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第六話 砂と雪と

 まばゆい光に包まれたシラスは穏やかな浮遊感を感じた。

 少し体が浮かびあがっているのだろう。

 数秒の後、視界が開けていく。

 目を動かすと、一面の緑と空の青が見える。芝生の中に

 左奥には雪山が雄大にそびえ立っていた。右奥は海とその前にある大きなクレーンが目印の港だ。シラスが飛ばされたのは中央都市ロルフガルドから少し東の場所、ソワノル平原。

 地面に足が付いた。

 体はまだ動かない。一斉に動けるようになるのだろう。青白い光の輪っかが両手両足を拘束している。

 そして目の前には、自分と同じ様に転移(テレポート)しているプレイヤー。

 金髪。小柄だが、しっかりとした身体つき。

「え……」

 呟きと言うよりも、勝手に出た声。ため息が続いた。

 ただでさえ体が拘束され動かない上に、緊張で身体は硬直する。

 自分の運のなさを痛感した。ここで終わるかもしれない。

「やあ、お互いに運が無いね」

 金髪の男は気さくに話しかけてきた。

 二者の距離、約十数メートル。戦おうと思えば、行動できる様になった後ですぐにでも戦えるだろう。

 周囲を見渡す。他のプレイヤーの姿は百メートル以内には見えない。身を隠せる様な木々や岩の塊は見えているが

 

「転移完了。ゲームをスタートします」

 アナウンスが響き渡ると、拘束が解け、身体が動かせる様になった。

 それでも金髪の男はその場から動かない。不敵な笑顔のまま、シラスに語りかける。

「君はあの体の大きなプレイヤーと戦っていたね。非常に厄介そうだ」

 シラスは押し黙った。

 彼の次に何を言うかによって、取らなければいけない行動が変わる。

 逃げるか。戦闘か。

 そして、戦闘だけはどうにか避けたかった。武器もない状態では、移動速度を上げることしかできない。

 相手のアビリティがわからない以上、背中を向けることは悪手だとも分かっている。

「僕はシュルド。そして、また後で会おう!」

 男はくるりと踵を返し、倉庫街へ駆け出した。走るというよりか、ウサギの様に跳ね回っているように見えた。

 

 その背中を見送り、シラスは安堵する。

「危なかったね。シュルドは海外の有名FPSプレイヤーよ。銃を作り出すアビリティだったらここで終わってたかも」

 ルナの言葉に、シラスは肩を撫で下ろす。

「そういえば、さっき転移ギリギリで何か言おうとしたけど?」

「それはね、もしかしたら転移先が他プレイヤーと近い時にどうすればいいか——」

「めっちゃ重要な情報じゃん! 早く言っといてよ!」

「過ぎたことだし、いいでしょ? さ、雪山に行くよ。いざ、レア装備! 駆け足!」

 妖精になったルナはシラスの背後に周って背中を押す。

 力は強くないが、しっかりと押されている感覚がある。

 青いと緑の大地に、そびえる巨大な白い山を目指して、シラスは走り出す。

 

