第二話 ジェネレーション・アルファ
会場からは不安、期待、それと疑問が混じり合った声が湧き上がり、うねうねと会場全体を揺らした。
ざわつく会場を押さえつけるように、田上がマイクに声を乗せる。
「草壁さん、いきなりすごいこと言いますね。会場の皆さんが動揺していますよ」
「いやぁ、すいません。一回言ってみたかっただけなんですよね、このセリフ」そう言うと草壁はお辞儀をする。「もちろん、私達が開発した新しいゲームの中で戦ってもらいます」
屈託のない笑顔を浮かべながら、なんとか話を元に戻そうとしている。
新しいゲームの話題に、会場の期待が高まる。
草壁が手元の装置をいじると、前方のスクリーンの画面が切り替わる。
まるで実写のような西洋の街並みが写ったかと思うと、今度は広大な真っ白い砂漠が現れる。かと思うと、今度は雪山に佇む一匹の鹿のようなモンスター。
次々と変わっていく映像。
そしてオーケストラが奏でる壮大な音楽が、会場の巨大なスピーカーから流れると、会場のテンションが最高潮に達する。
「皆さん……ご紹介致しましょう。バトル・オブ・ギルフォードです!」
タイトルのロゴが現れると、会場のボルテージが弾け飛んだ。
例に漏れず、シラスの口からも感嘆の声が溢れる。そして、今からこのゲームを遊べるというのだ。彼は両手を固く握り込み、興奮を抑えようと必死だった。
シラスが隣をちらりと見ると、いつもは呆気からんとしているヤイバも、今回ばかりは興奮しているようだった。
「バトル・オブ・ギルフォード。通称”BOG”は我々が思い描くオンラインゲームの傑作とも呼べる作品です。プレイヤーは次期王の座を賭け、最後の一人になるまで戦います」草壁は息を整えるために、デスクに置いてあった水を一口飲む。「バトルロワイヤルゲームの新時代といっても過言ではありません!」
次々と切り替わるスクリーンに、参加者達は完成を上げ、感嘆の声を漏らす。
説明を聞いていたシラスだったが、高揚感からか草壁の言葉は右から左に抜けていく。スクリーンの前に移る景色も心なしか、ぼんやりと輪郭を失っていく。
暫くそうしていたシラスの耳に、田上の声が届く。
「草壁さん、発表はこれだけでしょうか?」
会場が息を飲む。
「よく聞いてくれましたね」草壁は自分の胸ポケットに手を突っ込む。「このゲーム。我が社の最新ハード、ジェネレーション・アルファにて遊んでいただけます!」
草壁が引き抜いた手の中には、スマートフォン大の端末とボタン電池のような物が握られている。
「こちらの端末が我々の開発した全く新しいゲームの形、ジェネレーション・アルファ! 略してGEAL。このトランスミッターをこめかみに取り付けることで……」
そう言って草壁は初めて椅子に腰掛けた。そしてボタン電池のような装置をこめかみにピタリと装着する。
「見てもらいましょうか」
草壁が端末を少し弄ると、こめかみの装置が点滅を始める。装置を二回トントンと叩くと、男の体から力が抜け、ぐったりと椅子に沈み込む。
「皆さん、ご覧いただけたでしょうか?」
マイクを置いて、うなだれているのにも関わらず、草壁の声がスピーカーから流れてくる。
スクリーンの画面が切り替わり、荒廃した噴水広場が映し出された。蔦が壁に絡み付き、建物は崩れたまま放置されている。
広場の中心あたりには、一人の男が手を振っていた。
カメラがクローズアップしていくと、その男が草壁だという事がわかった。
スクリーンに移っている変な踊りをしている彼を見て、会場が一瞬理解できずに固まった。が、理解できた人々が声にならない声を上げる。それに呼応するように会場全体が沸き立った。
「GEALは脳波をキャラクターに直接送り込むことで、実際にゲームの中に入る感覚を味わうことができるようになっています!」
待ち望んでいたゲームダイブ技術が、やっと目の前に完成したのだ。今までアニメや漫画の中だけのコンセプトだったものが実現する。ゲーム業界の革命とも言える日に立ち会えた人々は歓喜した。
シラスの目は感動に少し潤んでいた。
必死に涙をこらえ、ヤイバの方を見る。彼もまた子供のような笑顔でスクリーンに移る草壁を見ていた。
さらにゲームの中の草壁が続ける。
「おっと忘れるところでした。BOGの特徴はもう一つあるのです!」草壁は手を前に突き出した。「ソーン・ゾーン!」
スクリーン上の草壁の右手から毒々しい紫色の茨の付いた蔦が飛び出し、街道をずるずると這っていく。彼が右手を動かすと、蔦が鞭のようにぐわりとしなって、地面をぴしゃりと打ち付けた。
