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前編

 奏はリゲルという大きな白い犬を飼っていました。小さい頃からずっと一緒に暮らしていました。ふさふさとした白い毛を泥んこにして、朝から晩まで一緒に遊んでいたあの日々を、彼女は今でも覚えています。泥だらけのリゲルを洗ってあげると、本当に、眩い美しい白い犬になるのです。黒くて大きな瞳は宇宙のようで、いつだって可愛らしい星がきらきらと輝いていました。


 勿論、犬の寿命というものは、人間に比べてしまえばはるかに短いものであります。


 リゲルも、奏が大学に入るその前に死んでしまいました。無事に大学に合格し、ようやく彼女の心に余裕ができていたにも関わらず、凍てつくように寒い日が続いていた冬の日でした。日曜の昼下がり、いつものように、リゲルは奏に寄りかかるように横になりながら、死にました。


 静かな死。その言葉以外に何と言えましょう。リゲルが息を引き取ったのに、彼女はすぐに気がつきました。それでも、リゲルはまだもう少し、こうしていたいと思っている気がして、奏は涙を流すのも後に、もう少しだけリゲルと一緒に昼下がりを過ごしました。こぼれ落ちてくれさえしなければ、自分が涙を流している事になんて気づかなくて済んだのに。リゲルの白い体に落ちていく涙を、彼女は拭う気にすらなれませんでした。


 奏はすぐそばで死んでしまったリゲルに、そっと言いました。

「さようなら」





 そんなリゲルが、彼女を星に会わせたのです。


 リゲルが死んでしまい、彼女が寂しくて落ち込んでいた時のことです。奏の夢に、リゲルが現れました。夢の中のリゲルは生きていた頃と同じように真っ白で、美しくて、尻尾をぶんぶん振っていました。彼女達はどこかわからない美しい草原にいました。星明りで潤うように輝く草原の向こうから、リゲルは駆けてきて奏に飛びつきました。リゲルのふわふわした体に触れても、その温もりが全くない事で、奏はこれが夢であると自覚しました。それでも目の前にリゲルがいることが嬉しくて、彼女は思いっきりリゲルの体を抱きしめました。耳元でリゲルがパタパタと耳を振るのがわかりました。


 しばらくしてからようやく、奏はリゲルから手を離してその顔をじっと見つめました。星が輝くリゲルの瞳の中には、空に輝く星も映っておりました。ひんやりとした草原に足元をくすぐられながら、リゲルと一緒に、奏は裸足のまま歩き出しました。

 見渡す限りの夜空には、見た事もないくらいたくさんの星が輝いていました。草原の向こうから自分たちの真上を通り、はるか彼方の草原のその向こうまで流れる天の川を目で追うと、なんだかぐらぐらしてくるほどでした。


 こんな美しい場所なんだ。きっとここはリゲルの天国なんだ。夢の中で奏はそう思いました。甘くて爽やかな風がどこからか吹いてきて、奏の黒くて長い髪をそっと撫でました。奏はリゲルと同じ真っ白のワンピースを着ていました。そのワンピースのせいなのか、夢のせいなのか、奏は自分の体がとても軽くなっている事に気がつきました。一歩進むたびにふわりと体が浮きます。リゲルと一緒に奏は星空の下の草原を歩き続けました。


 しばらく歩いて、奏とリゲルは再び星空を見上げました。無数にある星々のうち、不思議と一つの星座が奏の目に飛び込んできました。三つの星が並び、それらを囲む四つの星。真っ赤な星はベテルギウス、向かい合う青白い星、それはリゲル。そうです。オリオン座です。天空でこん棒を振る巨大な彼は、ここでも静かに美しく輝いていたのです。奏はこの星座が好きでした。中でも、青く眩しく輝くリゲルという星が好きでした。昔母親にそのおとぎ話をしてもらっていたからです。だからリゲルにも、リゲルという名前を付けたのでした。


 奏は風でさざめく草原に腰を下ろしながら、リゲルに言いました。

「リゲル、見て。オリオン座があるよ。ほら、リゲル、あそこにリゲルがいる」

 犬のリゲルは隣で舌を出しながら奏の顔を見ていました。彼女がオリオン座を指さすと、リゲルはまるで奏が何を話しているのか理解しているように、そちらを向きました。リゲルの瞳には、確かに天空の巨人が映っていました。するとリゲルはもう一度奏の方を向き直り、それから一度身震いすると突然駆けだしました。

「リゲル!どこに行くの?」

 奏がすぐに追いかけようとすると、リゲルは少し先で走るのを止めました。そして星空に向かって、遠吠えをしたのです。体の大きなリゲルが遠吠えをするその姿は、まるで白銀の狼のようでした。


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