もう一つの贈り物
どれくらいの時間そうしていただろう。
体を離し、視線が合ったところで照れ交じりに二人で笑い合ったその時、部屋の扉をノックする音が耳に届いた。
ハッとして慌てて彼から離れ、扉を開けば、そこにはメイの姿があった。
「お嬢様、そろそろお時間です。
雪も降り始めましたので、これ以上の長居はしない方が良いとの奥様からの伝言です」
「あ……、もうそんな時間なのね」
部屋の中にあった柱時計を見れば、既に短い針は11を指していた。
「分かった、すぐに向かうよ」
そうエルヴィスが私の近くに来て返したのに対し、メイは頷き去って行く。
私は一度扉を閉じ、エルヴィスに向き直って口にした。
「本当に、楽しい時間というのはあっという間ね。
……欲を言えば、貴方のお誕生日を当日にお祝いしたかったわ」
「!」
その言葉に彼は目を見開いた。
(後一時間で日付が変わる。 そうすれば、彼の誕生日になって一番におめでとうと言うことが出来た。
けれど、そんな我儘は言っていられないし、夜遅くまで彼を此処に長居させるわけにはいかない)
視界の端に映った窓の外は、メイの言う通り真っ白な雪が静かに降っている。
皆馬車で来てくれているから、この雪で足場もかなり悪くなってしまうだろうから、これ以上の長居は禁物だ。
「な、名残惜しいけれどそろそろ行かなくてはね。
忘れ物をしないようにしないとね」
お見送りするわ、と言えば、彼は不意に私の手を掴み、名を呼んだ。
「ミシェル」
「何?」
何処か戸惑ったような目をして私を見て、彼は口を開きかけたが、曖昧に笑って言った。
「いや、何でもない。
風邪を引かないように、温かい格好をしてね」
「え、えぇ」
彼はそう言って、帰り支度を始めた。
(な、何だったんだろう、今の)
疑問に思ったが、しつこく尋ねるのも良くないかと思い、口を噤んだのだった。
そして、帰り支度を済ませた彼を見送るため、二人で玄関ホールに向かえば、迎えに来た馬車に乗り込もうとする皆の姿があった。
馬車に乗る間際に、レティーやレイモンド、エマ様とニールにそれぞれ感謝とお別れの挨拶をし、最後に馬車の前でエルヴィスと言葉を交わす。
「今日は本当にありがとう。
祝ってもらえるだけでも嬉しいのに、こんなに沢山、素敵な贈り物を頂けるとは思っていなかったから、本当に嬉しい。
今日のことも、一生忘れないわ」
「僕の方こそ。 贈り物だって、君も僕と同じように考えて贈ってくれたものだと分かって凄く嬉しい。
君と過ごす時間も思い出も、全てが僕の宝物だ」
「エルヴィス……」
彼とギュッとお互いの手を握り合い、彼は「何だか」と照れ臭そうに笑いながら言った。
「この時間が、ずっと続けば良いのにって思ってしまう。 本当に名残惜しいね」
「私も。 ……でも、貴方がこの指輪をくれたから、どんなに遠く離れていても繋がっていると、思わせてくれる。
この指輪は、私達のお守りだわ」
そう言って指輪を見て笑みを浮かべれば、彼も笑って「そうだね」と頷いてくれた。
「揃いの物にして良かった。
これで僕達の繋がりは、永遠だ」
「ふふ、えぇ」
二人で額を寄せて笑い合うと、そっと体を離して彼は言った。
「じゃあ、また。 次は学校で」
「えぇ」
そう言って馬車に乗り込もうとする彼を、最後にもう一度引き止めた。
「エ、エルヴィス!」
「!」
勇気を振り絞り過ぎてしまったせいか、思ったより大きな声で彼の名前を呼んでしまう。 それにより恥ずかしくなった私は、振り返った彼の胸に押しつけるような形で忍ばせていた物を渡した。
それを受け取った彼は、驚いたように口を開く。
「これは、手紙……?」
「か、帰ってから読んで、ね」
そう念を押しながら言う私の顔はきっと真っ赤だろう。 エルヴィスはクスリと笑うと、トンッと一段馬車の階段を降りて私に近付くと、耳元で囁くように言った。
「ありがとう」
そう言って彼は、今度こそ馬車に乗り込む。
静かに雪が降る中、彼を乗せた馬車はゆっくりと走りだしたのだった。
(エルヴィス視点)
リーヴィス邸を後にした僕は、彼女から先程手渡されたばかりの手紙を見つめた。
「ミシェルからの、手紙……」
ハンカチは勿論嬉しかったが、まさか最後に手紙を渡してもらえるとは思ってもみなかった。
自然と顔が綻ぶのを感じ、心が幸せな気分で満たされる。
(城に帰ってからとミシェルには言われたけれど、今読んでも良いかな)
きっと彼女は恥ずかしかったんだろう。
真っ赤な顔をして、僕に押し付けるような形で渡されたこの手紙。 今日一日、彼女が何処かそわそわとしていた理由が分かって、愛おしさが溢れる。
(勇気を振り絞って僕に手渡してくれたんだよね。
手紙なんて、正式な物以外は僕も受け取ったのは初めてだから驚いてしまったけれど。
……うん、やっぱり何が書いてあるのか気になるから開けてみよう)
そう結論付け、閉じられた封蝋を丁寧に剥がし始めたのだった。




