正直に
(ミシェル視点)
「……ふぅ」
「お嬢様、お疲れ様です」
「ありがとう、メイ」
そう言って、彼女はホットミルクを淹れてくれる。
それを頂けば、口一杯にはちみつのほんのりとした甘味が広がり、気が付かない内に冷えていた体が芯から温かくなるのを感じる。
メイはそんな私にキラキラとした瞳で言った。
「お嬢様、別れ際にお手紙を渡されていたのを見て私までとってもキュンキュンしてしまいました…! それにその薬指に光る指輪もとっても素敵です!
もしかしなくても婚約指輪ですか!?」
「え、えぇ、流石メイね。 すぐ気付くなんて」
「それはもう! お二人の行く末を見届けるのが私の使命ですから!」
きゃー、と夜も遅いのにもかかわらずテンション高めのメイに思わず笑みを溢す。
「ふふ、メイのお陰よ。 ありがとう」
「そんな! 私は何も……、それよりお嬢様、ずっと気になっていたのですが、お手紙にはどんなことを書かれたのですか?」
「それは……、秘密」
「まあ、そうですよねぇ」
メイはふふっと笑い、「広間の片付けの方も一度見てきます」と言って部屋を後にした。
私はもう一度息を吐くと、近くにあったクッションに顔を埋めた。
(と、とてもじゃないけれど自分の口からは言えないわ!
手紙だから、少し大胆に書いてしまったんだもの……!)
手紙には、まず最初に感謝の言葉を綴った。 彼にはいくら言葉を尽くしても足りないほど、沢山迷惑もかけたしお世話になっているから。 その気持ちが少しでも伝わると良いなと思って書いた。
中盤は彼に対する想い。 これはもう、本当に思い出すのも恥ずかしいのでやめよう。
そして、最後に私が書いたのは。
「もっと私を頼って欲しい、だなんて私の我儘かしら……」
今度は溜息を口にしたその時。
急にバンッとドアが開け放たれた。
「!?」
驚く私に、そのドアを開け放った主……、メイは慌てたように走り寄ってくると、私の手を引きながら言った。
「エ、エルヴィス殿下がいらっしゃいました!」
「!? エルヴィス!?」
どうして、と尋ねる間もなく、談話室の扉をメイが開けた。
そこには、メイの言う通りエルヴィスがいて。
メイは「失礼致します」と頭を下げ、行ってしまった。
そして二人きりになった空間で、私は頭の中が疑問符で埋め尽くされながら口を開く。
「エ、エルヴィス? どうして」
「君に、話があって戻ってきた」
「え……」
そう言って彼が手にしていたのは、先程私が渡した手紙で。
馬車の中で読んだの!?と口を開きかけた私より先に彼が口を開いた。
「本当は、君には伝えずに解決しようと思っていた。 その方が良いと勝手に思っていたんだけど、この手紙を読んで、逆に君を不安にさせてしまっていたことに気が付いたんだ」
「!」
彼の指先が、私の頬に触れる。 そして、優しい目をして彼は「ごめんね」と謝った。
それに対して私は首を横に振る。
(違う、謝らせたかったわけじゃない。
私は、ただエルヴィスの力になりたかっただけ)
彼が一人で抱えているものが大きいことは知っている。
敢えて私を傷付けないようにと、弱音さえ吐かないことも知っていた。
ただ、幼い頃から一緒にいるエマ様は、エルヴィスのことを私よりずっと知っている。 二人は同じ王族同士であるから、彼女はエルヴィスの力になることが出来る。
(では、私は?)
彼の婚約者なのに、彼に沢山お世話になっているのに、私は彼に何も返せていない。
ずっとこのまま、お飾りの婚約者のように、彼の隣に立ち続けるのは嫌だ。
彼に守ってもらう、彼の負担になるだけの存在は嫌だから。
その願いを込めて手紙に書いた。
『どんな些細なことでも良いから、もっと私を頼って欲しい』
と。
私がギュッと、伸ばされた彼の腕を握れば、エルヴィスは「今度からは」と意を決したように口を開いた。
「もっと、君に話すことにするよ。
僕が今何をしているのか、何を考えているのか。
もう君に隠し事はなしだ」
「エルヴィス……」
「だって君は、これからも僕の隣を歩いてくれる唯一の婚約者なのだから。
そうだろう?」
「っ、えぇ」
頷いた拍子に、ポタッと一雫涙が落ちる。
彼は私の目元を優しく拭ってくれてから、私と目線を合わせて口を開いた。
「単刀直入に言うと、僕はこの国……、キャンベル王国の次期国王になりたいと思っている」
「……!」
彼の口から初めてそうはっきりと告げられ、私は少し目を見開いた。
彼は私の目を見たまま言葉を続けた。
「だが、君は知らないかもしれないが、今のこの国の実態は王妃であるベアトリスが、体調が思わしくない国王の代わりに実権を握っている。 そのために、現在の派閥は彼等……、第二王子派の貴族の方が僅かに多い」
彼から紡ぎ出される言葉に思わず息を呑む。
確かに、今実際に権力を握っているのはベアトリス殿下派で、その一派の方が強いのは歴然だ。
その上、エルヴィスのお母様は正妃でいらっしゃったけれど、既に亡くなっているため、実質エルヴィスの後ろ盾がいないことも大きい。
「それでも、今の時世を疑問視している者達が僕を応援してくれて、何とかその差を縮めてきたが、このまま行けば、間違いなく僕は国王には選ばれないだろう」
「……それでも、エルヴィスには何か策があるのでしょう?」
私の言葉に、エルヴィスは「あぁ」と真剣な表情で頷いた。
彼はそこからは内緒話をするように、声を落として言った。
「僕は、彼等が国王には相応しくないことへの証拠を、卒業パーティー時に皆の前で明かそうと思っている」
「それは、つまり」
「簡単に言えば、彼等への“復讐”だね」
そう言ったエルヴィスは、酷く冷え切った瞳をしていた。
思わず彼の手を握れば、アイスブルーの瞳を和らげ、「怖がらせてしまったね」と口にしてから言った。
「ブライアンに君がされたことも然り、彼等には断罪されなければならない罪が数多あるんだ。 見過ごすのには限度を超えた、という方が正解かな」
「そ、そんなに彼等は酷いことを……?」
「うん。 正直、君の耳にはいちいち入れていたらキリがない情報の方が多いから、そちらは卒業パーティー時に聞けば問題ないよ。
……それよりも、もっと重要なことがあって、君にはそちらへの協力をお願いしたいんだ」
その言葉に、背筋がピンと張る。
(私にも協力して欲しいことがあるのね。
気を引き締めなきゃ)
コクッと彼に向かって頷いてみせれば、エルヴィスはすっと息を吸うと口を開いた。
「ミシェルを正式な婚約者として認めてもらうために、現国王陛下に掛け合う手助けをして欲しい」




