第7話 死者と古代兵器
会場では田上の実況に熱が篭る。
「さあ始まりました! GEALこと、ジェネレーション・アルファの発表イベント特別バトルロワイヤル大会! ギルフォードの大地に集った三百名以上の配信者が、熾烈な争いを繰り広げます! 最後に残るのはぁ! 王の座を手にいれるのは、一体ッ! 誰なのかぁ?」
「開始十分、減ったプレイヤーは……三十四名ですね。やはり開幕は乱戦が起きますね」
「現状、一番敵を倒しているプレイヤーを見てみましょうか」
田上の言葉を合図に、ステージ上のスクリーンが切り替わる。そこには勇ましく立っている、すらりとした女性が映し出される。
ロルフガルドから南の地域には、沼地が広がっている。
地面の大半が水に覆われていて歩きづらい。水面に浮き草が生え、背の高い木々と枝垂れた枝が視界を悪くさせる。遮蔽物は多く身体を隠すことはできるが、歩みを進める度に水が音を立てる。
鈍い銀色の鎧を装備した三人の男達が沼に両手両膝をつき、情けなくうなだれている。
「ぐっ……三人で挑んだのにっ!」
「すこしは手応えがあるかと思ったがな!」
見下す様に立っていた女は口を開いた。
クールな口調。ミディアムヘアーの赤髪とすらりとした体つき。身につけた黒いロングコートに紫の装飾が施されている。
「アンタは……何者なん……だ」
別の男が口を開く。
「レイカーって言えばわかるか」
ゲームにある程度、関わっている人間であれば彼女の名前を知らない人は少ない。
世界で一番プレイ人口の多いゲームのトッププレイヤーであり、そのプロゲームチームのリーダーも務めている。
「れ、レイカーか……俺らは運が悪かったな」
彼女の名前を聞き、肩の荷が少し下りた男達は笑い始めた。
手に持っていた槍をグルグルと回し、レイカーは三人のプレイヤー達にとどめを刺す。
赤いかけらをばら撒き、三人は消滅する。彼らの身につけていた銀色の鎧と武器だけが水に沈んでいく。
レイカーがすべてを拾い上げると、それらはスッと消える。
メニューから持ち物メニューを開くと、拾ったアイテムがズラリと整頓されている。
「下級装備か、無いよりは幾分かマシか」
頭、胴体、手足すべてに鎧を装備する。見た目こそ衣装を着ているため、変わらないがDEFステータスは上昇している。
それらを確認し、ウィンドウを閉じるレイカーの背後から水の音が聞こえた。
彼女が振り返ると、木の陰にキラリと二つの光が怪しく輝いている。
「誰だ!」レイカーは槍に力を込める。「姿を現せ!」
木の陰から不気味な笑い声が聞こえ、ビジネススーツを着たぴっちりとした七三分けの男がスルリと出てくる。
「見つかってしまいましたか。陰は薄い方なんですがね」
男はクックックッと不敵に笑う。
「気味の悪い奴だ」レイカーは一歩踏み出そうとするが、足が動かない。「な、何をした⁉︎」
水面下で黒ずんだ紫の物がピクピクと蠢いている。よく見てみると、それは人間の手ように見えた。それがレイカーの足を掴み、彼女の動きを阻害している。
「私の攻撃は既に始まっているんですがね」男はメガネをクイと上げる。「死者達の行進開演!」
レイカーの周囲の水面がバシャバシャと騒めき始める。水面下のドロドロになった土から無数の紫色の腕が生え始める。それらはレイカーの両足に絡みついて、拘束する。
「チッ! 不覚を取ったか」レイカーは表情を一瞬歪める。「プラチナム・ソルジャーズ!」
彼女の両脇に、三頭身程の背の小さな兵士が二体出現する。フルフェイスヘルムから垣間見える計四つの瞳はレイカーの髪色のように爛々と輝いている。手に持った剣も刃渡り三十センチ程の物で、鋭い輝きを放っていた。
「プラチナム! この腕を斬り伏せろ!」
