第十三話 鉄と電気と熊と蝿
臨機応変に動かなければ。まずは機動力のある少年を倒すのが先決。
シラスは移動速度を上昇させ、マントを羽織った少年へと距離を詰めた。ジグザグとすすきの合間を縫って走る。
「パワー・フォルテ!」
「……やはりこちらへ来ますか、フライズ・サテライズ!」
少年は冷静だった。攻撃されまいと蝿へと変化し、シラスの攻撃を回避する。
黒い小さな点々は耳障りの悪い羽音を立てて、シラスの横を通り抜けていった。
シラスが振り返ると、鉄線が地面を這って迫ってきている。乱入者であり、一番脅威かつ拘束がしやすそうなシラスを狙った。
そして拘束されていたはずの熊が鉄線を破壊し、動き出し始めていた。
「み、みえない……」
シズクは後方支援しようとスコープを覗き込んでいるが、対象であった鉄線の男はシズクからさらに距離を取ってしまい見えなくなった。勘に任せて引き金を引くこともできるが、残された弾丸は二発。無駄にすることはできない。近づけば撃てるが、その分だけ相手からも視認されやすくなる。
するしかない。しなければシラスさんが。
そう考えた瞬間には、シズクはツインテールを揺らして前に進んでいた。
鉄線の所有者、緑色のシャツの男がうっすらと見えてきた。彼は今まさにアビリティを発動しようとしている。
近くの木陰に滑り込むように体を隠すと、アビリティで銃を固定するための台を作り出した。
「う、うごかないで」
照準の中で動く男。もうすでに狙撃手の存在には気づいている動きらしい。
弾は無駄にできない。少なくとも一発は当てなければ。
意識すればするほど、シズクの照準はブレ始め、さらに狙いを付けづらくなった。
彼女の後ろには、この状況に何も口を出さずただふわふわと漂っているルナがいた。
「こっちに来るのかっ! ま、まずい!」
「へへっ! 俺らの鉄雷蛇から逃げれるなら逃げてみろよ!」
緑シャツの男が叫んだ。
「行くゼェ! ハイパー・ボルテージ!」
鉄線に電流を流すため、金髪を振り乱しながらギターをかき鳴らした。
シラスの目の前には地を這う鉄線の大蛇が迫ってくる。それはとてつもない早さで今にでも噛み付いてきそうだ。そして、噛み付かれたら最後、電気を流し込まれる。
「スピードッ——」
「貴方、逃げれるとでも? 私は敵の攻撃だろうがなんだろうが利用させてもらいますよ?」
シラスの耳元で、幼い声が淡々とした口調でそう言った。それと同時に、蝿の大群は人間へと戻り、シラスの逃げようとした方向に立ちはだかった。
彼の手にはハンマーが握られ、それを横に振りかぶろうとしていた。
前後には逃げられない。そしてハンマーを躱そうと思えば右に移動するしかない。しかし、右からは茶色の毛皮の巨体が四本の脚を振り回しながら近づいてきている。
囲まれた。シズクが作り出したチャンスを掴みきれず、それは百八十度表情を変え、史上最悪のピンチとなってしまった。
シラスに思考する時間は一秒もなかった。体を右へと翻し、少年の攻撃を回避する。
だが、鋭い五本の爪がシラスの体に突き立てられた。
鎧はステータスは上がるが、物理的に体を守ってくれるものではないらしい。獣の引っかき傷がシラスの体に赤く残される。
体長二メートル以上の熊はさらに追撃を加えようと、唸り声をあげて、爪での攻撃を繰り出そうと腕を上げた。
シラスはその熊の頭を踏みつけ、軽々と飛び越えた。その後ろを追っていた鉄線は少年に標的を変え、直進していく。
「当たるわけないでしょう! フライズ・サテラ——」
