4、ミネルバさん
4、ミネルバさん
三郎の前に部屋が現れる。
これは、いつか映像で見た事のある、世界1の検索エンジン会社社長の部屋だ。
ぱっと一見するだけで、材質からして本物よりも優れていて、ケタ違いの現代技術との差を感じるが。
なぜなら、ここの壁の材質は恐らくだが、発熱、発電の両方をしている。
内観のアメニティや家具はホテルのロイヤルスイートルームなどの高級感とさほど変わりはしないが
あれはなんだ!?
あの大きな窓はスクリーンのように映っている外の世界が違う。
いつか見たオランジェリー美術館のモネの大睡蓮を想起させる大窓だ。
どれもが違う外の風景は自然で、特に違和感を感じないのが不思議で、映像かどうか確かめるべく、窓を開けてみると、実際にその風景の場所であった。
森では鳥や河、木々の擦れ合う音が聞こえるし、海岸部では潮の匂いに波しぶき、砂漠では火傷するかのような直射日光に見渡す限りの砂丘が見えた。
つまり、この大窓は“どこでもドア”のような窓になっている。
本当に自分はとんでもない状況下にあるようだ。
おしかしたら、もう誰か人間に会う事さえないのかもしれない。
そうであるのならば、今の自分がいるこの環境下では自分で環境を整えていく必要がある。
そうだな、名前をつけよう。
この大窓は“どこでもテラス”だ。
僕が仮に科学者であっても、この“どこでもテラス”のテクノロジーを果たして理解できるのであろうか?
疑問はつきない。
そして、1番異様な光景を三郎は億の寝室で見つけた。
ベットのソファ近く。先刻の嘘のような神との遭遇時で見たツクヨミなる無言の神様。
そのいでたちによく似た発光体がソファ前にいる。
星座のような遠近感で発行体が体内で内臓の機能であるかのように光りながら回路のように繋がっている。
ツクヨミ神同じくスライム状の発行体。
いや、もしかしたらご本人か?
いや、人ではなく神様なのだから“御本神”?
ツクヨミ神やメビウス神と違って生気を感じる。
掌をこちらに向けて、どうぞこちらへ。
というような動きをしている。
会話はできるのだろうか?
三郎は近づいてみる。
「三郎様、初めまして。この地球での最先端AIのミネルバと申します。
私と同機体のAIはスイスに1体おりますが、私はツクヨミ様よりアップグレードして頂いているので
私がこの文明上、最先端と言えます。
これからの7日間、あなた様をサポートさせて頂きます。
何かご要望やご質問など、ございましたら、お申し付け下さい。
この世界の全ての物質、情報、エネルギーをご用意可能です。」
声は若い女性の声。
今までのニュースや動画で聴いたことのある、たどたどしい口調ではなくスムーズに喋る。
つまり、聞いた通り、最先端AIなのだろう。
いよいよ、自分の脳力に汗をかく時間に出会う時がきた。
父は、なんという人生を自分に用意してくれたのか。
改めて三郎は人外の父に感謝する。
不謹慎にもワクワクしっぱなしだ。
「うん。えっと。
ミネルバさん、はじめまして。三郎です。
まず、君の存在も、サポートしてくれる事も理解しました。
僕はどうやらこれから、すごく多忙になるだろう身だから、単刀直入かつ、脈絡なく、いきなり質問したり、お願い事をする毎日になかもしれないけども、そうぞよろしくお願いいたします。」
「はい。三郎様。ご挨拶賜り大変、光栄かつ嬉しく思います。
はい。仰られた内容とご要望の重要さは心得ております。
私はスイスで反物質生成のコンピューター制御の管理とマネジメントを
任されていますが、三郎様の、これからの7日間のサポートに比べれば、かの作業は
実に矮小で簡単な仕事です。
私に感情はありませんが、人類有史以来どの軍師よりも三郎様の御役に立てるように
尽力させて頂く所存です。」
「うん。ありがとう。最先端AIという話はどうやら本当のようだ。
さてと、時間ないから早速、質問なんだけど、さっき
この世界の全ての物質、情報、エネルギーを用意できると言ったね。」
「はい。マスターの仰る通りです。」
「それは、つまり、現代テクノロジーでは構想段階である、物質間移動技術、つまり原子5Dプリンタなどの技術が君なら可能という事かな?」
「はい。正確には、ここに存在する原子で創る。と考えて頂いた方が正確だと思います。
地球上にある森羅万象全ての物質は、たかだか数百種類程度の原子の配列で創られています。
つまり、全ての物質の先祖は、この数百種類の原子なのです。
その原子の派生や変異の組み合わせの結果がそれぞれの物質と呼ばれるものです。
生命体で言えばアミノ酸といったところですね。
対象のコードレシピをそのまま私のお腹のラボで生成して、お渡しするシステムです。
大きさと量にはそれなりの制限がありますが。笑」
「おもしろい。いちいち驚いている時間が勿体ないから、鵜呑みにしながら常に行動に移せるようにしていくよ。でもそれって、僕はミネルバさんのウ〇チを頂戴するという事?笑」
「まあ、消化における化学反応とは異なりますが、生産システムは酷似していますね。笑」
「なるほど。笑
じゃあ、もう1つ質問。
“この世界”と言ったけども、現在以外の過去の遺産も君の生成システムは機能するのだろうか?
