第五話 闘争本能
「後三十分ほどでバトルロワイヤル大会が始まりますが、草壁さんどうでしょう?」
「そうですね、多くの配信者の方々がご参加いただくこのイベント。私もどんな結末になるか全く予想がつきません」
「それが見どころでもありますね。まず、最初のテレポートがランダムですから、そこのめぐり合わせも大いに勝敗に絡んでくると思います!」
配信者達がいなくなった会場では、壇上の草壁と田上が大会のルールなどを説明していた。
大きなスクリーンには注目度の高い選手達の準備中が映し出されていた。
「草壁さん! どうやら大会開始前に、決闘が行われるみたいですよ」
映像が切り替わると、訓練場が映し出される。
「かなり予想外ですが……興味深いです! プロプレイヤーのゴウケンさんですか」
雄叫びを上げ、突進していく黄金の獣。
地響きすら聞こえてきそうだが、意外にも男の足取りは軽くしなやかだ。
シラスは足の速度を上げ、なんとか距離を離そうと試みる。が、円形状のフィールドでは横に移動してもそこまで距離は稼げない。
距離、約十メートル。
辺りを見渡して武器を求めた。ゴウケンのリーチと体格差を覆せる物。
「戦えやぁ! おらぁ!」
体を丸め、タックルの様な構えを取るゴウケン。
シラスは地面の弓に手を伸ばす。手に掴み取ると、矢筒が自動的に装備される。
振り向き、矢を番え、弦を張る。
「や、やばい! 近すぎる」
ゴウケンはすぐ近くに迫ってくる。
背後はオレンジ色のバリア。後退はできない。
「やるしかない! フォルテ・パワーアロー!」
矢の攻撃力をイメージし、そう唱えると弓と矢に赤いオーラが纏う。
実数値こそわからないが、二倍となれば相当のダメージが見込める。
シラスは一瞬止まり、矢を放つ。
赤い閃光は一直線にゴウケンへ向かっていく。
突進中に方向を変えて、避けるのは難しいはずだ。
「そんなことだろうと思ったぜ!」腕を交差し、前に突き出す。「岩の皮膚!!」
ゴウケンの腕に灰色の岩が纏わり付いていく。
着弾。キンという甲高い音。
赤く光る矢は、弾かれ、地面へポトリと落ちる。
砕けた岩の欠片がバラバラと崩れていく。
「弾かれた⁈」
「こっちも行かせてもらうぜ!」ゴウケンは地面を蹴って、前へ跳躍する。「岩の腕甲ォォ!」
腕を覆っていた岩が更に盛り上がり、岩石の巨大なグローブへと姿を変える。
打ち付けられたら終わる。シラスは直感した。そして、体は勝手に動き出す。
「フォルテ・スピード!!」
走り出した一歩が加速する。
初期装備ブーツの移動速度値はそこまで高くない。だが、ゴウケンの攻撃を最低限に抑えるには十分だった。
両手を組み、地面に打ち付けるゴウケン。着弾地点の草原が禿げ上がり、砕けた石の破片が鋭いナイフの様に辺りへ飛散する。
「あっぶなっ!」
「逃げんのはうめぇんだなぁぁぁ⁈」
声色が変わった。相当イラついているのだろうか。
シラスは距離を更に距離を取って、矢を放つ。
はずれた。
矢はそのままゴウケンの脇を抜けて、バリアに弾かれて落ちる。
外で見ているルナは、何も言わない。表情一つ変わってはいない。
「どうすれば……!」
このままではジリ貧で接近されて終わりだ。硬い岩盤を破壊し、ゴウケン自身に一発でもダメージを与えるにはどの武器がいいのか。
「あ、あれだ!」
シラスの視界には、一本の武器が目に留まる。
だが、その前に立ちはだかる屈強な怪物じみた男。
シラスは弓を捨て、走り出す。
「やっと正面から戦う気になったのかぁ⁈」
両者の距離がぐんぐんと縮まっていく。
ゴウケンは拳を振り上げ、雄叫びと共に拳を振るう。
「ここでっ!」
拳の先にあるシラスの体が、沈み込んでいく。
シラスはゴウケンの股下をスライディングで、くぐり抜け、武器に手を伸ばした。
槍。リーチもあり、弓より威力は高い。はずだ。
振り返り、槍を構える。
「あめぇぞ!」
「ぐはっ!」
ガードは間に合わない。
ゴウケンの拳がシラスの腹に打ち付けられ、人形の様にシラスの体はバリア際まで吹き飛ばされる。