破裂音がそれをかき消す。
アビリティを発動させようとした少年の脇腹に銃弾が撃ち込まれた。
撃たなきゃ。撃たなきゃ。撃たなきゃ。
シズクが悩めば悩むほど、焦れば焦るほど、引き金にかける指がプルプルと震えた。
「は、はやくしなきゃ!」
彼女が意を決して引き金を引いた時、照準の中に捉えていたのはマントを羽織った少年だった。
ススキの間を掻き分けて飛ぶ、金色の弾丸は少年を捉えていた。
そして、それはタイミングの悪さか、蝿と変化した少年の体をすり抜けて消えていった。
不安は現実となった。
そしてさらなる、窮地を生み出した。
シズクの耳の横を耳障りの悪い羽音が通り抜けた。
「い、いっ……」
明らかに誰かが背後に立った音に彼女が振り返ると、少年がハンマーを振り上げている。
瞬時の判断。体が動く。
シズクは狙撃銃を振り上げ、攻撃をガードした。
金属がぶつかり合う甲高い音。
「狙撃しかしてこないから、自信がないのかと思っていましたが……なるほど」
「……あ、ありがとうございます」
シズクは後ろに飛びのき、狙撃銃を槍へと変形させた。それを少年に向けて突き出した。
「甘い攻撃ですね」
少年は蝿になりそれを回避した。
辺りをキョロキョロと見回す。うっとおしい羽音がシズクを取り囲んだ。
「は、早く倒さないとシラスさんがっ……」
手にした真っ黒な槍に雨粒が当たり、全く濡れずに消えていく。
それをぎゅっと握りしめて神経を研ぎ澄ませた。
目を閉じ、耳から得られる情報に全てを集中させる。
羽音が彼女の後ろに集まり始めた。
「そ、そうだ、アルケ・クラフ!」
地面に手を押し付けると、やんわりとした光が地面と彼女の手を包み込んだ。
彼女の背後で地面が円形状に盛り上がり始め、数秒で半球状の土のドームになった。
それは人間に戻ろうと集まってきた蝿のほとんどを飲み込んだ。
「なんですかこれは……」
少年は何が起きたのか理解できていないようだった。
「ご、ごめんなさい!」シズクは再度地面に手を付いた。「アルケ・クラフ!」
淡い光が地面に再び湧き上がる。
ゴゴゴという不吉な音に、少年の叫ぶ声が続いた。
「スピード・フォルテ!」
シラスは移動速度を上げ、熊から距離を取った。そうじゃなければ、あの巨体から繰り出される攻撃を避けながら鉄線・エレキギターコンビの攻撃も受けなければならない。
一番陥ってはいけない状況だと、シラスはそれを理解していた。
「アイアン・レジェンド!」「ハイパー・ボルテージ!」
また、攻撃が飛んでくる。電流を纏った鉄線がシラスと熊に向けて放たれた。
やはり、この状況は戦いにくい。
「やっぱりあっちからだ!」
鉄線を引きつけ、上昇させた移動速度でそれを回避した。
地面を這う鉄線は直角に曲がるが、シラスの移動速度に対応することはできない。そして、シラスを追いかける熊に対象を変更した。
ふらふらと揺れるすすきの動きに逆らい、シラスは稲妻のように駆けた。
「近づいてくるたぁな!」
ギュンギュンと唸るギター。
金髪の男がギターをかき鳴らすと、シラスに向かって電気のエネルギーが放たれる。
「動きだけは早えんだなぁ!」
シラスはそれを潜り抜け、さらに接近していく。
緑の男が手を振い、鉄線を消す。
「近距離なら勝てるとでも思ってるんですか? アイアン・レジェンド!」
緑シャツの男がアビリティを唱えると、彼の体を鈍い銀色の鎧、両手には同じ色の剣と盾が生み出された。薄暗い周りに溶け込む色合いで、顔だけがぽっかりと空間に浮かんでいるようにも見える。
