2、祠(ほこら)
2、祠
ぶひゃっ!
水しぶきと共に父親と三郎は穴から這い出てきた。
どうやら穴の中は普通の海同様、空気が無かったらしく、きちんと肺が悲鳴をあげている。
恐怖で忘れていた息苦しさを今気づいた。
2人ともゼェ〜ゼェ〜いいながら陸にあがる。
闇の穴の底はU字型になっていて空気のある洞窟?みたいな場所へと出た。
目も水圧のせいかゴロゴロするし、鼻からは鼻血が出ているみたいだ。
まあ、生まれてはじめてこんな深い海底まで潜ったのだから当たり前だ。
文字通り、死にそうだ!笑
何分経ったか、目を擦りつつ、だいぶ目も落ちついてきた。
頭の中もはっきりしてきた三郎は視界に映る世界に驚いた。
ここは…。
何か・・、祭壇?神殿?
しかし、現代の科学技術を遥かに凌ぐと思われる場所だった。
そもそも現代機械工学とは「電気」の文明歴史である。
現代社会のほとんど全ては電気に依存して生きているはずだ。
今までのその電気が紡いできた歴史が、この様を見たら簡単にくつがえるだろう。
この液体のような動力源は何だ?
床はガラス?のようなもので出来ているが記号が浮かび上がり、流動性のある物質だ。
このガラスのような板は、恐らく発電している。
いや電気のようなものは確かに存在しているのだ。
しかし、これは電気というよりも電磁波のような類である。
とりあえず壁面は全てが透明な空間。
淡く明るい青白い世界に透明な何かのエネルギーが意志をもっているかのように不規則的に動いている。
「水だよ。三郎。」
「・・・水?」
「うん。今回の地球文明でも、やっぱり電気の文明が発展しているけど、なぜ、地球が8割以上も水で
作られているかと言うと、第1エネルギーを水にした方が、効率もコストも付加も
最小限の万能エネルギーだからなんだよ。
水を蒸気、液体、水素、電飾媒体、絶縁、非絶縁、結晶、再結晶。
状態変化を瞬時に変換する事で地球文明の今までの歴史の中では
存在しえなかった最も効率の良いエネルギーを得られるんだ、水で。
まあ、詳しくは、あの祭壇で色々、考えてくれ。」
三郎「今更、何も驚かないけど、500年以上続いた工学の歴史を簡単に否定するなんて
スゴイね。確か、ドイツやロシアでは、水素のエネルギーを開発しているとは
聞いているけど、その先の未来が、これほどまでの未来だとは、どんな科学者も今は
想像すら出来ないだろうね。」
「まあ、時間なんていうのは、そんなもんだよ。」
今の会話の解答として「"時間"」という言葉を使うあたり僕の父はさすがだ。
歴史や未来と言わない辺りが。
驚きのあまり、伝えるのを、すっかり忘れていた。
まず壁かと思われる側面部には高速で液体が、しぶきを一切あげずに天井まで
流れ、天井かと思われる場所はプラネタリウムのようになっていて
光の流れ星が何かのメッセージかのように動いている。
この部屋は空間の距離感が一切わからない。
所々では球体状の水が電磁波を纏いながら空中を規則的に運動しており、何かのデータを運んでいるようだ。
ここの場所自体は恐らく広くはなく
100坪くらいの広さではあるが空間の広さと壁や天井の設備における幅がどのくらいの
厚みがあるのかは全く不明だ。
なぜなら、あの青白く発光しているガラスのような流体状のものが壁面を覆っているからだ。
この部屋の空間には影がほとんど無く、全方向どの角度からも全てが青白く明るい。
水晶の中にいるかのように部屋内部が光源のように感じる。
寒さや暑さはなく匂いは若干、塩素臭?に似た香りがする場所だった。
親父のさっき言っていた祭壇らしきものは、あの奥にそびえている鳥居の事だろう。
鳥居は鳥居でも黄色いぶっとい電線のようなものが絡まり合っていて額部分には
電子基盤みたいな物体から針のような突起物が見える。
鳥居の柱部分には何箇所か穴となるものがあり、グニャグニャの黄色い無数のコードもその穴部分だけは避けて絡まり合っている。
何か違和感を感じる穴だ。
何かを差し込むような・・・。
鍵穴か?
