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第一話 シラスとヤイバ

弱々な私ですが、評価していただけるとありがたいです。

 小綺麗な部屋には必要最低限な家具とPCデスクが置かれている。ディスプレイの脇には、黒っぽい鎧を身につけた大柄の戦士のフィギュアが置かれていて、似たようなものが棚に並べられている。

「よしっ、レジェンダリーセット防具だ」彼はディスプレイに表示されている文字と数字を数秒眺めた。「……付与効果はあまりよくないかなぁ。セット効果は……結構使いやすそうだね」

 LEDの青白い光が照らす部屋の中、シックなデザインのデスクに置かれたモニターに向かって、一人の青年がハキハキと喋っている。

ディスプレイにはゲームの画面と文字の羅列が下から現れては、上へと流れて消えていく。

「そろそろ夜も遅いし、終わりましょう! また明日はこの装備でスキル構成見直しとかしますねー」

 彼の名前は白洲燈(はくしゅうあかり)。無類のゲーム好きでいわゆる配信者と言われるやつだ。ゲームプレイなどをインターネット上にて配信し、それをエンターテインメントとして楽しんでもらう。それが彼の密かな楽しみでもあり、日常にもなっている。

 黒髪を耳にかからないほどに整えていて、顔は悪くもないが弱くもない平均的な顔立ち。体つきも平均的で、彼の唯一の特徴と言えば髪の毛に白いメッシュが入っていることだった。

 そしてそれは、彼のあだ名であるシラスと魚のしらすをかけているらしい。彼自身が配信者としての個性やキャラクターをつけるのに困った時に、思い切って染めた結果がそれだったのだ。

 あまりに安直だったが、視聴者からの反応は上々だった為、彼自身もすごく満足している。

「ふぅ……、今日はまぁまぁ盛り上がったかな? ん……?」シラスのメールボックスに新しいメールが送られてきていた。「コロニー社、ゲームイベントへご招待……? イタズラとかじゃない……よね?」


「次はー、新都心駅ー、新都心駅ー。右側の扉が開きます。開くドアにご注意ください」

 電子的なアナウンスが車両内に響き渡る。電車が駅に止まり、機械音がリズミカルになるとドアが開き、大勢の人々が降りていく。

 人の波に紛れて、シラスも新製品発表イベント会場に足を運んでいく。昨日はよく眠れなかったのか、彼の目の下が少し窪んで青っぽくなっている。

 周りはガヤガヤとイベントで発表されるであろう新しいゲームの情報を交換しあっている。

 シラスの自宅から約一時間半。この新都心駅は元々スタジアムがあったが、今ではゲーム開発会社、コロニー社の大規模な施設になっている。

 コロニー社はゲーム業界を牽引する最大手であり、数々の革命的商品を作り出してきた。世界のゲーマー達にも注目され、今回のイベントで発表されるゲームにもかなりの期待が寄せられている。


 シラスはコロニー社の面接でのことを思い出しながら、会場への並木路を歩いた。春先の心地よい風が、彼の頬を撫でる。あの時、もっとこうしていればという後悔の念がシラスの心をちくりと刺した。

 しばらく歩いていくと、全面ガラス張りの建物が春の柔らかい光を反射してキラリと光っている。その前にはかなり長いイベント参加者の列ができていて、プラカードを持った案内係が声を張り上げ、列整理に励んでいる。

 本当にみんなゲーマーなのだろうかという疑問が湧くほど、多種多様が列に並んでいた。たくましい筋肉を携えた大柄な男、キャラクターのコスプレに身を包んだ可愛らしい女の子やこの日のために外国から来たであろう大きな荷物を持った人など。やはりイベントの関心度の高さが伺える。

