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この先も

 パーティーを抜け出した私達は、私の自室へ向かった。

 部屋の扉を開ければ、既に中は明るく、暖炉の火もパチパチと音を立てて燃えていた。


「メイが部屋を温めておいてくれたのね。 後でお礼を言わなくちゃ」


 そう口にして、エルヴィスと共に長椅子に座ろうとしたのだけど、彼は立ち止まったまま動かなかった。


「エルヴィス?」


 様子のおかしい彼が心配になり名を呼べば、彼は黙って私を見つめた。

 その瞳は、先程のように何処か熱っぽく見えて。ドキッと心臓が跳ねる私に、彼は言った。


「こんなに幸せな誕生日は、初めてだ」

「え……」


 その言葉に驚き目を見開く私に向かって、彼は私が先程あげたハンカチの刺繍部分をなぞり、柔らかく笑って言った。


「友人に、君の家族に……、何より君に祝ってもらえて。 “生まれてきてくれてありがとう”なんて、言ってもらえるとは思わなかった」


 そう言って、不意に私の手を引くと、その瞬間彼の腕の中に囚われた。 彼は私の髪をそっと耳にかけると、耳元で言った。


「そんなの、こちらこそだよ。 

 生まれてきてくれて、出会ってくれて、僕の手をとってくれてありがとう、ミシェル」

「……!」


 彼のまっすぐな言葉が、私の胸に届く。

 その言葉は心を震わせるのに十分で、思わず泣きそうになる。

 上手く言葉を紡ぐ自信がなくて、頷いてギュッと彼を抱きしめ返せば、エルヴィスは甘い声で言った。


「あーもう、いつまでも君を独り占めしていたい。 

 一秒たりとも離れたくない。

 こんな風にずっと、抱きしめて君の温もりを感じていたい。

 それから」

「エ、エエエエルヴィス! それ以上言わないで! 恥ずかしい……」


 そんな彼の甘い言葉の数々に耐えきれなくなった私は、思わず彼の口を手で塞げば、今度はその手を掴まれ、チュッと口付けを落とされた。

 赤面する私に、エルヴィスは妖艶に笑って言った。


「ミシェルが悪いんだよ? 君が僕を虜にさせるのが上手だから。

 ……だから、もし君が僕の元を離れたいと思っても、君のことはもう手放してあげられない」

「エルヴィス? ……っ!?」


 離れた温もりに、残念に思う時間はなかった。

 それよりも、彼が手にしていたものに目が釘付けになり、一瞬息をするのを忘れてしまう。

 その手の上にあったものは。


「……っ、あ……」


 言葉に出来なくて彼を見上げる私に対し、エルヴィスは震える私の手を握り、ゆっくりと噛み締めるように口を開いた。


「渡そうか、迷っていたんだ。

 まだ正式な婚約者だということも決まっていないのに、僕の思いを一方的に君に押し付けるような真似になってしまうのではないかと。

 ……でも、今日の君の言葉を聞いて変わった」


 そう言って、彼は持っていた小さな箱の中で光り輝く二つの指輪の内の一つを取り出し、握っている私の左手の薬指に嵌めて言った。


「やっぱり、君に持っていて欲しい。

 僕との婚約者の証は、今までピンバッジしかなかったから。 それも、学園生活が終われば付けることはなくなる。

 その前にこれを……、出来たら、正式な婚約者だと認められてから渡したかったけれど。

 これからは、この指輪を、僕の婚約者の証として付けて欲しい」


 彼の言葉に、私は左手の薬指に嵌められた“婚約指輪”を見つめる。

 エルヴィスは何も言わない私に対し、慌てたように言葉を続けた。


「ぼ、僕も本当は、正式に認められてからと思ったんだ。 だけど、今日の言葉を聞いてどうしても君にこれを渡したくなって……、僕と揃いで持てば、婚約者の証よりも特別になるのではないかと、そう思って」

「エルヴィス」


 焦っている様子の彼の言葉を遮るように名を呼べば、彼はアイスブルーの瞳をパチリと瞬かせ私を見つめる。

 じっと私の言葉を待つ彼に向かって、婚約指輪が嵌めれた左手をギュッと左手で包み込むと、今の素直な言葉を口にした。


「嬉しい」

「……!」

「エルヴィスと、お揃いなのね。 素敵……、本当にありがとう」


 そう言っている間に視界が涙で滲む。 

 嬉しさのあまり、そう返すのが精一杯な私に対し、彼は「そんなに喜んでもらえると思わなかった」とポツリと呟いてから、ハンカチを取り出して私の涙を優しく拭ってくれる。

 そして、困ったように笑いながら口を開いた。


「実は、先程君に贈った薔薇の本数。

 ……誤魔化してしまったけれど、あの花の数は全部で108本あるんだ」

「108……、ってそれって」

「その前に」


 今度は、箱に入っていたもう一つの指輪を取り出すと、その指輪を私に手渡しながら言った。


「僕の左手にも、この指輪を君の手で付けて欲しい。

 ……僕に、生涯君と共に居られる権利を与えてくれるのというのなら」

「っ、そんなの、決まっているわ」


 私は迷いなく彼の左手の薬指に、先程彼が私にしてくれたように指輪を嵌める。

 そしてギュッと、彼の両手に指を絡め、口を開いた。


「私を、貴方の隣に居させて下さい。

 出来れば一生、貴方の一番近くで」


 エルヴィスはその言葉に大きく目を見開いた。

 私もそう口にしてハッとする。


(い、一番近くって図々しいわよね!)


 そう思い、慌てて弁解しようと口を開きかけたが、その言葉は彼の服の中に溶けた。

 それは、エルヴィスが勢いよく抱きついてきたからで。


「っ、そんなの、こちらこそだよ。

 僕の一番近くにいて欲しいのは、ミシェル、ただ一人しかいない。

 先程も言ったように、この先ずっと何があっても、僕は君を手放すことは出来ない」

「エルヴィス……」


 その言葉に、私もギュッと彼の背中に腕を回して抱き締めて頷いた。


「……えぇ、私も。

 貴方のいない世界なんて、考えられない。

 だから一生、私を手放さないで」

「! ミシェル」


 彼はそっと私を抱きしめる腕を緩め、その瞳とカチリと視線が合う。

 互いに目を逸らさぬまま、徐々にその距離が近付き……、吸い寄せられるように唇を重ねたのだった。





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