"祭壇の奥で"と言っていたが
鳥居の奥は段差が一段あるだけですぐ壁である。
つまり、あの鳥居に何かをすれば、どこかに行けるゲートに早変わりするのだろう。
という事は、あの黄色いぶっとい電線でできた鳥居は、その場所に行く装置のようなものであり
鍵となるものを親父は持っているのだろう。
「始めに言葉ありき。」
親父は何度か彼から聞いたことのある言葉を唱えた。
基本的に親父は1度口にした言葉を何度も言う人じゃない。
三郎は通常の父子関係で会話する何倍以上もの会話を父としてきたが、きっと親父は教えたい事が山ほどありすぎて、2度も3度も同じ話をする余裕が無かったのではないかと思う。
三郎はふと今考えると、父さんは、きっと人間世界よりも上の次元上での答えを自分に教えてくれていたのかもしれない。
そんな人離れした頭の良い父が、よく口癖に言っていた台詞が
「始めに言葉ありき。」という台詞だ。
三郎は、幼少期より聞いてきた親父のその口癖の意味を問いただす事はなかった。
その口癖の意味を聞くと、親父とのなにかしらの関係性が崩れる不安があったのだ。
頭の良い親父が繰り返す程、重要な、その言葉の意味を理解してしまうのを直感的に避けてきたのだ
この言葉の真の意味がわかってしまえば
この宇宙を作った神みたいな存在が、いきなり現れて
「あなたの世界は全て嘘です。幻です。幻覚です。」とか言い出すんじゃないか?
そんな変な恐怖があった。
不思議な事は読んで字の如く議論したり調べてはいけない事なんだ。
“不思議”という漢字は思っても、議論してもいけない。と書く。
つまり、調べるのは何かしらの危険があるから、やめておけ。
という先人類達からの警告である。
例えば念仏などの言葉は、あれは、言葉の組み合わせであるし
いわばポエムである。
念仏を唱える側の人間に霊力や霊視が出来るかどうかは関係ない。
念仏を唱える事で効果が発動するのである。
つまり、ある決まった音を周波数として発すれば等しく効果が得られるという不思議だ。
除霊という現象を鍵と鍵穴の関係で考えるのならば念仏は鍵。
オバケや幽霊は鍵穴といったところか。
鍵がきちんと正しく合っていれば鍵穴はきちんと開き、見事、幽霊は成仏達成である。
言葉が、何かの現象を引き寄せる鍵であるとするのなら、今のこの現状は?
