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最終話 次へのステップ

多分ここで終わります。


評価とかブックマークが多くなればまだ続くかもしれません。

 会場が揺れ動くほどの歓声。読めないほどの速さでスクリーンの端を上がっていくコメント。

「バトル・オブ・ギルフォード特別バトルロワイヤル! 優勝者が決定しました! 二時間にも及ぶ戦いを制したのは——」

 田上の口上で会場が

 

 心地よい眠りから冷めたような、軽い気だるさと充実感がシラスの目覚めを出迎えているようだ。

 

 瞼の裏に当たるブラインドから零れる三時手前の日差しと、微かに感じ取れる部屋の隅に置かれた花の匂いが現実世界に戻ってきたことを告げていた。


 ゆっくりと目を開く。明るい室内にはゲームに潜る前の部屋と同じ景色が広がっている。ルナが彼女のデスクチェアーにかけてGEALを使用している以外はだが——。

 しかし、このソファーは座り心地がいい。こんなのが家にあったら——。


 そんな事をまだぼんやりとした頭でしばらく考えていると、ルナがぴくりと動き始めた。

「ううーん……」彼女は首の感触を確かめるように、ゆっくりと動かす。「毎回、寝ぼけた感じになるのはまだ改良の余地がありかな……技術部に伝えておこう」

 彼女は机に置いてあった端末の操作すると、青白く点滅し始めたこめかみの装置を取り外し、椅子から立ち上がる。

「身体はどう?」


 自分に話しかけているんだと気付くのに三秒掛かった。

「ちょっとぼーっとする感じだけど」シラスは手首や脚を動かしてみる。「それ以外は平気かな」

「それじゃあ、会場に戻りましょ。表彰式とかインタビューがあるから」

 ルナの声はゲームに入る前やゲーム内で聞いていたものより落ち着いていた。彼女も興奮していたのだろうか。

  

 シラスはルナの後ろを付いていく形で部屋を出て、廊下を抜けてエレベーターホールに付いた。

 シラスは少し下を俯きがちに歩いていく。


「……あんまり落ち込むことないよ」エレベーター呼びながらルナは慰めがちにそう言った。「負けは負けだけどさ、別に勝てると思ってなかったシラスが二位になれるなんて……最大の名誉よ。本当に頑張った       」


 二位。聞こえはいいかもしれないが、勝てたかもしれないっていう状況が一番悔しかった。

 あそこでこうしておけば……。あらゆる可能性が今になってシラスを責め立ててくる。

「そ、そうだね……」

 何か言葉を続けようとするも、口を突いて出たのは大きな溜息だった。


 エレベーターの到着を知らせるアナウンスが静まりかえった二人だけの空間の中でうるさく感じる。ルナの後ろをついて中へ乗り込む。

 

 モーターの駆動音が静かなはずなのに、耳のそばを飛び回る蠅のように煩わしい。

 一分間以上続く沈黙。

 ルナも何も喋らない。怒っているわけでもなさそうだが——。腕を組んで壁にもたれかかり、何も言ってこないのを見てると、彼女もなにかを考え込んでいるのだろうか。

 

「勝てなくて——」

「勝つことが全てじゃないよ」

 シラスの言葉にルナが被せてくる。

「今回のイベントで得た物は準優勝だけじゃないと思うけど?」

  

 戸惑うシラスを他所にエレベーターが一階へとたどり着く。鉄の扉がゆっくりと開き、視界が開けていく。


 お帰りなさい。シラスを迎えた暖かい声と今では見慣れた二人の顔。

「おうおう! うまくやったじゃねぇか、シラス! あの訓練所からあそこまで生き残れるとは正直思ってなかったぜ」

「ゴウケンさん!」

 ゲームの中よりは少し落ち着いた私服姿のゴウケンが立っていた。相変わらず派手な金髪オールバックは相変わらず威圧感はあるが、それでもその顔に浮かべた笑顔はシラスの沈んだ気持ちを持ち上げてくる。

 

「か、勝手にやられてしまってすいません」

 シズクは落ち着いた可愛らしいワンピースと肩掛けの鞄を背負っており、つい二十分ほど前に戦っていた彼女とは別人のようだった。

「ご、ごめん僕の方こそ、分かれなければ——」

「そんなことより、これ、見てみて」

 ルナはスマートフォンでシラスの配信ページを見せてくる。


「えっと……」登録者数を表す数字が少しずつだが、確実にじわじわと伸びているのだ。

「五万人……! どうして」

「私の視点がずーっと配信されてたの、緊張するだろうから言わなかったけど。公式ページと私の配信ページの合計でかなりの視聴者が流れた結果だよ」

 