 シラスがどうすればいいか分からず、ぼんやりと列を眺めていると後ろからトントンと肩を叩かれた。

 シラスはすこしびっくりして振り返ると、明るい髪色のすらっとしたイケメンが立っていた。

「うっ……びっくりさせないでよ」

「わりぃな、シラス。さっ並ぼうぜ」そういうとそのイケメンは、列に並ぶために歩き出した。「シラスも呼ばれてるとは思わなかったぜ。配信に誘った俺の功績だな」

五十嵐刃(いがらし じん)。シラスの幼馴染で、お互いにゲームが好きなことから大学を離れてもなお、連絡を取り合っている。

「そうだよね僕もメールが来た時は、悪戯かスパムだと思ったもん」

「まさか俺らがゲーム会社に招待されてイベントに出れるなんて……思っても見なかったな」

「ヤイバは結構人気あるし、呼ばれてもおかしくないと思うよ?」

「よせよー、褒めても何もでないぞ!」ヤイバと呼ばれた男は恥ずかしいそうに笑いながら、シラスの肩を叩く。「そういえば、不滅の鎧セットドロップしたんだって?」

「そうそう、デザインもカッコよくて……」


 彼らがゲームの話に花を咲かせていると、イベント会場への行列は意外にもスムーズに進んでいく。

「ご来場ありがとうございます。白洲燈さんですね、こちらの配信者用の入館証をぶら下げておいてください。後で必要になりますので、無くさないようお願いします」

 三十分もかからずにシラス達は会場の入り口で受付を済ませた。

無言で会釈をし、シラスは受け取った入館証を首から下げると、すこし恥ずかしさを覚えた。

 配信者だと改めて言われると、やはりどこかむず痒い気持ちになる。胸を張って配信者だと言えるほどの人気もないし、登録者もいなかったからかもしれない。目の前にはシラスも知っている有名配信者に、サインを求めている人の列が出来ていることも、彼のむず痒さに拍車をかけた。