そんな疑問を解決してくれるかのように父親は日本語ではない言葉を話し始めた。
「शुरुआत में शब्द हैं (サンスクリット語:始めに言葉ありき)」
ブーン。
なにか重厚な精密機械の起動時のような音とともに父親の頭から鍵のようなものが1本、出る。
青光りしたそれは細い光線をまとって浮いていた。
「There are words at the beginning。(英語:始めに言葉ありき)」
また、ブーン。と1本。
今度は赤い。
「633(77552222244446(19922 (数字:始めに言葉ありき)」
今度は黄色い鍵。
「始めに音。のち光あれ
月と太陽の二陽陰により昼夜男女の理によりて生と死に賜りなん。
息吹の先につかの間の3度の滅びに我、再びここに意志を持ち南無。
(七曜の詩)」
おそらく、これが最後の呪文?を唱えた親父。
異様なオーラを纏う漆黒の鍵を右腕から取り出した。
汗だくで、真っ赤に充血した目の親父が
いつもの優しい笑顔を見せる。
「三郎、もう、わかってると思うが
まずは、すまん。
このような事態に愛するお前を巻き込んでしまう事。
母さんには出会った頃に話した事なんだが母さんにも悪いと思ってる。
ただな、これからお前が行く場所はお父さんの故郷でもあり大事な場所なんだ。
俺な、人間じゃないんだ。そこで生まれてこの地球にやってきたんだ。
もちろん、お父さんにも目的があった。
ただ、その目的は人として生きるうちに、母さんやお前が目的そのもの変わっに変わった。
でもな、どうやら人の歴史に終わりが来たみたいだ。
だから父さんな、人として死のうと思う。
三郎、これからお前は、ある選択をする。
人間と地球、宇宙の破滅の有無をお前が選択するんだ。
でも三郎、怖がっちゃいけないよ。
お前は好きな選択をしていいんだ。
別に無理に、人間側の立場に立たなくていい。
自分がワクワクする答えを選択しなさい。
決して、正しいか正しくないかで選択しちゃいけないよ。
必ず、ワクワクする方が答えなんだ。
いいか、三郎。必ずワクワクする方を選ぶんだぞ。」
「いや、父さんいきなり、なに言って・・そもそも自信が・・・。」
「ふふ。いいかい三郎。
父さんも、ワクワクする方を選択したから母さんと出会って、お前が産まれたんだ。
未来への自信は過信だよ。
自信というのは必ず行動のあとに生まれるものさ。
お前は世界人口82億人の人間達の中で1番頭がいい。心配ないさ。
思う存分、楽しんでおいで・・。」
ポワン。
浮かぶ4本の鍵だけ残して優しい笑顔のまま父親は綿毛が風に舞うように消えた。
親父は自分が人じゃないと告白してくれたが、これが
人外の父の世界での死?なのだろうか?
葬式のように、故人との別れを悲しんだり、故人の死を認めたりする時間が無い。
あっという間に親父の肉体は消えてしまった。
悲しさや、虚しさよりも、すぐ会えそうな不思議な期待感だけが残る父の死の瞬間は、それさえ親父らしいと思わせた。
それは父の死へのショックから自己防衛したいだけの三郎の現実逃避なのか、はたまた、父親の
人外たる部分を過大評価しているがゆえの希望なのかは、わからないが数十分間
三郎はじっと、宙に浮かぶ4本の鍵を父を見送るように見つめていた。
そういえば「宇宙」という字の由来は「宇」に天地上下、「宙」に過去現在未来という意味があって
この今の現状はこの世界の時間軸上ではどれほど重要な出来事なんだろうか。などと変な事を
ぼんやりと考えていた。
何時間かが経ったのだろう。
お尻も痛くなってきた事だし
「さて、と。」
三郎は得体の知れない自分自身の使命感とやらに返事をするかのように自分を奮い立たせた。
そう。あの4本の鍵を使うんだ。
使い方は簡単に想像ができる。
あの奥の壁側にそびえる、ぶっとい電線コードで出来た黄色い鳥居だ。
この世の物とは思えないあの鳥居の2本の支柱それぞれに鍵穴らしき穴がいくつか見える。
あの鍵穴みたいな穴に、この4本の父の化身とも言える鍵が適合するはず。
青、赤、黄、黒の鍵が合っているかどうかは直接、鍵をさしてみて確かめればいい。
見たところ、何かの装置のようなので
4本全てが正しく挿入されて初めて起動するのだろう。
まず、青の鍵だ。
三郎は黄色の鳥居の片方の支柱に近づき、そっと穴に青の鍵を
挿入した。シューン。
成人男性の腕はあろうかというほど太い黄色い電線に青白い電流ビームが走る。
たぶん、これは正解だ。
わかりやすくて助かる。
続けて、赤の鍵を試すが青の鍵穴の上は赤の鍵ではなかったらしく、何も変化がない。
シューン。
青の鍵穴の上の鍵穴は黄の鍵が正解のようだ。
龍が絡まっていくかのように黄色い電流のビームが鳥居の頭の基盤のような所に集まる。
近づいてみてわかったが、鳥居のおでこの電子基盤には3本脚の鳥の眼が光っている。
あそこに鍵穴からの電流が集まるようだ。
1本足りないぞ?