「そうだ、モンスターを倒して、武器と防具を手に入れないとね」 

 走り出してすぐにルナが口を開いた。

「でも、モンスターなんてどこに——」シラスは周りを見た。「って……囲まれてる!」

 低い唸り声が耳に届くのとほぼ同時に、黒い怪物が視界の端にいた。

 三角形の陣形を組み、シラスを取り囲むモンスター。

 それらは狼の様な犬型モンスターだった。黒い体毛と尖った耳。そして隆々と盛り上がった筋肉は、顎にまで達している。噛み付いたら簡単には離れなさそうだ。

「来るよ! 構えて!」

「構えるって……何を⁈」

 モンスター達は姿勢を低く構え、今にも飛びかかってきそうだ。

「拳! パンチよパンチ!」

 戸惑いながらも、コクリと頷き、ボクサーの様に拳を上げる。

「……スピード・フォルテ!」

 移動速度を上げ、ステップを踏む。

 怪物の一体は全身の筋肉を一気に弾けさせ、地面を蹴って飛びかかる。

「ここだッ!」

 シラスは飛んできた怪物の顔に拳を突き立てる。

 ゴウケン戦で彼の動きを見て、そして直に攻撃を受けて、イメージは固まっていた。

 回転の乗った拳が怪物の顔横に叩きつけられる。

 怪物は恐ろしい見た目とは裏腹に、かなりか弱く、怯んで地面に転がる。

「できるじゃん! 次、来るよ!」

 シラスが振り返ると、背後から二匹の怪物が一斉に飛びかかってくる。

 鋭い爪と尖った牙がぎらりと輝き、ネバネバとした涎が飛び散った。

「バックステップ!」

 ルナの掛け声に、シラスは後ろへ飛びのく。

 怪物の伸ばした手は空を切り、その場に着地する。

 着地に合わせシラスは右側の怪物を攻撃する。

 右左右のコンビネーションを怪物犬のモンスターに叩き込む。

 真紅のダメージエフェクトがガラスの様に飛び散り、怪物は消滅した。

 倒れ込んでいたもう一匹の怪物も起き上がり、残った二匹は雄叫びを上げる。

「後二体……って、ちょっと大きくなってない?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「言われてないよ!」

 仲間の死に反応し、怪物達の体が大きく、より力強そうに成長した。筋肉が盛り上がり、血走った目には真っ赤な光を宿して、シラスの前後で臨戦態勢を取っている。

「シラス、ここよ!」

 ルナが声をかけてきた方向を見ると、彼女は地面を指差している。そこにはキラリと光る剣が落ちていた。倒したモンスターから落と(ドロップ)されたものだった。

 長さ一メートルほどの剣は、持ち手に布を巻きつけただけのシンプルな直剣。武器としては粗悪品で、かなり心許ないが、素手よりは幾分か頼りになるかもしれない。

 コクリと頷くと、シラスは剣を掴もうと屈む。

 怪物達は奇声を発しながら、前後から同時に飛びかかる。

「パワー・フォルテッ!」剣身が赤い光を帯びる。「スラーッシュッ!!」

 赤い斬撃が半月を描き、黒い怪物達の頭部を切り裂いた。

 耳を擘くような奇声と共に怪物の体が、砕けたガラスの様に飛び散って、空中で消滅していく。

 怪物が消えた場所には、赤い液体の入った小瓶と、緑色の本が残された。


「やるじゃんか、シラス」

「モンスター相手なら、なんとかなりそう!」

DD(デビル・ダンジョン)ⅢはPVE(対モンスター戦)ゲームだもんね」

「そうだね、PVP(対人戦)はダメだけど」シラスは地面のアイテムに気づき、拾い上げる。「これは回復薬(ポーション)だね。でもこっちはなに?」

 緑の本を拾い上げ、ルナに見せた。

「ステータスを上昇させる本ね。緑はVIT(体力)で、色によって伸びるステータスが変わるの。適当なページを開けば使用されるよ」

 言われるがまま、シラスは本を開く。

 淡い緑の光が本からこぼれ出し、シラスの体をやんわりと包む。

 シラスは、自分の視界の中に見えていた体力のゲージが、一ミリほど伸びたことに気がついた。

「なるほどね、ステータスを伸ばそうと思ったらモンスターも倒さないといけないシステムなんだ」

「そういうこと! イメージとしてはモンスターから装備やアイテム、ステータスポイントを集めて、他のプレイヤーとの戦闘に備える感じね!」

「ルナにしては分かりやすい説明だ……」

「んもう、なによー。私は毎回ちゃんと説明してるじゃない!」

 ルナは頬を膨らませ、腕を組んだ。

「ご、ごめんー」

「まぁいいけどっ! さ、早くいくよ、ボスモンスターは早い者勝ちだからね」

 シラスは草原を駆け抜けた。

 心地の良い風と柔らかな日差し。温度は感じ取れないが、きっと寝そべったら気持ちがだろう。もちろんバトルロワイヤル中でなければだが。

 