「このようにプレイヤー一人一人に、ユニークなアビリティが付与されます。皆様が思い描いていた、妄想が今や現実になる。BOGはそんなコンセプトを元に作成されました! もちろん、アビリティは多種多様です。そんな中で、今日集まった配信者の方々には、バトルロワイヤルをして頂きたいと思ったのです!」
画面の中で笑顔を作っている草壁は、こめかみを一度ポンと叩く。半透明の青いメニュー画面が彼の前に現れると、それを操作し始める。
数秒も経たないうちに彼の姿はゲームからすーっと消え、現実にいる草壁が眠りから覚めたように動き出す。
田上がマイクに声を乗せた。
「実践、ありがとうございます。それではこの後配信者の皆様に個室へ移動して頂き、サポーターの補助を受けながら、ゲームの中に入ってもらうのですが……。その前にエキシビジョンマッチをご覧戴きたいと思います。しばらくお待ちください」
スクリーンが切り替わり、綺麗な西洋風の街並みが映されている。レンガ敷の街道に整然と並ぶ街路樹。レンガで組まれた三階建ての建物がずらりと並ぶ。視界の奥には巨大な城も見えていて、かなり発展した街のようだ。
「おいおい、最高じゃんか! ゲームダイブに、特殊能力! マジで夢見たいだな!」
「……バトルロワイヤルかぁ。難しそうだなぁ」
シラスは会場にいる配信者達の顔を見渡した。名だたるゲーマー達、中にはプロとして数千万、はては数億円の賞金を稼ぐ最強格などの顔も見える。
そんな強豪達がひしめく中で、シラスは狼の群に放りこまれたうさぎのような無力感を感じていた。さらに、全世界に中継されるこのイベント。多くの人々の目に、非力な自分が晒されるネガティブな妄想がシラスの頭をぐるぐると回る。
「あんま、気負うなって! 気楽に行こうぜ。ここにいる全員、ゲームの中に入るのは初めてなんだし、スタートラインはみんな一緒だろ?」
「そうかな、まぁ楽しくできるのが一番だね!」
「そういう事! ところでシラスはアビリティ、どんなやつだと思う?」
「うーん、わかんないけど……。かっこいいのがいいなぁ。剣を出すとかさ!」
「それ、いいな! 俺はやっぱ——」
興奮したヤイバの言葉を遮り、田上の声がスピーカーから会場に響く。
「それでは皆さん、エキシビジョンマッチを開始します! プレイヤーが登場いたします!」
スクリーンの中の街中に、青白い光の柱が二本立ち上る。百メートルほど離れたその柱の光が弱まっていくと、二人の人間が現れた。
画面が切り替わり、スクリーンの中にいる男を移す。
「ソードマスター! 事前に行われた社員のみのテスト大会では、七本の剣を自由自在に操り、近距離戦を得意とするアビリティで相手を蹂躙しました! テスト大会優勝者です!」
彼はかなり貫禄のある老剣士で、身にまとった銀色の重鎧がかなり似合っている。年齢を重ねた髪の毛は白く、それを後ろに束ねている。背中には七本の剣を差していて、かなりの腕前を誇っていそうだ。
男は腕を組み、じっと対戦相手の方を見ている。
画面が切り替わり、もう一方のプレイヤーが映し出されると、田上が解説を挟む。
「対するはリュンヌ。彼女のアビリティはガンズランズ! 銃器を作り出す能力です。ですがこのゲームでは銃弾は剣などで弾けてしまうので相性は悪いかもしれません」
リュンヌと呼ばれた人物は、ローブを身にまといフードで顔を隠している。顔すら分からないが、なんとなく体格は女性のようにも思える。背も高くなく、現実世界であればソードマスターが優勢だろう。
切り替わったスクリーンが、街道に立つ二人のプレイヤーを映す。
「リュンヌ! 今回も勝たせてもらうぞ!」男は手を前に突き出す。「セブンス・ソード!」
背中の剣が一斉に飛び出し、空中でぐるりと回ると、リュンヌに剣先を向けた。
「黙ってなおっさん! 色々対策は練ってきてるんだ!」
ローブの人物から女性の声でそう返す。体の感触を確かめるように彼女は首をくるくると回す。
会場ではシラスとヤイバが何かに気づき、顔を見合わせる。
「ヤイバ、今のってさ……」
「うん、ルナちゃんかも。体格とかも」
リュンヌはスクリーンの中で、空に手を伸ばして叫ぶ。
「先手必勝! ガンズランズ・スナイパー!」
彼女の出した右手には白い包帯のようなものが巻きついていき、瞬く間に純白のスナイパーライフルが生み出される。無骨な白色の銃器が小柄な彼女の腕の中でキラリと光る。
リュンヌはライフルを握りしめ、低い体制を取る。照準を覗きこみ、鋭く狙いをつける。
老剣士は向けられた銃にも、脅威を感じていないのか腕を組んだままその場から動かない。