ルナのローキックより重たく鋭い痛み。
シラスの視界がぐわりと揺れ、HPゲージが三割ほど削られる。
「やっぱりおまえじゃぁ、物足りなかったな!」ゴウケンはゆっくりとシラスに躙り寄る。「岩の腕甲発動だ!」
ゴウケンの腕に岩石の装甲が再び作り出される。
あの攻撃を食らったら確実にHPが底をつく。シラスは立ち上がる。
ゆっくりと歩いてくるゴウケンの威圧感に、一歩足を引く。
背後のバリアが、ゴムの様に槍の柄を弾き返そうとする。きっと外にいる人に攻撃が届かないようにされているのだろう。
「ビビってんのかぁ⁈ 一発食らって日和っ——」
「怖いです! けどこれは後ずさりじゃないんだ!」
槍と自分の体をバリアに押し付ける。押し戻そうとする力が溜まっていく。
「おもしれぇじゃねぇか!」ゴウケンは受ける構えを取る。「来い、シラスッ! 真正面から受けてやらぁ!」
「スピード・フォルテ!」
足に力を溜める。
背中のバリアが力強くシラスの事を押し返す。
「ここだぁあ!」
一歩を踏み出す。
ゴムの様なバリアがシラスの背中をグイと押し、スピード・フォルテも上乗せされ、異常な加速が風を巻き上げる。
「チェンジ! パワー・フォルテ!」
「岩の鎧ァァ!」
赤く鮮やかに光る槍。
全身を覆う岩の鎧。
加速が乗ったまま、槍を突き出すシラス。
金属と岩がぶつかり合う甲高く、重厚な音が響く。
パワーのあるゴウケンも、後ろへ押されて地面を滑る。
衝撃を受け、崩れ落ちる岩の鎧。キラキラと弾け飛ぶ赤いダメージエフェクト。
会場全体が息を飲む。
配信のコメント欄も静止した。
草壁も田上も口を開けたまま、勝負の行く末を見守った。
シラスが顔を上げると、ゴウケンの上に表示されたHPゲージがぐんぐんと減っていくのが見えた。
もしかしたら、勝ったのか。シラスは呆然とする。
「まだだァ!」
HPゲージは約一割を残して止まった。
ゴウケンは胸元から槍を引き抜いた。
ハッとするシラスの顎の下から岩石の塊が打ち上げられる。
声は出なかった。
叶わないと思っていた相手に、自分の詰めの甘さで負けた。もしかしたら、勝っていたかもしれないのに。油断してしまった。
「俺がッ、負けるかよォ!!」
先ほどの様に両手を組み、シラスの背中をめがけて振り上げる。
悔しさ。シラスが気絶する前に覚えた感情はそれだった。
「模擬決闘終了! 勝者はゴウケン選手!」
解説役の田上が声を荒げた。
会場も、コメント欄も雄叫びのような歓声で沸き立った。
「素晴らしい戦いでした!」草壁は前のめりになって、手元のスクリーンを覗き込んでいる。「そして、この後の戦いにさらなる期待が持てました!」
「本番では更に熱く、予想の及ばない戦闘が見られるでしょう!」
「決闘終了です。 お互いのHPを全回復します」
NPCが淡々とした口調でそういうと、ボロボロになった二人の体が、緑色のキラキラとした光に包まれる。
オレンジ色のバリアはスッと消え、生えていた草木や岩なども押しつぶされる様に地面へと戻っていく。
「おつかれー! 二人とも!」
ルナは小走りで駆け寄ってくる。
「おう!」
「……いっつつ」
うつ伏せで倒れ込んでいたシラスも起き上がる。
負けたんだった。やはり悔しさが込み上げてきた。
座り込んだまま、髪を搔き上げる。
そして、このまま本番もすぐ負けてしまうんじゃないかという不安に襲われる。
「立てるかよ?」
ゴウケンは大きな手をシラスへ差し出した。
「あ、ありがとうございます」その手を借りて、立ち上がった。「ゴウケンさん強かったです。威圧感がすごくて近づけなかったですよ」
「お前のアビリティもなかなかだったぞ。心臓の部分を正確に射抜かれてたらあそこで終わってたはずだぞ」
「そうね、現実の急所はこのゲームでも急所になってるわ。ていうかそれを分かってて、胸を狙ったんだと思ってたけど」
「知らなかった……。でもゴウケンさん、ガントレットでギリギリずらしてましたよね?」
「そこまで見てたのかぁ! マジで危なかったんだぜ? それにしても場外のバリアを利用してくるとはな」