レイカーの指示に、野太い「御意」と声を上げ、剣を素早く振り回す。
足を掴んでいた紫色の手達は切断され、消滅していく。
「アビリティ主を狙うぞ!」
拘束を振りほどいたレイカーは、ゾンビ軍団を指揮している男に特攻を仕掛ける。
「なるほど、あなたも召喚系でしたか。それ以外なら勝ち目はあったのですが」男は不敵な笑顔を浮かべ、黒縁メガネをクイクイと素早くあげている。「楽しくなって参りましたねぇ。屍達、標的を取り囲むのです」
悍ましい呻き声がレイカーの周囲から聞こえ始める。腕が地面から生え出し、水面に鮮やかな紫の花を咲かせた。
それらはすぐにその全貌を現した。紫色の肌は所々爛れ、腐って崩れ落ち、肉も見えている。
「ぐっ、数では不利か」
グロテスクな見た目と、夥しいほどの数。どんな困難な状況でも冷静沈着に立ち回るレイカーでも、数秒たじろぎ、思考が真っ白になった。
それらは無数の肉壁となり、レイカーと黒縁メガネの男の間に立ち塞がる。
「いいですねぇ、死者に襲われる美女」男はうーんと感嘆の声を漏らし、メガネを高速でクイクイさせる。「本当に絵になりますね」
「道を切り開け! 本体を狙え! プラチナムズ!」
小さな兵士達の短い返事に、剣が屍達を斬り崩していく音が続く。レイカー本体も手にした槍を振るい、立ち塞がるゾンビ達を倒していく。
「素晴らしいです! 屍の花道!」
男は表情を一切変えず、キラリと光るメガネだけが高速で上下している。
体力の低い死体達は痛覚が無いのか、洞穴のような声を出し、消滅していく。
しかし、消滅とほぼ同じスピードで屍達はさらに生み出されていく。
ゾンビの群れは荒波の様に押しよせ、ジリジリとレイカーとプラチナムを飲み込んでいく。
勝利を確信し、高らかに笑い声を上げる黒縁眼鏡の男。
「物量こそ正義! 物量こそ——」
男の胸を槍が貫く。ダメージエフェクトが舞う。
数秒の沈黙。何が起きたか理解するのに数秒を要した。
男がゆっくりと後ろを向くと、そこには槍を持った小さな銀色の兵士。
プラチナムソルジャーはその小ささと、ゾンビが立てる水音を利用し、敵の背後を取ったのだった。男自身の視界も、屍の大軍に遮られていた。
「さすが……で……」
男の言葉を待たず、プラチナムはもう一度槍を突き刺した。
屍達は、男の身体が消滅するのとほぼ同時に動きを停止し、一斉に消えていく。その中から泥に塗れたレイカーが現れる。
「単調な命令しかできない屍に負けるはずがないだろう! しかし……」彼女はゆっくりと男の落としたアイテムを拾い上げる。「少し緊張はしたぞ」
黒縁のメガネをかけた。彼女なりに対戦相手のことは敬っているらしい。
「花梨……こわかったぁあ」
地面に座り込み、レイカーが情けない声を上げる。
「勝てたならいいじゃん! かっこよかったよ」
「でも……でもこわかったよぉお、なんなのあいつ、ゾンビとかずるいでしょぉ」
「そんなに声を出してるとまた別のプレイヤー、来ちゃうよ? 今度はお化けかもね……」
レイカーが小さく短い声を漏らす。
沼地の奥から別の水音が聞こえてくる。別のプレイヤーなのは確かだが、今のレイカーを怖がらせるにはそれで十分だった。
「おねえちゃーん」花梨は通話越しに低く喋り始めた。「おねえちゃんおねえちゃんおねえちゃん」
「いやあああ」
レイカーは音から遠ざかる様に南の方向へ走り出した。凛とした彼女の姿はそこになかった。
沼地からさらに西。古代要塞都市フォートシュタルネがあった。ロルフガルドが建設される前はそこが主要都市だった。現にロルフガルドはシュタルネをベースにデザインされているのだ。
文明の朧な影を残すこの場所には、ボロボロになった壁や街道には蔦が絡みつき、長く人が立ち入っていない事がわかる。