 中央都市ロルフガルドから西の場所。そこは一面の灰みがかった黄色の地面と鮮やかな青の空が広がる砂漠地帯だった。巨大岩と枯れ細った木々やサボテン。吹き荒れる風が砂粒を巻き上げ、視界を遮る。空に浮かぶ太陽はジリジリと照りつけ、実際なら気温が高くて苦しい場所だろう。

 北西には赤黒い色をした山がおぼろげに見えている。

 赤い髪の毛に、白いシャツとベージュのパンツ。高い背と砂漠に似合わない爽やかな顔立ち。シラスが雪山へ走っているのと時を同じくして、ヤイバは砂漠でリザードマン二体と戦っていた。

 リザードマンはその名の通り、人型の爬虫類系モンスター。細い長い四肢と尻尾。レザーチェストプレートに剣と盾を装している。

 中でも砂漠地帯に出現(スポーン)する種類は、サンドリザードマンと呼ばれ、砂とほぼ同じ色の鱗が特徴的だ。

「倒れろ!」

 ヤイバは人型のモンスターに剣を振り下ろす。縦一線に剣が走り、ダメージエフェクトが飛び散った。

 薄汚れた黄色の鱗を持ったリザードマンは真っ二つになり、低い唸り声を上げて消滅する。地面に残されたのはレザーアーマーと弱そうな剣。

 ヤイバはそれらを拾い上げそのまま装備する。二本の剣を手に持つとそれをくるくると回し、はしゃいでいる。

「やっと、二本の剣が揃ったな」

「四体はやばいかとおもったけど、なんとかなったよ!」

「慌てずに対処できたな。見事な腕前だ」

 ヤイバの耳に、野太い声が届く。

 サポーターからの通信は、プレイヤーの耳にのみ届く設定だ。側から見れば一人で会話しているように見えるのがすこし難点らしい。

「これでアビリティが存分に発揮できるかな」両手に剣を持ち、アビリティ名を叫ぶ。「ストーム・ブレイド!」

 両方の剣に竜巻が巻き起こる。轟々と吹きすさぶ風が地面の砂を巻き上げ、小さな砂嵐へと変わる。

「二本あれば連撃もできる。ヤイバのアビリティとも相性はいいはずだ」

「行けそうだね。って……誰か近づいて来てる」 

 一面の黄色の中に、パステルカラーの小さな点が近づいてくる。それをよく見てみると、女の子だった。それも幼い少女だ。

 彼女は淡いピンク色のヒラヒラとしたドレスを着ている。長い髪の毛も鮮やかなピンク色一緒だ。彼女は本当にピンク色が好きらしい。

 名の知れた配信者には、それ相応の衣装(アバター)が作られる。そして彼女もそうなのだろう。

 継ぎ接ぎパステルカラーのぬいぐるみをぶんぶん振り振り回しながら、砂の道なき道を楽しそうに歩いている。どうやらまだこちらに気づいてはいないようだが、まっすぐにヤイバの方に向かってきている。

「判断はお前に任せる。見つからない様に返事はしなくていい」

 ヤイバはコクリと頷くと、砂丘のくぼみに身を隠した。

 