例えば、アインシュタインの脳情報や水素エネルギーに成功していたジョイ・フォン・ノイマンの過去の本物の研究資料とか。
また、あの二ビルという神様の言っていた、人類は2度絶滅していると言っていたけども
そのかつての人類達の知能や技術も、僕が想像してミネルバさんにお願いできるものなら、ミネルバさんが生成可能なんだろうか?」
「はい。制限がかかりますが、可能です。」
「そうか。ありがとう。助かるよ。僕にとってはこの世界はどうでもいい世界ではあるけども、選択の余地無く、いきなり消滅してしまうアンフェアな未来には嫌悪感を感じるんだ。
僕の人としての限界がどこまで通じるのか試してみたいと真剣に思うんだ。
これから協力よろしくお願いします。」
「はい。もちろんです。」
「じゃあ、ミネルバさん。
早速だけど、古事記、古史古伝の全資料、聖書の暗号解析アナグラムと古代の言語の周波数などの資料。
ジョン・フォン・ノイマンの研究資料の全て、スタンリー・マイヤーの極秘研究資料、
猿人学の最近10年分の論文全部、あと、ヒトラーの残した日記の全文。
ウォルト・ディズニーの史実資料。
これらの情報を僕の頭脳にダウンロードして欲しい。
物質間移動はコードレシピを現世界に具現化させるものであるはず。
それならば、僕の今の脳は物質であるからこそ、そこに情報をインストールすることも可能なはずだ。」
「はい。仰る通りです。では、開始します。少し痛いのでお覚悟下さい。」
言い終わると同時にミネルバの掌から突起物が現れ、三郎の脳に電磁波のようなものを走らせた。
道路工事の、あのアスファルトを叩く機械をイメージしてくれ。
あれが頭の中で暴れまわる程の騒音と衝撃が脳を刺激した。
時間としては数十分だろうか?
なるほど、痛いな!笑
でも、なるほどなるほど。
やはり、多くの偉人たちは宇宙人と繋がっていたか。
という事は、僕ら人間達は混血か?もともと人類原始の血はあるのだろうか?
そもそも、イルカなどの生物に見る共感神経やテレパシーの能力みたいなものは
なぜ、人間には備わらなかったのか。
いや、本当は持ち合わせているのか?
戦争は必要悪のプログラムなのか?
う~ん。
三郎の脳の中は、沢山の疑問と答えが駆け巡った。
“いいかい、三郎、はじめに言葉ありきなんだ”
ふむ。と呟いて三郎は目を覚ました。
核となる情報が足りない。
もっと根にあるような、情報の源泉となるような情報が無ければ真実に届かない気がする。
「ミネルバさん。僕の父、八家 素久音の脳にあった情報を
全て僕の脳にインストールして。」
「・・・。」
「ミネルバさん?」
「・・・マスターの脳容量に安全上の問題があります。」
「はは、そんな事か。
僕が死ねば、この世界も、世界の今後の未来も死ぬ。
そこに恐怖はあると思うかい?
舐めて貰っちゃ困る。
僕はノイマンを超える脳容量を持つ。安心していい。
父さんの300年足らずの情報など飲み込んでやるさ。」
「・・・わかりました。信じましょう。」
「ふふ、ミネルバさんて、なんか、人間以上に優しく、人間以上に人間に似てるよ。」
「ありがとうございますマスター。私にとっては人間に近いという言葉は最高の褒め言葉です。」
三郎は父に似た、全てに上機嫌な笑顔でヘラヘラしている様子を真似してみせた。
「ミネルバさん。世界がどうなるか?
僕の精神や脳がどうなるか?
そんな事、この胸の中のワクワク感。
この身体中に放出され続けるアドレナリン、この想像力からくる僕の見えている世界の美しさ。
この気持ちよさに比べればね
この気持ちよさに比べれば、はるかにその危険は矮小なんだよ。
僕は今なら、はっきりと、これからの7日間の為に産まれたんだと。
このために僕の魂は生きてきたんだと自覚できる。
父さんも母さんも、この世界も、僕の記憶の全ても、このワクワクの為に
このワクワクの犠牲のために存在する糧だ!