「これはこれは、また面白い玩具だ!」
ソードマスターの言葉に、重たい銃声が一発。
空気を切り裂き、人間の指ほどの大きさの鉛の塊は一直線で進む。金属と金属がぶつかり合う音。
「甘い! 来る事が分かっているならば、弾けるぞ!」
二本の剣が交差し、弾丸を受け止めた。
リュンヌはコッキングレバーを引き上げ、薬莢を弾き出す。空薬莢が地面にからりと落ち、透明になって消える。
リュンヌが引き金を引く。破裂音と共にもう一発、銃弾が放たれる。
ソードマスターは御構い無しに、突撃を開始する。浮かんでいる七本の剣は、見えない糸で結びつけられているかの様に離れない。
「無駄だと言っただろう!」
再び剣が持ち主をかばう様に前に出て、それを弾く。
「くっ……」リュンヌは狙撃銃を地面へ捨て、さらに手を伸ばす。「ガンズランズ・アサルト!」
彼女の手の中には純白のアサルトライフルが生み出される。
銃の右側についたレバーを引き下げ、後ろへ飛び、直線に進んでくるソードマスターと距離を取る。ガンズランズではセブンス・ソードと近距離は戦えない、もしくは不利だと分かっているのだろう。
「……っ、部が悪いな」
男はリュンヌがライフルを手にした瞬間に、街道の脇にある建物の方向に進路を変える。
リュンヌは距離を離しながら、引き金を引く。
小気味好い重低音が連続したビートを刻む。銃口からは鉛の塊がばら撒かれ、建物に逃げ込むソードマスターを追いかける。
鉛に当たった男の体からは、赤いキラキラとしたガラスの様なダメージエフェクトが飛び散る。
男はそれを気にも留めず、煉瓦造りの建物を剣とタックルで破壊し、建物の中に飛び込んだ。
リュンヌは手にしたアサルトライフルを投げ捨てる。地面に落下するとその銃器は消えた。
「逃さないっ! ガンズランズ・LMG!」
彼女の手の中には、彼女の細い体に似つかわしくない、重厚で重量のありそうな軽機関銃が握られた。
リュンヌは脇を締め、引き金を引く。
重低音とともに、建物の壁がバラバラと崩れていく。ベルトの様に繋がれ、銃から垂れていた銃弾が飲み込まれては吐き出され、地面に落ち消える。
崩れた建材から煙が上がり、中の様子は見えない。
あまりに、非現実的な映像が映し出されるスクリーンを見守っていた参加者からも感嘆の声が漏れた。
いつの間にか、シラスも手を固く握り、画面を食い入る様に見つめていた。
「さぁ、蜂の巣になりたくなければ出てきなさい!」
弾がなくなるまでリュンヌは軽機関銃の弾をばら撒き続けた。弾がなくなるまでうち続けると、それを捨てて新たなアサルトライフルを手の中に作り出す。
建物を隠していた砂埃が風に流されて薄まっていく。
今まで平静だった彼女は少し動揺を見せた。
「ど、どこだ! 出てこい!」
崩れた建物、ソードマスターが入っていった場所に、男の姿はなかった。
キョロキョロと辺りを見渡すリュンヌ。
「こっちだ! リュンヌ!」
彼女の横の建物の壁が弾ける様に崩れた。
老剣士が雄叫びを挙げながら飛びかかる。彼の剣は、女を今にも突き刺そうとする。
「最悪……っ!」
意表を突かれたが、リュンヌは跳び退いてそれを回避する。
だが、男の剣の一本が彼女の足を掠める。
彼女の脚から赤いガラスのようなダメージエフェクトが弾け飛ぶ。さきほどまで軽やかに回避していたリュンヌの動きが鈍り、回避の動作が難しそうだ。
それでも彼女は突撃してくる男の剣撃を避け、銃を構える。
空に浮かんだ剣の一本を男は掴む。
「ふん! グランデ・スパーダ!」
男の剣がみるみるうちに、巨大な剣になった。それは彼女が打ちまくる銃弾を弾く盾となり、突撃する男を守った。
繰り出される剣の連撃と鳴り響く銃声。
両者の距離が詰まっていく。
大剣が日の光を受けて煌めく。それにダメージエフェクトが続いた。
足を深く斬り込まれ、倒れこむリュンヌ。倒れた衝撃でフードの下の顔が露わになる。ポニーテールと整った顔立ち。ローブの女の正体は黒崎ルナだった。
「対策とか言っていたが……結果は変わらないようだな。最低でも三十秒は動けまい!」
相手の機動力を奪い、勝利を確信した老剣士はニヤリとしたり顔を浮かべる。
ルナは俯いたまま、何も返さない。
彼女の手にあったライフルは、すーっと消滅する。
戦いを見ていたシラスは悔しさに唇を噛んだ。まるで自分の事の様に。
「せめてもの情けだ、一撃で終わらせてやろう!」
ソードマスターは大剣を振り上げる。
穏やかな街並み。
逆光で老剣士とガンナーの姿が影絵の様に映る。