 少女はヤイバのすぐ近くまで来ると、砂の上にできた足跡に気づき立ち止まる。

 首を傾げ、あたりを見渡している。

「だれかいるのね?」

 彼女の声はかわいらしい幼い子供のようだった。

「ハクアちゃんが一発で仕留めてあげるよ!」

 彼女はぬいぐるみをポイと投げ捨てた。

 地面に落ちたパステルカラーで間抜けな顔をしたクマのぬいぐるみが、ポフという情けない音を立て、黄色っぽい砂にまぶされた。

 ヤイバはそれをみて、正直安堵し、油断した。どんな相手が来るかと思えば、可愛らしい少女。そして彼女はぬいぐるみを地面に叩きつけただけ。

「キュート・ボム!」

 轟音と眩い光。

 砂が爆風と共に打ち上げられ、半径三メートルほどが炎に包まれる。

「ぐっ!」

 急な爆発にヤイバは腕で顔を守った。

 目を開けると黒い煙と砂のカーテンで前が見えない。肌に当たる砂の粒子がざらざらとしている。

 砂の中を歩いてくる少女。足音は聞こえるがどの方向からかまではわからない。

「みぃぃつけたぁ!」

 ヤイバの左からハクアの声が聞こえた。心なしか彼女の声色が低く、おどろおどろしい。

 振り返ると先ほどまでの可愛らしい彼女の顔はなく、砂の中で猟奇的な表情を浮かべた小さな女の子が立っていた。

 そして彼女の手にはもう一体、同じぬいぐるみが握られている。

「雑魚そうなやつだねぇええ!」彼女はヤイバの前にそのぬいぐるみを投げつける。「キュート・ボム!」

 地面に落下よりも早く、空中で爆発を起こす。

 炎と砂がヤイバを飲み込んだ。

 彼女の高笑いが辺りに響きわたる。幼い見た目からは想像できないほど、グロテスクなわい声だった。

 黒煙が渦を巻き始める。

 現実の摂理ではあり得ないことに、ハクアは目を見開いて、たじろぐ。

「なっ……なにが起きている⁉︎」

 煙が上へ上へと伸びていき、消えていく。

「あっぶねぇー」ヤイバは気の抜けた声をあげた。「ストームブレイドが間に合ってなかったら終わってたな」

 煙が全て晴れると、ヤイバがその場に立っていた。

 左側に集めた嵐の剣で、爆発のダメージを軽減させていた。それでもHPゲージは四割ほど削れている。

「今度はこっちの番だ!」地面を蹴りつけ、ハクアに距離を詰める。「アタックフォーム!」

 左手に持った剣の竜巻が消え、代わりに右側の嵐が強さを増していく。疾風の渦は長く細く伸び、二メートルほどの嵐のロングソードを作り出した。

「は、反則よ!」彼女が広げた手の中に、新たにぬいぐるみ爆弾が生み出される。「近づかないで!」

 近づいてくるヤイバにぬいぐるみを投げつける。

「キュートボ——」

「ディフェンスフォーム!」

 右が消え、左に移る。左は右と違い、幅広の大剣の様になる。長さは短いが、爆発から体を守るには十分すぎた。

「ず、ずるい! 反則よ! あんたみたいなのが私に勝てるわけが——」

 ハクアは距離を取りながら、爆弾を作っては後ろに投げる。でこぼこになっていく砂の地面。数本の砂の柱。

 ヤイバは華麗にそれらを回避し、時に剣で防ぎ、距離を詰めた。

「反則ならッ、あんたの爆弾の方だ!」右の剣に嵐が帯びる。「ハリケーン・スラッシュッッッ!」

 ヤイバはハクアに斬りかかる。

 うさぎのぬいぐるみ。

 爆発するくまのぬいぐるみと比べるまでもなく、真っ黒なうさぎだった。

 ハクアはそれを地面に叩きつけた。

 墨のような黒い煙が噴射し、真っ暗な世界がハクアを隠し、ヤイバの視界を奪った。

 暗闇と砂の上を走るハクアの足音。

 ヤイバは両方の剣に嵐を起こして振り回し、ながらハクアのいた方向へ走る。

 竜巻は煙をかき乱すだけで、視界は晴れない。

 煙を抜けると、少女の姿はない。砂の上に小さな足跡が続いているだけだ。

 遠くに目を凝らすと淡いピンクの一点が動いている。

「ちっ、逃げられちゃったか」

「どうする、追跡するか?」

「うーん、あっちは火山とは逆だしなぁ。まぁ許してあげるよ」

「なるほど。堅実な判断だと思うぞ」

「おっさんは堅実な判断ができてれば、ルナちゃんに負けなかったんじゃないの」

「うむぅ……」通話越しでも彼が悔しがっているのがわかった。「そうかもしれんな……」

「真面目すぎだよ、おっさん。平気だって、ルナちゃんもサポーターやってるんでしょ? 俺が仇とるからさ! んじゃ、炎の剣、取りに行くか」

 そういうとヤイバは火山の方向に走り出した。

 砂嵐は少し落ち着いてきたようだ。

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