らくマール子爵は捕まるだろうね。それから外交官についてだが、王家は当分、前の外交官を呼び戻して続投するつもりらしい」


「そうなのですね…」


(夢の中で隣国との折り合いが悪かったのは外交官の交代が原因だったのかしら。それならば、当分の間は隣国との仲が保証されたようなものよね?賭けではあったけど、マール子爵について調べてもらって良かったわ。

 そういえば、夢の中では戦争になった原因は今から約3年後に起きる干ばつ…よね。それで食糧が不足した隣国が八つ当たりのように仕掛けてきたのですわよね…

 干ばつを防げたら…いえ、起こってしまったとしても人々が飢えないためにはどうすれば良いのかしら…)


「アリザ?難しい顔をしているアリザも可愛いね。どうしたんだい?」


「いえ、お父様。マール子爵の件はとても重要な情報でしたわ。その…わたくし、隣国について知らないことが多いなと考えていましたの」


「ふむ…そうか。ならば一年程、隣国に留学をしてみてはどうかな?百聞は一見にしかずだ。ガードナー辺境伯殿にも話をしておこう」



 次の日の朝、マール子爵が捕まったと新聞に記載されていた。そしてアリザが隣国へ留学するのはその数週間後の話であった。



◇◇◇


 隣国への留学の間、アリザはガードナー辺境伯領で月一のお茶会を行っていた。


「アリザ、隣国での暮らしはどうかな?王都とはかなり違うだろう?」


 ステファンは紅茶を嗜みながらアリザへにこやかに語りかけた。


「そうですね…すこし暑いとは思います。ですが、山一面に広がった茶畑や無限に広がる田んぼは王都でもフレーヴァー領でも見ることができませんのでとても新鮮ですわ。それに、以前ステファン様が持ってきてくださった穀物のお菓子をいろいろな所で見かけましたのよ」


 隣国は、アリザたちの住む国とは違い自然の多い国だった。アリザたちの国は工業国として多くの優秀な技術者を生み出しており、王都の下町の方は高い塔や建物が並んでいた。フレーヴァー侯爵領も鉱山業が盛んであり、アリザは今まで大規模な農耕地を見たことがなかったのだ。


「アリザが隣国を楽しんでいるようで何よりだ。私が以前持って行ったお菓子のことも覚えていてくれてとても嬉しいよ」


 初めて出会った時より少し筋肉質になったが甘い印象は全く変わらないステファンは、アリザの話を楽しげに聞いていた。



◇◇◇



 やがて、隣国へ留学してから一年が経ちアリザは王都へ帰ってくることになった。アリザは隣国を視察した結果をノートに纏めていた。


(隣国はとても自然が豊かなところだったわ。街の人も朗らかで親切…我が国と比べると不便なことも多かったけど、その分学ぶことも多かったわ。

 隣国の資料館で経済について調べてみたけれど、隣国は農作物の輸出で財政を保っているのね…これだとあの時みたいに干ばつが起こったら飢えるだけでなく財政も駄目になってしまうわね)


 王都の侯爵邸に着いたアリザは泣きながら出迎えにやってきた父と抱擁を交わし、留学して感じたことなどを報告した。


「ふむ。隣国は財政を輸出に頼り切っている…とな。確かにアリザの言う通り、輸出品が駄目になってしまったら国として大打撃だろう。ならば、今からできる対策は何だと思うかな?」


 侯爵はアリザの話をふむふむと聞きながら、アリザにそう問いかけた。


「そうですね…ため池を作り、今まで育ててきた農産物が駄目にならないようにします。少しでも大きく育たせることで、その分飢えを凌ぐことができる人が増えるはずです。

 あとは、備蓄を増やすことも重要だと考えます。隣国の農家さんに倉庫を見せてもらいましたが、穀物の備蓄などはありませんでした。話を伺ったところ『新しいものを売れるうちに売るのが一番儲かる』とのことでしたわ。でも、それでは不作が起きた時に何も無くなってしますわ」


「ため池と備蓄…か。隣国で不作が起こるなんてことはまず無いだろうが、我が国はそうじゃない。不作だって十数年に一度は必ずあるからね。アリザ、面白い話をありがとう。隣国へ君を留学させて良かったと思っているよ」


