力を合わせて
第三章3学期編、開始致します!
1月。 降り積もった雪が道の端に寄せられているのを横目に、馬車は学園を目指して普段よりゆっくりと走っている。
(今日から自由登校の3学期が始まる)
3学期制は自由登校という言葉通り、授業も自主選択型になっている。 留学する生徒はその分野を学ぶために時間を費やし、復習したい生徒は下級生に交じって授業を受けることも可能である。 その他の生徒は、自分のクラスで自習をしたり、大体は残り少ない時間を友人達と共有するためにその時間を使っている。
(それに、今年は例年より雪が降っていたから、皆に会うのは久しぶりだわ)
エルヴィスやレティー、エマ様や皆とは誕生日会以来会えていない。 それに、自由登校だから今日会えるかも分からない。
(今日来るかしら)
特に……。
下を向けば、右手の薬指に光る指輪……、彼から頂いたお揃いの婚約指輪が視界に入る。
(エルヴィスはどんな時間を過ごしていたのかしら)
2ヶ月に決まるキャンベル王国の次期国王。 彼はその国王になりたいと願い、今その準備をしているところだと言っていた。
(私も、その彼の隣に立つ王妃になると誓った。 そのための努力は惜しまないことも)
だから、私も在学中に出来ることをしよう。
それが彼のために、そして私のために今出来ることだから。
「ミシェル! 会いたかった」
馬車から降りた瞬間、ふわりと温かな温もりに包まれ、一気に鼓動の速さが増す。
「エルヴィス」
そう名を呼べば、彼は体を離して頷くと、朗らかに笑って言った。
「元気にしていた?」
「えぇ。 エルヴィスこそ、無理はしていない?」
その言葉に、彼は微笑み「大丈夫だよ」と言うと、私の手を取り言った。
「此処では体が冷えてしまうから場所を変えよう。 教室に行く前に、二人きりで話がしたいんだ。
“例の件”について」
例の件とは、陛下の元を訪ねる件のことだろう。
私は「分かったわ」と頷くと、彼に手を引かれて学園内を歩き出したのだった。
エルヴィスに手を引かれて着いた先は、別棟にある空き教室だった。
「此処は滅多に人が来ない場所だから、内緒で話し合いをするには持って来いの場所なんだ」
「そうなのね。 知らなかった」
確かに、用もないからこちら側には元生徒会長である私もあまり来たことがなかったかも、と物置と化している教室を見回せば、彼は「こちらにおいで」と言って椅子に座るよう促す。
エルヴィスもその近くにあった丸椅子に座ったところで、彼の方から話を切り出した。
「あれからも陛下と謁見することを試みたのだけど、話を通してすらもらえなかった。
やはり、直接赴いて直談判しに行く他ないみたいだ」
君には苦労をかけてしまうけど、と付け足した彼の言葉に首を横に振って尋ねる。
「直談判といっても、エルヴィスも以前行って通してもらえなかったのよね?」
「あぁ。 僕一人では追い返されておしまいだったから。
君と行けば、ただ追い返されるということはないかもしれない、と思っている」
「それが“賭け”ということね」
「そうなってしまうね」
彼は申し訳なさそうにしてから言葉を続けた。
「とりあえず、陛下のいる場所は此処から少し遠いから、一日がかりで行くことになると思うんだけど……、都合の良い日はある?」
「私はいつでも大丈夫よ。 学園は自由登校だし、それに卒業までに時間もあまりないことだから、なるべく早めの方が良いと思うわ」
「君がそう言ってくれて嬉しい。
では、五日後でどうだろう」
「分かったわ」
お母様にもそう伝えるわね、と付け足せば、彼は頷いた後黙ってしまった。
「どうしたの?」
不思議に思いそう尋ねれば、彼は「いや」と小さく笑みを浮かべて口を開いた。
「今まで僕一人でやっていたから、君が一緒だと思うと心強いなと改めて思って。
……君にも心配をかけてしまったし、もっと早くこうしていれば良かったなと思ったんだ」
その言葉に首を横に振って言った。
「エルヴィスが私に心配をかけさせまいとして伝えることを躊躇ってくれていたこと、それが分かって素直に嬉しかったわ。
大事にされているんだなって」
「!」
「だけど、それだとお互いに遠慮しあって誤解を招いてしまいかねない。
だから、これからは何があっても支え合える関係になりたい。
そのために、お互いに隠し事はなしにした方が良いということに気が付いたことは大きかったと思うわ」
「ミシェル……」
驚いたように目を見開く彼に向かって笑みを浮かべた。
「そうして悩みを分かち合って、その悩みを二人で解決していくことが出来るというのは、大事なことであり素敵なことだと私は思うの」
「……」
そう締めくくった私に対し、彼は何も言わなかった。
(あ、あれ?)
「ご、ごめんなさい。 変なことを言って……」
急に恥ずかしくなり慌ててそう口にすれば、彼は「あ、いや」と首を横に振って言った。
「確かに、ミシェルの言う通りだと思ったんだ」
「え……」
驚いて顔を上げれば、エルヴィスは微笑みを浮かべて言った。
「二人で悩みを分かち合うということも、それに気付けたこともまた、大切なことだったんだろうなと思って。
これから先、沢山の困難や試練が待ち受けていたとして、僕一人ではきっと耐えきれないと思う。
……でも、隣に君がいてくれると思うと、凄く心強いし、何でも出来る気がするんだ。
その上、君は僕を助けてくれるという。
何て頼もしいだろうなって」
そう言って笑う彼に、私も少しおどけて見せる。
「そうよ。 私は貴方のことになったら絶対に負けない。
……だからエルヴィスも、例えどんな困難が待ち受けていたとしても負けないで」
その言葉に彼は再度目を見開いた後、強い眼差しで頷いた。
「あぁ。 僕は負けない。
君のためにも、自分のためにも。
だからどうか、見守っていてほしい」
「勿論!」
私が大きく頷いて見せれば、彼はふっと柔らかく、慈しむように笑った。
そして、「よし!」と彼は気合を入れて口を開いた。
「そのためにもまずは、君こそが僕の婚約者だと認めてもらわないとね。
五日後、君を迎えに行くから待っていて」
「えぇ!」
差し出されたエルヴィスの手を握り、私は大きく頷いてみせたのだった。