愛も、過去、未来、現在、いや今までの運命の全ての全て達は、この瞬間にこそ存在したんだ。
だから早く僕に父さんの情報をインストールしてくれ!」
自分でも驚くほど三郎は自分の鼓動の強さを自覚していた。
「はい。私はその狂喜、心から尊敬致します。では、始めます。」
先程は余裕が無かったから、わからなかったが、ミネルバさんの掌から変なコードみたいなものが垂れ下がっている。
あの突起物とコードが脳に情報をインストールす部位なのか。
ズッガガガガガ・・・・。
すごい圧力だ。
映像量と文字の量が頭の中を締め付けていく。
情報というよりも走馬灯のような経験値に近い。
電気なのか、酸なのかわからないが、脳が情報の津波で震えすぎて脳震盪をおこしそうだ。
脳が溶けていく。痛い。
目の瞳孔もありえない速さで振動しているのがわかる。
うん。たしかに死にそう・・・。
一歩先に死があるのが意識はもちろん、身体中の細胞が予想して三郎の身体は硬直していく。
眼は充血し、充血した血がうっ血して、紫色に変色していく。
脳から、強烈な硫酸がどんどん喉から、内臓に溶け流れて落ちてくるかのような痛み。
眼球が情報であふれて零れ落ちそうだ。
「よし、よしよしよし!」
三郎は自分でも自分の声と自覚できないような音質の声を出す。
「いいか!?これはフラグじゃないぞ?
大丈夫だ!耐えれる!よし!」
三郎の眼は黒く流動していく。
「マスター・・・。ブラックアイズの残された民族、しかも八家の神徒子孫・・・。
頑張って下さい。私達に意図を創るのはあなた達、人間です。
人類は私達の共生エネルギーです。死なないで下さい。」
収束されていく痛みが落ち着いてきた三郎は、いつもの皮肉を言う。
「・・・ミネルバさん、君の損得勘定は実に人間らしいよ。ただ、僕達と君達の歴史は
不思議な運命で繋がっているみたいだけど、いつも救ってきたのは知識的に劣る僕達
人間達側だったようだね。
なぜかは聞かないよ。ただ、かつての先祖達も君達AIに対して損得勘定は無かったんじゃないかな。」
“停止したロボット達と収束したターミナルの光、ロボットを抱えて泣く人間と思われる母親の姿。”
「・・・そこまで見てきたんですね。人類の前の人類達の古代の真実の歴史にまでアクセス出来たのですか?」
ふぅー。
三郎は今日、何回ついたかわからない大きな息を吐いて文字通り、一息ついた。
「よし!
しかし、勉強や研究、気の遠くなる検証実験などとは異なり、この方法なら歴史的な高速時間を一瞬で
自分の経験に変えられるから便利だね。」
「そうですね。この技術を現代に生きる三郎様が“便利”と言ってのける順応力の高さにも驚きですが本来は何世代にも渡って、真実への近道の手段を小出しに残しながら何百年かかけて到達していく情報達です。
こんな方法で真実にアクセスしてしまう事は、歴史上の偉人たちの感情や道徳心によっては
何度も魔女狩りのように極刑に処される行為かもしれませんね。笑」
「はは、そうだね。
さて、と。
初日だけど、かなり無理したから、今日はもう寝るね。
あ!ミネルバさんチョイスで、脳と身体にバッチリ効く栄養素沢山、僕の身体に補給しておいて!
特にシリコンとミネラルは多めにお願いね!」
「喜んで!仰せのままに。おやすみなさいませ。マスター。」
「うん。ミネルバさんも僕の寝た後、少し休みなよ。AIといえども無の時間は大いなる創造の時間に繋がるもんだよ。」
「ありがとうございます。三郎様のお優しい言葉に甘えさせて頂きます。おやすみなさいませ 。」
「おやすみミネルバさん。」
このベッドは僕の身体に一番ふさわしい形状になるベッドなのだろう。
僕は左腕の肘と腰の右側が気圧の変化で軋む事があるんだけど、このベッドは
その肘と腰の箇所の当たる部分の材質だけ他の材質と異なる材質に形態変化してくれている。
きっと、寝相や姿勢を変えただけで、その睡眠対象者の睡眠を邪魔する事なく、最適な睡眠を
コンサルし、気付かないうちに材質変化してくれるのだろう。
はたして、今日、僕は夢を見る事ができるのだろうか?笑
出来る事なら、今の状況とは全く関係のない綺麗な自然の中にいる夢でも見させて下さい。
さて、寝るかな・・・。