次はもう片方の支柱だ。
黒と赤、それぞれ、鍵穴に挿入する。
ブーン。4本全て挿入完了した。
・・・。
・・・?
何も起こらない?
三郎は何かを間違えたかと思い、鳥居の支柱を2柱とも調べてみた。
あ!
もう1個、鍵穴を発見した。
いや、確かに4本間違いなく刺さっている。
つまり、鍵穴は5個。
鍵は4本しか親父からもらっていない。
1本足りない?
つまり、どういう事だ?
青。黄。赤。黒。もう1本の鍵が必要だ。
父親は呪文のように、ある言語で決まったセリフを唱えて鍵を出現させていた。
つまり、何かの呪文を、ある言語で唱えればいいんだ。
「・・・始めに言葉ありき。」
瞬間、三郎の喉から心臓が飛び出たかと思えるほどの衝撃が走った。
とても、息ができない程の痛みとともに、三郎の口から、鍵が飛び出た。
それは、白い液体で出来た鍵だった。
白のマーブル状の大理石でできたかのような鍵。
気絶しそうな意識の中、三郎は最後の白い鍵を挿入する。
“一命四魂”父親の身体に残していた鍵が4本だったのは、4本までしか残せなかったからなんだろう。
確か、神道ではこの肉体には4つの魂までしか残せないとしている。
三郎に最後の1本を託すために、三郎に何回も呪文を覚えさせたのかもしれない。
という事は、この鍵は霊魂か何かで物質化しているのか?
不思議だ。
シュルシュルと黄色の電線で出来ていた鳥居は朱に染まっていき、おでこの3本鳥の基盤に
まるで迷路に血が溜まっていくようにエネルギーが満たされていく。
ピシッと音を立ててビームが出て空間が幾何学的に破れていく。
SFのようなお決まりの展開を期待して、心の準備は出来ていたはずの三郎だったが、やはり
少し驚く光景だ。
朱の鳥居のおでこにある基盤のエネルギーは眼の形を現わした。
目の瞳の色は黒。
つまり、東洋、つまり日本人の瞳のようだった。
プロビデンスの眼?
ブラックアイから出ているビームによって、空間が開かれている。
三郎はふと、小学生の頃の美術の時間に色の三原色について学んだ事を思い出した。
三原色の真ん中の色は黒。
全ては闇に帰結するのか?
と、子供ながらに芸術の哲学にさえ絶望したものだ。笑
異空間、この世界とは違う世界。
この世界の常識が通じない世界。
三郎は、現れた多次元世界への入口の映像と、こちら側の景色。
キョロキョロ見比べてみるが、さっぱり原理がわからない。
ゲートの後ろ側から見てみてもやはり、同じ景色が見える。
おそらく、向こうの世界へ行くには、ここに入ればいいのだろう。
三郎にとっては父親の居なくなったこの世界には何の未練も、ためらいもない。
迷う事なく、不可思議なゲートの先をくぐった。
ビュゴー。
走行中の飛行機のハッチを開けた瞬間のような衝撃が身体全体を襲ったが
すぐに違う世界に着地した。
物質間移動がこんなスムーズにいくものか?
どんな技術なんだろう?
父親がその存在の全てをかけて導いてくれた世界は
三郎の唯一の興味対象である確執的な父親への興味とは別の新しい好奇心を刺激した。
どうやらここは地球外の場所ではなく地球内部である事だけはわかった。
なぜなら、ここは火山が噴火している火山内部みたいだからだ。
しかし、熱さは感じないし、匂いや空気のようなものも感じなかった。