「弓を外した時に気付いたんです。バリアが矢を弾き返していたんで。……半分賭けでしたけどね」
「周りの環境がよく見えてるってこったぁ! やるじゃねぇか」
大きな男の拳がシラスに突き出される。彼の顔には穏やかな笑顔が浮かんでいる。
シラスもそれに拳をぶつけた。
「ナイスファイトだったぜ。」
「ありがとうございました! 負けちゃったけど、いろいろわかった事もありましたし」
「ちなみに、本番はバリアじゃないからあの戦法は使えないのは注意してね。でも私が思ってたより百倍善戦したからオッケーよ。意外とやれるじゃない」
「え、百倍って……予想どんだけ低かったの?」
「開幕速攻やられると思ってた!」
ゴウケンは豪快に笑った。彼もまた似た様な予想をしていたのだろう。
「それはひどすぎじゃない……?」
「気負いすぎても、動きが固くなるかと思ってさ」
機械的な音声がフィールド内にこだまする。
「十分後、バトルロワイヤルを開始致します。イベント参加者は各々準備を完了してください。なお、アイテムの持ち込みはアバターアイテムのみになります。無作為な位置への転移魔法の完了がスタート合図に、ゲームがスタートします。繰り返します、十分後——」
「お、始まるみてぇだぞ」
「シラス、作戦会議に行きましょ! ゴウケン、ありがとね!」
「え、ちょっとぉお」
ルナはシラスの背中を掴んで、訓練場から引きずっていく。
意外と力が強い。なんなら巨体のゴウケンよりも力強く引っ張られる。サポーターはステータスがかなり高く設定されているらしい。
視界の中の大柄の男が、少しずつ小さくなっていく。
「ゴウケンさん! また後で!」
「おう、中で会ってもてかげんしねぇぞ?」
男らしく手を振っているゴウケンを後にし、訓練所の門を抜けていく。
「あのー歩けるんで……歩かせてください」
少し情けない声がシラスから漏れる。
「そうね」
そう言ってルナが手を離すと、シラスはぐったりと人形の様にうなだれる。
立ち上がって、ズボンを払うと、ふうと息を吐くシラス。
「ありがとう。それで作戦会議って?」
「マップを開いてみて。大陸マップの方よ」
ルナに言われるがままにマップを開くと、この街のマップが開かれる。その右下のアイコンを押してみると、大陸の全貌が映し出される。
雪山や砂漠、火山、古代遺跡、ジャングル。広い戦場がそこには広がっていた。
「さっきもアナウンスが言ってたけど、開始位置はランダムなの。でも、中央にあるロルフガルドには人が集まりやすいから、避けたほうがいいわ」ルナはマップの中央を指差した。「シラスのアビリティなら、まず装備を整えるのが重要ね。名前付きの場所にはボスモンスターがいて、そいつらからはレア装備が落ちるするの」
「レア装備! 欲しい! かっこいい鎧とか剣とか! 楽しみだなぁ」
「そう言うと思ってたわ。じゃあ始まった外側を目指すので決定ね」ルナはこめかみをポンとタップし、紫色のウィンドウを触り始めた。「じゃあ観戦モードにするわね」
シラスのメニューには存在しなかったカメラのアイコンをタップする。
彼女の周りを緑の光がぐるぐると回転し始める。光の中で彼女の体がだんだんと縮んでいく。
光が薄らいでいくと、ルナの体は小さな妖精の様な姿になっていた。薄緑色の羽、可愛らしい小さな体。レザーアーマーとローブ。
「え、すごい! いきなり妖精になった!」
「かわいいでしょー? シラスにしか見えないし、攻撃も全部当たらないわ」
ルナはそう言ってシラスの周りを飛び回る。
五分後、シラスの足元に青色の光が浮かび上がる。複雑な詠唱陣はシラスの体を光で包み込んでいく。
「始まるわよ! 精一杯戦いましょ!」
「うん。頑張るよ!」
「優勝したら晩御飯は、シラスくんの奢りね!」
「き、聞いてないけど!」
慌てるシラスを見て、ルナはクスクスと笑った。
和やかなムードのまま、転移されるのを待つ。
「あ! 一つ忘れてた!」
「何——」
真っ青な光は強さを増した。まばゆい純白の光がシラス達の視界を遮る。