第二十一話 糸目の奇術師
ゴウケンとの死闘を制したシラスはシズクを探す為に、街の中心へと走っていく。
街道を駆け抜けたシラスとルナの目の前に彼らがイベント開始前に一休みした噴水広場が広がってくる。
見覚えのある場所。そこに見覚えのない紫色のスーツらしきものを着込んだ男が静かに佇んでいる。男はシラスの足音にひゅるりと身を翻す。背の高いひょろりとした男はシラスを見るなり、シルクハットを抑えながらやれやれと首を振る。
「おや、また敵ですか……。入れ食い状態とはこの事を言うんですね」
飄々とした立ち振る舞いと口調は、ゴウケンとはまた違った威圧感をシラスに植えつけた。
そして男の周りには、真っ黒いスナイパーライフルや木の盾等、どこか見覚えのある装備品達が散らばっていた。
「……シズクさんを——」
「ああ、あのお方はシズクって言うんですね。あまり強くなかったですが……アビリティだけはよかったですねぇ」
「倒したんですか」
「ああ、お仲間でしたか? それは失礼しました、かなり弱かったのでさっくりと倒してしまいましたね」
ククッと不敵に笑う男。
溢れ出る強者のオーラにシラスを気圧され、一瞬攻撃を躊躇う。しかし、シズクを倒したというのであれば、仇は打たなければ。
剣を抜き、男へ突撃を仕掛けるシラス。足が黄色の光を帯び、ゴウケンのガントレットには青紫の刻印が浮かび上がる。
「アタック・フォルテ!」青と紫色に赤が混じったガントレットを敵に向ける。「バーストォォ!」
光線が手の平から敵に向かって放たれる。
それを見ても男は顔色一つ変えず、フッと小さく笑った。
目前まで迫ったレーザーは、男の目の前でピタリと止まる。更に飛びかかったシラスが振り下ろした剣が空中で何かに阻まれる。
「なっ……なにが——」
「ざーんねんでしたぁー」
嘲笑うように、そして馬鹿にするように男がそう言うと、空中を思い切り蹴り付ける。
見えない何かがバリンと音を立てて弾け飛び、破片がシラスの体を切り裂く。
体の至る所からダメージエフェクトの赤い煌めきが飛び散り、勢いで後ろへ吹き飛ばされる。
それを見ていたルナはアドバイスを送った。
「ガラスね……しかも自分にしか破壊できないタイプみたい。全く目視できないし厄介よ」
「……うん。でもシズクさんがあのアビリティに負けたとは思えないよ」
壁を作り出せる彼女にとって見えない壁は驚異ではないはずだ。
シラスは注意を払い、少し離れてガントレットにエネルギーを貯める。
男は微動だにせずシラスの方を見ている。
「あなたのアビリティは……なるほど」品定めするような目をシラスに向ける。「使い勝手も悪そうで地味で、強くもなさそうですね……」
「……ぐっ、パワー・バーストッ!」
再びレーザーが放たれる。
「同じことを繰り返すんですねぇ」男はシルクハットをクイと持ち上げると、その姿が見えなくなる。「脳死で私に勝てるとでも?」
男の声がシラスの後ろから投げかけられる。シラスが振り返ると男の姿はない。
「そっちではありません、よっ!」
背後に姿を現した男から蹴り飛ばされ、つんのめるシラス。男は冷たい笑いを浴びせる。
「どうしたんですか? お仲間様の仇を打ちたいのでしょう。まぁ、その様子じゃ無理そうですがね」
「ぐっ……アビリティが分からないとこんなに戦いづらいとは……」
焦燥感にシラスが握り込んだガントレットがガチャガチャと音を立てる。
「ふーん、まだご理解いただけてないようですね。これでどうでしょうか」男は地面にバンと手を付いた。「アルケ・クラフ!」
地面がぐっと盛り上がり、二枚の壁となってシラスに襲いかかる。
驚いたシラスだったが、移動速度を上昇させ、それを軽々回避する。
「なるほど、かなり使い勝手が悪いですねぇ。強いかと思ったのですが」男はやれやれと首を振りながら、その姿を現した。「これは別に使わなくてもいいですね……」
男のアビリティを理解した上で、吐き捨てるような言動にシラスの中で陰鬱とした何かがふつふつと沸き立った。
私怨にも似た歪んだ感情に任せ、男に斬り寄る。
男はそれをのらりくらりと躱す。
「単調な攻撃ですね、幻影の鏡!」
甲高い金属音が鳴り響き、剣を見えない壁が受け止める。
男がもう一度透明の壁を殴りつける動作を見てシラスは横へ飛ぶ。
「スピード・フォルテッ!」
男が殴った見えない鏡がバラバラに飛び散る。回避しようとしたシラスの左半身を傷つけるが、致命的なダメージには至らない。
男は再び姿を消した。
「……なるほど、意外と対応力はあるみたいですね。しかもそのアビリティ、単純強化系にしては便利ですね」男の声がシラスの周りから反響するように広がる。「使うかどうかは別として……邪魔ですね、貰っておきましょう!」
どこにいるかもわからない相手に対し、がむしゃらに剣を振るうシラス。
「シラス! 相手が悪すぎる! 一旦離脱を——」
「勝つ……! 勝たなきゃダメなんだ!」
「なるほどいい心構えをしているらしい」男はシラスのすぐ横に現れる。「心構えだけですが、ねッ!」
男の手に握られていたのは砕けたガラス。それをシラスの脇腹にぐっと差し込む。
反撃しようと剣を振るうが、そこにすでに男の姿はなかった。
「……どこに——」
瞬間、シラスの背後に現れた不気味な気配に口を噤む。