どうやら彼の能力は鉄製のものを生み出す能力らしい。
「パワー・フォルテ!」剣を構えるシラス。「スラッシュッッ!」
シラスが剣を振り下ろす。
盾がそれを弾き、男がカウンターで剣を振る。
シラスはそれを剣で弾き、距離を取る。
剣と剣がぶつかり合い火花が飛ぶ。
後方でギターをかき鳴らす。
「そっちばかりに気を取られてたら、死ぬぜ! ウルトラ・ボルテージ!」
先ほどよりも激しい音をかき鳴らす。
銃声がそれをかき消した。
金髪の男からダメージエフェクトが飛び散り、ギターに溜まっていた電気のエネルギーが消えていく。ギターごと男の体は消えた。
「ナイス! シズクさん!」
苦悶の表情を浮かべていたシラスに、余裕が戻った。
「く、熊さんは任せてください!」
遠くからシズクが叫んだ。彼女は熊の方へと走っていく。
状況は一対二対一。まだ安心はできないが、戦況はかなりシズク達に有利に進んでいる。
「アルケ・クラフ!」
シズクは銃を槍に変形させ、自身に向かって突撃してくる熊を打ち構えた。
低い唸り声。熊は四肢を巧みに使い、仲間を倒したシズクへ特攻していく。
身長の低いシズクは、自身の三倍以上の体積が突撃してくる恐怖に足を竦ませた。
熊は身体を縮こませ、地面を蹴り、シズクにのしかかろうと跳躍した。仲間と同じ倒し方をしようとでも言うのだろうか。
突き出される槍は熊の身体を貫き、ダメージを負わせたが、微々たるものだった。
「あっ……」
咄嗟に後ろへ飛びのくものの、爪は長く伸びてきてシズクの身体を傷つけた。
勢いでシズクの体は吹き飛ばされる。視界がぐわりと一回転。
どさりと尻餅を付いた彼女の身体を草が覆い隠す。
「アルケ・クラフ!」
彼女を守るように土の壁が生み出され、シズクはそれに背中を合わせた。
熊からは完全にシズクの姿が見えなくなったが、とどめを刺そうと土壁を飛び越えた。
お互いに目が合う。
シズクが倒れた地点に熊が着地しようとする。が、そのまま地面したへ吸い込まれるように沈んでいく。
どざり、と音を立て熊の体は叩きつけられた。
慌てながらも穴の中でもがく熊を覗き込み、シズクは頭を下げた。
「ご、ごめんなさい! 落とし穴、作っちゃいました」
もう一度地面に手をつくと、穴に蓋を作り上げた。
金属がぶつかり合う音。お互いに引かぬ剣の打ち合い。
盾のある分、男の方に分があるがそれでもシラスは攻撃を緩めない。
「ここだッ!」
男が構えた盾を弾き、突きを繰り出す。
その攻撃を金属の鎧が受け止め、剣を弾く。
男の振るった盾が、シラスを後ろへ弾き飛ばす。
「ぐっ……な、なんで」
「アイテムの鎧とは違い、私の鎧は攻撃を弾くんですよ? 初めから貴方に勝ち目はなかったんです」兜の隙間から見える男の顔は不敵に笑みを浮かべている。「これで終わりです! アイアン・レジェンドォ」
「う、うわっ」
鉄線が地面から湧き上がり、シラスの足を捕縛する。
「仲間のために! 勝たなければいけないんです!」
男が追撃しようと距離を詰めてくる。
足は動かない。打ち構えるしかない。
男が一歩を踏み出すたびに、鎧がガシャガシャと音を立てた。
「仇ぃぃッ」
「レンジ・フォルテェェ!」
シラスが突き出した剣は白光を帯びた。そしてそれは剣身を延長するように長く伸び、男の兜の隙間に差し込まれた。眉間から赤いダメージエフェクトが飛び出す。
男の剣はシラスの剣の半分にも満たない所でピタリと止まった。
「なっ……」
シラスは何も言わなかった。
男は静かに崩れ落ちた。鎧はガシャリと音を立てた。