古代兵器達の襲撃で手付かずになったこの都市には、以前として奇怪な形の奇妙な機械達が闊歩している。
金髪に、革のベスト。屈強な体付きの男は怒声と共に、岩の腕甲で古代兵器の赤く丸い核を殴りつけた。
核にヒビが入ると、それが繋ぎ止めていた全てのパーツがバラバラになり、地面にアイテムを残して消えた。
「うっしゃあ! ボス討伐! 余裕だなァ」
地面に残された黒いガントレットを拾い上げ、ゴウケンはそれを装備する。紫と青の幾何学的な模様が腕甲全体に浮かび上がり、鮮やかな光を発した。
「おもしれぇ武器だな、ん?」
ゴウケンがアイテムメニューでそのガントレットを確認すると、ビームが撃てることが明記されていた。
「やってみっか」他の古代兵器を見つけ、両手の平を向ける。「発射ッ!」
青と紫の光線が放たれ、古代兵器の核を貫いて、破壊する。ビームを打てたことに、ゴウケンは嬉しそうに頷く。
街角から二人のプレイヤーがその様子を覗き込んでいる。彼らは別のプレイヤーに向けて指でサインを送った。
彼らは七人でパーティを組んでいて、有力株を先に潰そうと結託しているプレイヤー達。そして、最初に選んだのは格ゲーのプロだった。
「あいつを倒せば、俺らの優勝も固い」
二人のプレイヤーの男の方がそう呟く。女はコクリと頷くのみで、角から大柄で金髪の男を覗き込む。
張り詰めた空気。
そんなことは気にせずに、ガントレットを見て喜んでいる大柄の男。
不穏な笑みを浮かべ、彼らの中の一人が手を振り下ろす。
それを合図に、目標目掛けて五本の矢が一斉に放たれた。
「こりゃいい……な」
ゴウケンは何かの物音に気付き、警戒を悟られない様に身構えた。
五人以上に囲まれている。圧倒的なゲームセンスがゴウケンにそう囁きかけた。
風を切る音。
「岩の鎧!」
ゴウケンの身体を岩が包み込み、5方向から飛んできた矢を弾き飛ばす。
攻撃を受けても岩は砕けない。
「てめぇら! いい度胸じゃねぇかぁあ! 五人でも十人でもかかってこいよ!」
ゴウケンは叫ぶが、返答はない。
「そういうことかよッ! じゃあこっちから行かせてもらうぜ!」
矢の一本が飛んできた方向、崩れかけた二階建ての建物に突進していく。手のひらを向けてビームを打つと、建物の一階が崩れ出し、女の悲鳴が聞こえてくる。
「岩の腕甲ォォ!」
雄叫び。岩を破壊し、悲鳴の根源を探す。
「そこかァ? おっ、いたな!」
瓦礫の中から這い出た女を見つけ、突撃するゴウケン。
「ひ、ひぃ!」女は顔を引きつらせ、ゴウケンに背を向けて走り出す。「シャドウ——」
「させっかよ!」
瓦礫の中に女を発見するとゴウケンは飛びかかり、逃げ出そうとするプレイヤーの後頭部を腕に付いた巨大な岩で殴りつけた。
女はダメージエフェクトを散らし、アビリティを使う間も無く、ゲームから追い出された。
そしてゴウケンは、また別の矢が飛んできた方向に向けて走り出す。
「い、いったいどうなってんだ!」
瓦礫の裏に隠れていた男は、仲間の叫び声に狼狽ている。
「見つけたぜぇ」
男の上から低い声が投げ掛けられる。上を見上げると、金髪の男。そしてそれが、男がゲームの中で最後に見た光景だった。
七人組だとて、所詮は寄せ集め。統率などほぼゼロに近く、ゴウケンにやられた仲間を見て、数名は逃げ出した。残されたのはサインを出した男と女のみ。
「私達も逃げないと!」
女が声を張り上げた。
男は動こうとしない。七人パーティの発案者としての彼のプライドがそれを許さなかった。
だが、その決断は良い結果を生まなかった。
彼らの隠れていた建物が、丸ごと破壊され、男の体よりも大きな岩の拳が彼らを殴りつけた。