ヘラクレスのたたかい
『青の世界』のまわりが森でかこまれた湖の昼下がり、青い肌の巨大な女性『グウレイア』が魚たちとたわむれていました。グウレイアは身体が水でできていて、優しさと美しさをかねそなえた女神で、あらゆる生き物から『水の女王』と親しまれています。
(ふふっ……、今日もいろんなかわいいお魚たちを見られてうれしいわ。!……水面でおぼれている生き物は何かしら……?)
「助けて~!ぼく泳げないんだ~!」
そんな中、水面では一匹の雄のカブトムシがおぼれていました。それを見つけたグウレイアはおぼれているカブトムシを手ですくい上げました。
「ふふっ……、もう大丈夫よ。」
「ありがとう、ぼくはカブトムシの『ヘラクレス』って言うんだ。お姉さんは一体?」
「わたしは水の女王グウレイア。ヘラクレス、急に失礼だけど、どうして湖に落ちちゃったのかお話しできないかしら?」
グウレイアとヘラクレスはお互いあいさつした後、グウレイアはヘラクレスに湖に落ちたいきさつについてたずねました。
「ぼく、樹液を見つけたんだ。それで、樹液をなめようとしたら他のカブトムシたちに湖に落とされたんだ。」
ヘラクレスは樹液を見つけたけど、他のカブトムシたちにうばわれたと話しました。
「生きていくための糧をめぐる争いに敗れたのね。」
「うん……。ぼく……、強くなりたいんだ……!」
ヘラクレスは強くなりたいと涙ながらにグウレイアに語りました。
「……あなたは強くなってどうしたいの……?」
「強くなければ……、生きていけないんだ……!せっかく樹液を見つけても……、他の虫に横取りされるんだ……!だから……、争いに勝たなきゃ……!」
「……争いの中には……、決して安らぎなどないわ……。」
「!……」
グウレイアは争いの中に安らぎはないとのべ、ヘラクレスははっとしました。
「……自分のための争いなど……、むなしさしか残らない……。」
「じゃあ……、お姉さんは……、どうしたら……、強くなれるっていうの?」
「それは……、わたしにもわからないわ……。でも……、一つだけ言えるのは……、だれかのためならば……、おのずと行動できるということよ……。」
「だれかのため……?」
「そう……、他の虫が先に見つけた樹液をその虫より強い虫が横取りしようとしたら……、あなたはどうするの……?」
「……わからないや……。」
「今は実感できないでしょう……。けど……、いつか決断を迫られる時がくるわ……。その時に……、あなたの真価が問われるの……。それでは……、あなたに水の加護を……。」
「ごきげんよう、お姉さん。」
グウレイアはヘラクレスを木の枝に乗せて別れを告げました。
ヘラクレスが木の枝を歩いていると、二匹の雄のカブトムシが二匹の雌のクワガタと樹液をめぐって対峙しているのを見つけました。
(あっ……、さっきぼくを湖に落とした者たちだ……。今度は雌のクワガタたちと……。)
二匹のカブトムシたちは以前、ヘラクレスを湖に落としたカブトムシたちでした。
「やいやいやい、この樹液はおれたちの物だ!引っ込んでもらおうか!」
「何よ、最初に見つけたのはあたしたちだからね!」
「そうよ!引っ込むのはあんたたちの方よ!」
「へっへっへっ……、じゃあ力づくでたたき落としてやるよ!」
カブトムシたちがクワガタたちを角でおそいかかろうとしたその時でした。
「待て!樹液のひとりじめはゆるさないぞ!」
ヘラクレスはカブトムシたちに言い放ちました。カブトムシたちは一瞬動きを止めました。
「ほほう……、だれかと思えばこのおれに落とされたあのヘラクレスか……。」
「あ~、またしてもボスに落とされたいのかねえ~!」
カブトムシたちはヘラクレスをあざ笑いました。
「がんばって~!ヘラクレス~!」
「あんなやつら、落としちゃって~!」
一方、クワガタたちはヘラクレスをおうえんしました。
(『他の虫が先に見つけた樹液をその虫より強い虫が横取りしようとしたらあなたはどうするの?』『だれかのためならばおのずと行動できるものなの。』……、そうだ……。グウレイアお姉さん……、ぼく……、みんなのために……。)
ヘラクレスはグウレイアの言葉を思い出しながらボスのカブトムシと向き合いました。
「また落とされにくるとは救いようのないやつだな!」
「あの時のぼくは……、自分のためだけにたたかってたから負けたんだ……。でも……、今はちがう……。みんなのためにたたかうんだ!」
ヘラクレスはボスに自分がなぜ負けたのか、そして今なぜたたかうのかを言いました。
「ちょこざいな!おまえが何匹束になろうがおれにかなわないことを教えてやるよ!」
ボスはヘラクレスめがけて角で突進してきました。ヘラクレスは角を下にしてボスの突進を防ぎました。
「……なぜだ……、なぜおれの一撃を……。」
ボスは一度やぶったはずのヘラクレスに突進を防がれてうろたえました。
「言ったはずだ……、みんなのためだって……。みんなのためならば……、ぼくはいくらでもたたかえるんだ!」
ヘラクレスはボスにだれかのためならばいくらでもたたかえると言い放ちました。
「そうよ、ヘラクレスはみんなのためにたたかってるの!」
「そんなヘラクレスが樹液をひとりじめしようとしてるあんたたちに負けるわけないわ!」
クワガタたちもそれぞれさけびました。それに乗じてまわりの虫たちもヘラクレスと何度もさけびました。さらに、ウサギやリスにちょうちょをはじめ、さまざまな森の生き物たちまでもがヘラクレスをおうえんしました。
「なっ……、何だ……、この流れは……。まあいい……、おれの角でこいつごとくつがえしてやるよ!」
ボスはヘラクレスに角をもぐりこませようとしました。しかし、角はヘラクレスの角の上をとおってしまいました。ヘラクレスはこの機会をのがさず、角でボスをはね上げました。ボスは木の枝から水面に浮かぶはっぱの上に落ちました。
「くっ……、このおれが負けるとは……。みとめない……、みとめないぞ~!」
ボスははっぱに流されながら遠吠えしました。
「ボ……、ボス~!」
子分のカブトムシはにげていきました。
「ありがとう、ヘラクレス!」
クワガタたちはヘラクレスにお礼をのべました。こうして、樹液はヘラクレスとクワガタたちにはもちろん、他の虫たちにも分けられました。もらった樹液は多くなかったけど、ヘラクレスはもちろん、みんなよろこびました。
グウレイアは湖の上からこの光景を温かく見守っていました。
(ふふっ……、分け合おうとするかひとりじめしようとするかのちがいがたたかいの流れを決めたようね……。ヘラクレスたちのようにみんなが全てを分け合う……、そうした平和な世界であってほしいわ……。)
グウレイアはみんなが全てを分け合う平和な世界となることを願いました。