 建物の中に入ると目の前には会場へと続く大きな扉があり、左右に廊下が伸びている。会場全体をぐるりと廊下が囲んでいる構造になっていた。

 ゲームのキャラに因んだ食べ物を出す出店やグッズを販売する売店がならんでいて、廊下はお祭りのようにガヤガヤと盛り上がっている。

シラスは後から入ってきたヤイバに声を掛ける。

「入場までまだ時間あるけど、少し見て回る?」

「そうだな。っと、お前めし食った? 俺、朝バタバタしちゃって食べてないんだよ」

「そういえば……」シラスのお腹がグゥーとかなり大きな音を立てた。「なんか食べようっか」

シラスの苦笑いに、ヤイバは大声で笑った。


「そのピザうまそうだったな、俺もイベント終わったら食おっかな」

シラスとヤイバは食事を終えて、余韻を楽しみながら会話していた。

「美味しかったよー。ヤイバは朝からラーメンなんてヘビーだね」

「いやぁ、緊張して夜飯しか食えなくってさ!」

「食えてるじゃん!」

「そうだったわ!」

 二人が上機嫌で大笑いしている所へ、パンツスーツに身を包んだ黒髪のポニーテールの女が近づいてくる。

 ヤイバが視線を自分の背後に向けているのに気づき、シラスも振り返った。

 シラスの背後には、彼らと同年代らしき女の子が楽しそうな笑顔で立っている。首からぶら下げた入館証には、黒崎瑠奈という彼女の本名が記載されている。

「あー、シラスとヤイバも来てたんだね。久しぶり!」

「ルナじゃん!」

「えっ……と、黒崎さん……?」

「うろ覚え? ひどくなーい?」

「シラス、流石にひどいぞー」

「い、いや違くってさ……、五年ぶりじゃんか。結構見た目変わってるし」

「かわいくなったって事にしといてあげるわ! んじゃ、私行かないとだからまた後で! イベント終わったらご飯でも行きましょ。二人とも頑張って!」

 そう捲し立てるように言うと、彼女はスタスタと歩いて行ってしまった。

 残された二人は、彼女との再会の喜びを分かち合うまでも無く、唖然としている。

「ったく……いっつも忙しいやつだな」

「……頑張ってねって言ってたね。どういう事かな?」

 シラスは名探偵のように、顎に手を当てて彼女の残した言葉の意味を考えている。

「ん? わかんねえけど、いつもの適当なんじゃね。考えすぎだろー」

「そうかな」シラスが腕時計を見ると針が十時半を回った所だった。「そろそろ会場、行こうか」


 配信者と通常の参加者達は入場口が違うらしく、シラス達は下の階からの入場だった。

 会場への扉を開けると、すでに数千を超える人が集まっていて会場はごった返している。人口密度はかなり高いが、空調が効いているのか蒸し暑さは感じなかった。

 人々の情熱と期待が張り詰めているのを、シラスは肌でひしひしと感じていた。会場全体が音の波になって、ざわざわと彼の鼓膜を打ち付けた。

「……結構な数の参加者がいるんだね」

「まぁ、あのコロニーがこんだけでかい規模のイベントを開くんだからな。この人数は過去最大らしいぞ?」

「ちょっと緊張してきたかも……」

「なんでシラスが緊張してるんだよー。ルナちゃんとかのほうがよっぽど緊張してると思うぞ」

「そ、そうだよね」

 そう言って苦笑いするシラスは、胃がキリキリと締め付けられる感覚に陥っていた。上の階はバルコニー席になっていて、そこにいる人々の塊の目が全て自分に向けられているような錯覚さえ覚えたからだ。

 六角形の会場の正面には、映画館のそれより大きなスクリーンが設置されているステージになっていた。スクリーンにはこのイベントに出資している有名なゲーム関連会社のロゴやコマーシャルが流されている。

 壇上の右端の方には、マイクなどの機材が置かれたデスクが置かれていて、そこで偉い人が喋るのだろう。

 ゆっくりと参加者達の流れに乗って、シラスとヤイバは会場の中程、スクリーンの真正面にこぎ着けた。

「ラッキー! いい場所取れたな」

「……そうだね」

「おいーシラスぅー、何緊張してんだって」ヤイバがシラスの肩をドンと叩く。「俺らが緊張する事なんてねぇだろ?」

「う、うん。あんまりこういうの慣れてなくてさ」

 シラスは胃のあたりを抑えて、少し息苦しそうにそう答えた。

 なんとか緊張をほぐしてやろうと、ヤイバはいつもの調子を崩さないで喋り続けた。

「何言ってんだよー、千人くらい同時接続のある配信者だろ?」

「配信は人に直接見られているわけじゃないからね」

 シラスはそう言うと、苦し紛れに小さく笑った。

 実際、彼は緊張しているだけではなく、新しいゲームが発表される場に立ち会えるという高揚感でも満たされていた。そして、そんな場所に立っている事に嬉しささえ覚えていた。そんな二つの昂ぶる感情が押し寄せ、気分がジェットコースターのように上下していたのだ。


 暫くの後、会場のざわめきが収まり始めた。

 ステージ脇の階段から、かっちりとスーツを着こなした背の高い男が上がっていく。黒縁のメガネ。整った黒髪。かなり真面目そうな印象が受けて取れる。

 先程までが嘘のように、会場がしんと静まりかえる。

 彼はデスク脇に立つと、マイクを取り上げた。

「お忙しい中、この会場に足をお運び頂き有難うございます。重ねて、このイベントをネット配信でご覧いただいている皆様にも感謝致します。このような場で、新製品を発表できることを光栄に思います。自己紹介が遅れました。本日の司会進行・実況解説を務めさせて頂きます。田上海雪と申します」

 会場からは拍手が湧き上がる。

 男はそれが収まるのを待って、再び続けた。

「それではゲームデザイナー兼ディレクターの草壁誠からご挨拶をさせていただきます。草壁さんよろしくお願いします」

 拍手が巻き起こる中、貫禄のある四十歳ほどの男がステージへ上がっていく。田上がきっちりとした印象だったからか、草壁は意外とラフな感じに見えた。乱雑にまとめられた髪の毛に、どこかだらしないスーツの着こなし。

 それでも湧き出るカリスマやオーラみたいなものが、階段を上っているだけでもはっきりとわかる。

 シラスはそんな草壁に尊敬の念を抱いていた。彼がなりたかった理想の自分がそこに立っていたのだから。そして同時に自分を責める劣等感に苛まれた。どうせ自分には彼のようになり得ない事を自覚していた。

 そんなことは御構い無しに、壇上に登った草壁はマイク越しにハキハキと喋り出す。

「どうも、草壁です! 田上さん、ご紹介どうも!」拍手を押さえつけるように手を上下する。「今回、配信者の皆様にお集まり頂いたのは、他でもありません……」

 草壁は大きく深呼吸し、会場全体の注目を集めた。


「これからバトルロワイヤルをしてもらいます!」

 会場全体が凍りついた。

 もちろん、バトルロワイヤルという言葉の意味が理解できない訳ではなかった。

 動揺と混乱と興奮が会場に波となって、シラスに、そして参加者全員に押し寄せた。

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