「シラス、後ろ!」
ルナが叫んだ。
男がガラスのナイフを首筋に向けて振り下ろす。
時間がゆっくりと進んでいく感覚。
無力感がシラスを叩きつける。
けたたましい銃声が数発鳴り響き、シラスの頭の上を通り抜けていく。
「……チッ、また新手ですか」
男は体を消そうとするが、貫いた銃弾が赤い輝きを煌めかせる。
シラスは何事かと銃弾の飛んできた方向を確認すると、金髪の小柄な青年が立っていた。
「あ、あの時の!」
「しゅ、シュルドよ……」
転移時に目の前に立っていたプレイヤー、シュルド。彼はアサルトライフルを構えており、男に向けられた銃口からは薄い灰色の煙が伸びている。
「シラス君、そんなことより今は敵を倒すことに集中を!」
彼の一言にシラスは安堵を覚えた。もしかすると、彼はもう一人の敵として出現した可能性もあったからだ。
「は、はい! 近距離は任せてください!」
「ああ、後衛は任せてくれ!」
シラスは剣を握りしめ、近くに落ちていたシズクの木の盾を拾い上げる。
「ったく、なんでこうも俺の邪魔をするかなぁ……!」
明らかに不機嫌そうな男の声が辺りにこだましたかと思うと、シラスのすぐ目の前に男が姿を現した。
驚いたシラスが剣で切りつけるとそれはすーっと煙のようにかき消される。
それに続いて奇術師の男が数十体出現する。それらはシュルドとシラスをぐるりと取り囲む。両手にポケットナイフを持った男の幻影はシラス達に襲いかかる。
「レンジ・フォルテ!」
警戒していたシラスは剣の攻撃範囲を広げ、横薙ぎで一挙に幻影達を切り裂く。
シュルドは後ろへ跳びのき、更に空中を蹴って上へ飛ぶ。空中で引き金を引き、銃弾の雨を幻影たちに降らせた。
「ど、どこにいる?」
警戒している二人のプレイヤーの傍で、男は噴水広場にあるベンチに座り、ぼーっと彼らが慌てふためく様子を見ていた。そんなんで姿を見せるわけないだろと心の中で悪態をつくと、組んでいた足を組み替えた。
膝に肘をつき、どこか気だるそうな彼はロスイという名前の配信者だった。生配信で多くの観客の前で奇術を披露する彼に与えられたアビリティは、皮肉にも幻を作り出すというもの。無い物をあるように見せたり、逆にそこに有る物を隠したり出来る能力は、ロスイ本体の姿を消し、分身を生み出している。
このアビリティを確認した彼は、狡猾にも相手のアビリティを盗めるという錯覚を生み出そうと心に決めた。自身の話術と知識で、相手を圧倒してやろうと思ったのだ。
シズクのアルケ・クラフはただのハッタリであり、ミラージュ・ミラーもシラスに見せた幻覚だった。減っているHPは男が投げたナイフによるものであったのだ。
人間とは単純なもので、一度そうであると信じ込んだものを疑いはしない。マジシャンとしての彼の経験と知識がそれを可能にした。
気まぐれで参加したこのイベントで、バトルロワイヤルが出来ると知って彼は心底喜んだ。奇術師としての力量を知らしめ、名誉と地位を確立できると確信した。
さっさと終わらせよう。
そう考えた瞬間に、ロスイは立ち上がりゆっくりとシラスに向かって歩いていく。先ほどは、パフォーマンスで姿を現したが今度は透明のまま——。
黒髪白メッシュの男がポーションを辺りへ撒き散らし、その一滴がロスイのスーツにぴたりと染み込んだ。
「そこだ! パワー・フォルテッ!」
男が一瞬にして自身の目の前に踏み込んでくる。
バカなっ、そんなはずが。
驚きで声が出なかった。小瓶に入った赤い液体の一滴が敗因になるとは思ってもいなかった。
二度、三度振られる赤く光る剣がロスイのHPを削り取っていく。
「見破られるとは……」
意識が揺らいだ。
眠りに落ちる前のような感覚。
ロスイが目を開けると、そこには見覚えのある部屋が広がっていた。視線を動かすと、黒っぽいタキシードを着込んだ自分に気がつく。ゲームに潜る前に見たサポーターの女性が顔を覗き込んでくる。
「お疲れ様です。どこか体に異常はありませんか?」
自分の体のあちこちを触り、現実世界に戻ってきた感覚を確かめる。
「特には。起床時のような気だるさはありますがね」
少しひねくれたようにそういうと、女性はコクリと頷いてみせた。
「そうですか、数分で治ると思いますが、どうしても気だるさが取れなければ医務室までお願いします。この後は会場に戻るも、ご帰宅なさるのも自由です」
機械的にそういうと女性は、パソコンに向かって何かを打ち込み始めた。おしゃべりは余り得意では無いのだろう。
「ご丁寧にどうも」
ロスイはそういうと感覚を取り戻しながら、ドアへと歩いていく。ノブを捻って廊下へ出ると、知った顔がふと目に入る。
「あ、あの……」
青いツインテールの女の子。幼そうな顔立ちでふわふわとした印象の洋服。
一見わからなかったが、それはシズクだった。彼女もゲームから抜けて会場に戻ろうとしたのだろう。ばったり出会ってしまった。
「あ……」
お互いに気不味い雰囲気が流れ、下を向くロスイ。
流れる沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「た、対戦ありがとうございました!」
廊下に響きわたるおどおどとした、それでいて素直な言葉。
「こちらこそ」
ロスイはそう短く返すと、軽く会釈した。