 腹をぶん殴られたような衝撃がシラスの身体を揺らす。半ば諦めかけていた配信者(ストリーマー)への道に光明が差したのだ。


「なんて言ったらいいか。あ、ありがとう……」

「ね、悪いことばかりじゃないでしょ?」ルナはそういうと会場に向かって歩き出す。「さ、行きましょ。インタビューと表彰が待ってるよ」


「おう、行ってこい! 終わったら飯でも食いに行こうぜ!」

「は、はい! 行ってきます!」

「い、行ってらっしゃい!」


 孤独な戦いの中で得た仲間達は、シラスを変わらぬ笑顔で送り出した。鳴りやまない歓声の届く方へ彼は確実な一歩を歩んでいく。


——


「シラスの二位とヤイバの三位に乾杯だ!」

 ゴウケンの野太い音頭に、みんなの声とビールが並々と注がれたジョッキのぶつかり合う音が続く。

 古き良き情緒が残る焼肉屋の店内では数十名の人々が、がやがやとお互いに談笑している。

 

 シラスはあまり得意ではないビールに口を付けて、ふうと溜息交じりに息を吐いた。

「おいおい、あんまりしけんなよ! 二位だろ」

 ゴウケンはシラスの肩に手を乗せてそう言った。

「そうだぜ、三位の俺の前であんまりしょげんなって!」 

「しょげてる訳じゃなくて……なんというか安心したというか」

「そ、それだったら良かったです。ロスイさんにやられちゃった時、本当にどうしようかと……」

 彼女はそう言いながらも、店員が運んできた美味しそうな料理に目を奪われている。

 

「勝負は勝負ですからね。まぁそのあとシラスさんにやられてしまいましたがね」

 ロスイはゲーム内とほぼ変わらない様子で、冷淡な口調でそう言った。

「それは——」

「まぁいいじゃねぁか。俺の店だ、好きなだけ飲んでけ」

 

「アニキも飲んでばっかりじゃなくて、少しは手伝ってよ。こんな団体様で厨房がパンクしちゃいそうだし」

「おう、わりぃな、手伝うぜ」ゴウケンは申し訳なさそうに席を立つ。「ちょっくら行ってくる。好きに飲み食いしてな」

 

 シラスは歩いていくゴウケンの背中を見送って、微笑ましく笑った。

「仲良さげな兄妹だね」

「そ、そうですね。私の弟もイベントに参加してて誘ったんですが……行かないって強い語気で言われてしまいました」

「シズクさんの弟も参加してたんだ」

「え、えっと……アサギリっていうんですけど」


 申し訳なさそうに弟の名前を口にした。その周りのシラスやヤイバ、ルナを含めた数名は、驚いたように目を丸くした。

「アサギリって……」

「一位のフードを被ってた子じゃない!」

「そ、そうでしたね、皆さんは表彰式の時に弟の名前を呼びあげられて知ってるんでしたね」

「なんか言っていいか分からないけど……正反対って感じだね、二人とも」


 ヤイバがそういうと、シズクは頷き、そしてどこか寂しげな目をした。

「根はいい子なんですけど……。特に最近どこかイラついてるというか……ゲームで勝つことだけに執着し始めたみたいで。友達とかとも遊ばなくなって、私生活も荒れ始めて……」そこまで言ってシズクは我に返ったようで、恥ずかし気にはにかんだ。「す、すいません。家族の事なんかぺらぺら喋ってしまって。みなさんには関係ないですよね」

 

「関係ないかは……どうかな。三人共、次回はこんなイベントが行われるんだけど」

 ルナは自分のスマートフォンの画面を見せてくる。


「第二回バトル・オブ・ギルフォード。対戦形式は二つの百人チームによる大規模戦闘に決定。優勝チームには賞品あり。参加者はチームリーダーの選抜によるものとし、それぞれのスタッフは参加可能者に迅速に確認を取ること、だってさ。ちなみにチームリーダーは……シラスとアサギリだってさ! どう? もちろん拒否権もあるけど」


「……チームリーダー?」

 あまりに突然の事にシラスは言葉を失った。理解すればするほど重くのしかかる責任に吐き気を催してしまう程だった。


「シラス、やろうぜ!」

「お、お願いします、シラスさん! 弟と戦って勝ってください! そうすればきっと……」

「シズクちゃんもこう言ってるし、どうかしら? 登録者も増えて、大会にも出れて、雪辱も果たせて、一石二鳥どころじゃないけど?」


 シラスは内心悩んでいた。リーダーなんて責任をどうすれば——。


「面白い話をしてますねぇ……私も参加させて貰いますよ? あなたには利用価値がありそうだ」

「おう、お前ら厨房にまで丸聞こえだぜ」ゴウケンが皿いっぱいに盛られた肉を持って、会話に入ってくる。「やるんだろ? 俺も手伝うぜ」


 シラスが顔を上げ、周りを見渡すと、頼もしい五つの顔が見えた。

 みんながいるなら……できるかもしれない。

「分かった、やろう!」





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