 侯爵はにかっと歯を見せてアリザヘ笑いかけた。王宮ではポーカーフェイスとして有名な彼のこの表情を見ることができるのは家族だけだ。


 それからアリザは隣国について調べたり、はたまた単に農作物について調べたりしてその結果を侯爵に伝えたりもした。そして穏やかに時は流れていった。





 数週間前から予兆はあった。ここ最近、ずっと雨が降っていないように思えたのだ。アリザは髪を梳くメイドへ穏やかに話しかけた。


「ねえ、ずっと雨が降っていない気がするわ」


「そうですね。二週間ほど降っていないのでしょうか?お洗濯物日和がずっと続いておりますね。お嬢様は晴れがお嫌いですか?」


「いえ、そうでもないわ。ぽかぽかとしていて気持ちが良いもの」


 口ではそうは言ったものの、心の中でため息をついた。


(そろそろ隣国で干ばつが起こる時期…よね。夢を見たあの時から随分と時間が経ったものだわ。夢での状況と少し違うのは…隣国との関係性が悪く無いところかしら)


「そういえばお嬢様、隣国の方では干ばつが起きたらしいですよ。今年は紅茶の輸入が少し減りそうですね」


「…そうなのね。隣国の人たちはこれから食糧が無くて飢える人が増えそうね。我が国から支援を贈ることはできないのかしら」


「お嬢様はお優しいのですね。干ばつの被害はそこまで大きくないそうですよ。事前にため池を整備したり、備蓄を増やすようにとの知らせがあったらしいのですよ。他にも、乾燥地でも育つ作物を植えたり、迅速な対応ができたのだとか。

そうそう、それを隣国へ伝えたのは旦那様らしいのですよ。流石は敏腕侯爵様ですね!メイドの私としても鼻が高うございます!」


「まぁ…。お父様が…」


 その年、多少の騒動が隣国では起こったものの、情勢が揺れに揺れて戦争を仕掛けるほどの大事にはならなかった。侯爵は隣国の危機を助けたとして隣国から感謝の意を伝えられたと言う。





「アリザ、ええと…その。け、結婚をしてほしい」


 穏やかな風が流れる昼下がり。アリザがいつもと同じ濃いめの紅茶を嗜んでいると、同じく紅茶を嗜む婚約者のステファンが顔を真っ赤にしながら言った。


「私は…騎士として国を、領地の皆を護りたいと考えている。私が剣を振るうことで皆を護れるのならば私の命は惜しくないと、アリザに出会うまでそう考えてきた。

 だが、アリザと出会って考えが変わった。アリザは、私が死ぬことを想定して生きていると言っていたね。その通りだったんだ。私より強い人はいくらでもいる。その人に討たれて死ぬのも仕方のないことだと思っていた。

 いつか死ぬ弱い自分にアリザは勿体無い、そう思って初めてのお茶会で酷い言葉を投げかけた。なのにアリザはそれに傷つくことなく、強くなって必ず帰ってこいと言ってくれたね。私にはあの時から…いや、初めて会った時からずっとアリザしか居ないんだ。

 アリザ、愛している。再び君に誓おう。必ず帰ってくる。だから結婚してほしい」


 アリザの返答は一つである。


「ステファン様…わたくしも、ステファン様の他人を想いやる優しさ、誰よりも努力を重ねるそのお姿、武術だけでは無くわたくしの話に付き合えるようにと身につけてくださった知識の数々。ステファン様の全てを愛しております。

 結婚…致します。わたくしには、ステファン様以外に生涯愛する人が現れるとは思いませんわ」


 アリザの返答に涙を浮かべながら微笑んだステファンは、そっとアリザの手をとり…それからどちらともなく口付けを交わした。




 数ヶ月後、アリザとステファンの結婚式で、隣国の外交官に任命された侯爵が大泣きするのはまた別の話であった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] お父様すごい! [気になる点] お、お父様…国家秘密や王家の闇云々は本当に冗談ですか…?
[一言] とても読みやすかったです。 淡々としてましたが、婚約者の死を回避するために色々と頑張って行動しているヒロインが健気で良かったです。 婚約者も誠実な人で良かった。
[良い点] はじめまして。 お名前に惹かれて読んでみました。 初投稿という事なのですが、とても読みやすくてきれいにまとまったお話でびっくりしました。 これが初めてなの!?と。 やり直しのお話はよく…
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